社交界は騒がしいようです 後編
やっと話が進む気がする。
眠くて改稿甘いかもなので、誤字にご容赦ください。
足早に会場を出ると、すぐにヴィヴィアナの侍女であるカルリトヴァがやってきた。横にはアルバストがいる。心なしか嬉しそうに見えるが、まさか待機している間になにかあったのだろうか。気になるので、後で聞くことにしよう。
「大丈夫だったか?」
「ええ、叔母様とお兄様が演奏したんですもの。これくらいはいつものことですわ。ただ、久しぶりで少しだけ驚いてしまっただけです」
「ヴィヴィアナは今日のことを知っていたのか?」
「いいえ、叔母様とお兄様が来るなんて誰も予想できないことです。だって、気分で参加を決めるのですから」
クスクスとヴィヴィアナは静かに笑った。しかし、王族相手に気分で公演を決めるとは驚きだ。それも国王陛下が寛大になってしまうだけの実力はあるのだからできることだろう。そんな気まぐれな叔母を思い出してか、ヴィヴィアナの笑い声は穏やかだった。
「いつから会っていないんだ?」
先ほどの質問をもう一度した。だが、ヴィヴィアナはニコリと笑って大丈夫だと答えになってない返事をするだけだった。ギルバートはその様子を見て、少し悲しくなった。確かに記憶を失ってから頼ってばかりだが、そんなにも心もとない存在だろうか。やはり今のギルバートでは……、となにかいけない感情が湧き上がりそうだった。だから、首を振ってそれを払った。
「ヴィヴィアナ」
名前を呼んで、一呼吸置いた。
「家族に会いに行ってくるといい」
ギルバートはヴィヴィアナの寂しそうな表情を見てずっと思ってたことだった。
ヴィヴィアナは表情を隠すことが上手だと思う。目覚めたばかりの頃はギルバートの世話に領地の仕事と本当に大変だっただろうに、記憶を思い返してもそれに対して忙しそうにはしていたが苦労している様子を見たことが一切ない。実際に領地の仕事をしてみて思ったが、ソイニが確認した書類に目を通して承認するだけでも大変な作業量だ。その仕事をこなしつつギルバートに見舞いに来る時間を捻出していたのだから、当時の睡眠時間はかなり少なかったことだろう。それでも全くギルバートに悟らせることがなかった。それくらいヴィヴィアナは感情を隠すことに長けている。だが、今のヴィヴィアナは寂しい様子が見て取れる。一緒に過ごしてきた時間が長くなったから気づいたというのもあるだろうが、なによりお茶をする度に家族の話が毎度必ず出ていたことで家族が大好きだと知っている。大好きな家族と長い間会えないことがどれだけ寂しいかギルバートは知っている。だから、ヴィヴィアナにはそんな思いをなるべくしてほしくない。
「でも、私が離れたら……」
「みんな、あの演奏を聴いた後だ。ヴィヴィアナが家族に会いに行っているとすぐ分かるだろう。変に勘繰られることはない」
「それでは旦那様をサポートすることができません」
「……そう言われると耳が痛いが、なんとかする。信頼してくれとしか言いようがない」
「私、今日はずっと一緒にいると決めたんです。最後まで一緒にいますわ」
予想はしていたが、ヴィヴィアナは頭を振って、ギルバートのもとを離れられない理由を述べていった。どれもギルバートを心配してくれているからだと分かるが、その気持ちは受け取れない。
「ヴィヴィアナ」
もう一度、名前を優しく呼んだ。すると、彼女はギルバートをそっと見上げた。会場は爛々と明るかったが、廊下に灯されている明かりの数はそう多くない。だが、少し薄暗い場所でも彼女の綺麗な瞳ははっきりと見えた。
「会える家族が近くにいるときに、会うのが一番だ」
「旦那様……」
ヴィヴィアナが眉を下げた。違う、確かに納得させるために言ったが、悲しませるつもりはなかった。ただ、ヴィヴィアナに寂しい思いをさせたくないだけなのだ。だから、誤魔化すように笑った。
「僕もさっきの演奏の感想を言いに一緒に行きたいところだけど、ソイニからの課題がまだ残っているから……」
「そう、……そうですわね。ソイニはそういうところに厳しいですから」
きっとギルバートの気持ちが伝わったのだろう。ふふっと、微笑んで話の流れに乗ってくれた。
「では、お言葉に甘えて叔母様とお兄様に会ってきますわ」
