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宿で従姉と合流した。一晩の逢瀬だ。明日には互いに逆方向に進む。


『マリアンヌ、ドングリ料理を究めたって聞いたんだけど…』

開口一番がそれですか、従姉さん。

割と装飾のあったカスレの時と違って、いい生地を使ってはいるけどシンプルなワンピース着てました。馬車で最後まで行けるわけじゃないから荷物を極力減らしたって感じかな。

「究めてません」

『味はともかく手間が掛かりすぎかと…』

『そんなに大変なの?』

『虫が喰ってないのを選んで、殻を剥いて、粉にして、その後、一番マシな品種で1日水を交換しながら晒して…』

魔術師さんの説明の途中で従姉は私に視線を戻した。

『暇だったのね』

「めちゃめちゃ暇だったよ」

『もっと商売につながるのが欲しかったわ』

今生活するに充分なほどに稼げてるから、やる気ない。

『最近のマリアンヌは食事に関してだけ久しぶりにやる気出たみたいで、期待してたのに…』

そんな期待要らないから。ってか、子供の頃の私ってとんだダメ人間だったらしい。欲望を抑えられるのが大人だよ。欲しいからって駄々をこねるのなんてお子様過ぎる………ああ、子供の頃の話だっけ。仕方ないのか。

いやいや、待て待て…それってなんて勇者。そうか、アイツはお子様なんだな。来た時は学生気分だとしても召喚から2年以上経って既に25才だろ。モラトリアムな時代は終わってしかるべきだ。勇者なんて半端な存在じゃなくてキチンと……もしかして、勇者って職業なのか?考えてみたら一度宇宙に飛んだら永年宇宙飛行士だし。魔王倒したら勇者の使命は終わるから、そこからは冒険者なり魔術師なり騎士なりになるのが当然と思っていた私が間違いなのかもしれない。

にしてもだ。いい年をした大人が食べたい食べたいと騒ぐのは解せない。この世界の成人は16だから、勇者は十二分に大人だ。



あ、そうだ。

「従姉さん。勇者が欲しがってる食材の情報があるんだけど」

『勇者が散々言ってる米の話?』

「それそれ。それに関する情報。いくらで買う?」

『内容不明で値段交渉ね』

「情報が商品だからね。従姉さんが今ここに居るように情報は早さと正確さが命。バネの件で調べてみたら、上位貴族の馬車はほぼリース商会が何らかの形で関わってるじゃない。早く情報を手に入れた方が利権は得られやすいよ」

ニヤリと笑った。

板バネの採用で乗り心地の良さで群を抜いたリース商会はあっという間に王侯貴族の消費に食い込んだらしい。それから10年も経てば中央への影響力は侮れないレベルにあり、さらに大衆劇で女性たちの心もガッツリ掴み、カスレ等地方進出も甚だしく…まぁ、敵も多いらしいが。

リース商会で一番重要視するのが情報であることも、劇作家兼吟遊詩人をしている伯父との深い繋がりから伺えた。あの人、各地を回る情報屋として影で名高いんだもん。


ため息をついた従姉が皮袋を差し出してきた。チラッと中身を確認して情報を流した。

水稲または陸稲という栽培方法、いくつかある種類のうち勇者が欲してるもの、そして、

「勇者が欲しいのは粉じゃないの、殻を剥いただけの粒よ。粉末に挽いたら間違いなく勇者は泣くよ」

『えっ…それで焼いたのがふわふわのパンだと思ってたわ』

勇者説明うまくないってか、思い込みと勢いだけで喋るから理解するの難しいんだよね。こっちの人は当然こっちの常識で考えちゃうし。

「パンも作れるらしいんだけど、勇者が食べたいのは水煮」

『……勇者の好みわからないわ』

スゴいイヤそうな顔になった。あ、オートミール想像したかな。従姉さん苦手だったっけ。

「で、とりあえず絵にしてみたよ」

何枚かの木の板を出した。集落の修理に使った残りの材料を貰ったので描いたんだ。