「ゆっくりするといい」
「ありがとうございます。旦那様は無理をなさらないでください」
「ああ、いってらっしゃい」
遠慮はしていたが、家族に会えるのが嬉しいのだろう。ぱぁっと明るい表情になったヴィヴィアナは侍女とともに奥にある控室へと消えていった。やはり暗い顔をしているよりも、笑っている方が、ずっと綺麗だった。
見送ったあと、アルバストと残されたギルバートはそっと疲れた息を吐いた。ソイニが言っていた接触すべき人物と話すべき内容を頑張って思い出す。始まる前から消化したお陰であとは両手で数えるほどの人数のはずだが、ヴィヴィアナの助けのない状況で乗り切れるのか不安になる。失敗すればソイニに凍てつくような冷たい瞳で使えないと切り捨てられるのは分かり切っている。それを想像すると、背筋が震える。やはり『氷』を冠するのはソイニのほうが合っている。そんなことを思いながら会場に戻ったのだった。
会場に戻ると、視線を浴びはしたが特に冷たい目で見られることはなかった。演奏の余韻から冷めた参加者たちはヴィヴィアナに無遠慮だった自覚はあるのだろう。特に追及されることもなく、ソイニの課題を勧めていく。隣国の使者との話であったり、取引の多い領地の領主と今後について話したり、爵位の高い公爵侯爵に付き合いとして顔を合わせに行ったりした。もちろん先ほど助けてくれた第一王子を含めた王族にも建国の祝辞を述べる。国王陛下は先ほどのことにはほとんど触れることもなく、陽気に笑っていた。どうやらヴィヴィアナの叔母の大ファンらしく、聞けただけで今日はなんでも許せる気分らしい。正直少しくらいは苦言を呈されると思ったのだが、なにもなくてよかった。ヴィヴィアナの叔母の気まぐれに感謝だ。
心配事は多々あったが、それでもなんとか課題は終わらせることができた。思い出せないことがないわけでもなかったが、その時はなぜかこうすればいいと頭に浮かんで、それで乗り越えることができた。正直、ほっとした。そうしてやっと課題から解放されたので、ヴィヴィアナのもとへ行くことにした。これ以上この場所いて、失敗でもしたら堪らない。
廊下に出ると、なぜかアルバストではなくカルリトヴァが迎えてくれた。その手には飲み物があり、渡されて飲むと、喉が程よく潤った。会場は酒類ばかりだったので、水がいつもよりも美味しく感じる。それにしても、香りづけにギルバートが好きな柑橘類でも入れてくれたのだろうか。ほんのり味がする。ヴィヴィアナがよくカルリトヴァを褒めていたが、こういう気遣いがそうさせるのだろう。
どうやらずっと肩に力が入っていたようで、首を回してそれをほぐした。やっと身体がほぐれて、さっきまで緊張していたのがよく分かる。
「アルバストは?」
「冷えてきましたのでヴィヴィアナ様のショールを取りに馬車に行っております」
「そうか」
カルリトヴァの案内でヴィヴィアナのいる控室まで向かう。そこは侵入する輩が現れないようにするためか、奥まったところにあった。通り道に何人か騎士が配備されており、人を魅了してしまう彼女たちを守るためだろうとすぐに分かった。そしてようやく控室の前に到着したが、なぜか扉が開いていた。光が中から漏れ出ている。カルリトヴァがノブを鳴らそうと手をかけると――――
「いい加減にするんだ!」
そんな大声が聞こえた。カルリトヴァは手を止め、ギルバートを見る。どうするかと目で訴えかけているので、一度待つように命じる。すると彼女は一歩下がり、代わりに扉の前に立ったギルバートは様子を見ることにした。先ほどの声は男性のものだったから、きっとヴィヴィアナの兄だろう。聞き耳を立てるつもりはないが、どうしても隙間から声が聞こえてしまう。
「まったく、何度言えばわかるんだ?」
「そんなこと、ないもの……」
今度は泣きそうな、震えた声だった。ギルバートが聞き間違えるはずもない。それはヴィヴィアナのものだった。心臓がきゅっと苦しくなった。
「叔母上もそう思うだろう?」
「そうねぇ、私は可愛い姪が幸せなことが一番よ」
「聞いただろう? 僕も、父さんや母様、アンディだって、そう思っている。今はまだ、自分の状況を分かっていないだけだ」
口論の原因は分からない。けれど、ヴィヴィアナが責められているのは分かった。そんなことを黙ったまま聞くだけでいるわけにはいかない。なにより、ヴィヴィアナが泣いているかもしれない。それが許せなかった。けれど――――、
「だから、帰ってくるんだ」
中に押し入ろうと、手をノブに掛けた時、そんな言葉が聞こえて息を呑んだ。耳になにが入って、なにが出ていったのかわからない。脳が理解することを拒否していた。
「ヴィアン、アイツのもとにずっといても、幸せになれない。だって、今の伯爵は記憶を失くしている。ヴィアンの知っている伯爵ではない。ヴィアンが愛し、愛してくれた人ではないんだ。それにソイニがいてやっと領地が回っているのだろう? これから苦労するのが目に見えている。だから子爵領に帰ってくればいい。少し休んで、新しく恋をして、そして今度こそは幸せになるんだ。僕としては、次は領内の人と結ばれてくれると嬉しいよ」
嫌な汗で首元がジトリと湿っていく。聞こえた声が、さっきは頭の中でずっとぐるぐる回っていたのに、今度はやけに鮮明に残っている。
なぜ、ヴィヴィアナの兄が記憶喪失について知っているのだろう。いや、今はそんなことよりも、ヴィヴィアナがどこかに行ってしまう? そして、新しい人と幸せになる? ギルバートではない、別の人の妻になる……? そんなこと、想像もできなかった。だって、ヴィヴィアナはギルバート妻なのに。なぜなんだ。彼が言うようにギルバートが旦那様ではないからだろうか。だから、ギルバートのもとを去ってしまうのだろうか。呼吸が、なんだかとてもしづらい。やけに胸が大きく動いて、肺に空気は入っているはずなのに、なぜか苦しい。胸が痛い。ヴィヴィアナが去ってしまうことを想像しただけで、心臓が潰れそうだ。そして、それ以上に、誰の隣でヴィヴィアナが笑っていると考えただけで、身体が燃え上がるほどの狂おしい感情が湧き上がってくる。ダメだ、気づいてしまっては。アレは、捨てたんだ。だって、ヴィヴィアナの愛する旦那様になれはしないのだから。戻ってきてはいけない!
「エリアス兄様、私は――――」
ギルバートは走り出した。全てから、逃げるように。
頭の中がごちゃごちゃだった。ヴィヴィアナの返事を聞きたくない。けれど、去ってほしくない。ヴィヴィアナはギルバートの妻だ。だから、ずっと一緒にいてくれるはずだ。家族だから。でも、ギルバートは旦那様になることができない。自分を見てほしい。でも、十年後の自分のように、兄のように頼れる存在にはどう頑張ってもなれない。離れてほしくない。ずっと一緒にいてほしい。
好きだ。たった一人の家族だから。
好きだ。一人ぼっちのギルバートのそばにいてくれた。
母のようで、姉のようで、妹のようなそんなヴィヴィアナが、好きだ。
好きだ。好きだ。好きなんだ。
――――ヴィヴィアナが、ギルバートを見てくれなくても。
走って、走って、いつの間にか会場近くに戻ってきていた。窓の外を見上げると、満月が随分と高く登っていた。どうやら祝宴も終わりに近づいているようだ。壁に寄り掛かり、息を整える。走ったせいか、それとも未だ思考がまとまらないせいか、頭が朦朧とした。そんな中、一人の女性に話しかけられた。彼女はギルバートが辛そうにしていたのを見かねたのか、ハンカチを手渡してくれた。
「汗をかいていらっしゃいますわ。体調が悪いのではないですか?」
心配そうにギルバートを見上げる女性は、どこか見覚えがある気がした。だが、わからない。聞こえる音が呼吸ばかりになってゆく。視界が、なぜか周りから黒く塗られるように狭まってゆく。息ができなくて、胸を掴んで蹲った。
「まぁ! 顔色も真っ青ですわ! ドルフ様、すぐにお医者様を!」
女性の声が遠くなる。いつの間にか身体に力が入らなくなった。視界は殆どぼやけていた。苦しくて、苦しくて、なにかに押されて、やっとのことで喉に詰まった息を吐きだすと、ギルバートの意識は途絶えたのだった。
『ギルっ!』
そんな、幸せそうな声が、耳の奥で聞こえた気がした。
アルバストが使えないのは初期ステータスから。
旦那様の心揺さぶり振動5弱くらい
感想ありがとうございます。
すごく嬉しいので、ムフフと笑いながら読ませていただいております。
ひと段落しましたら、まとめて返事させていただきます。




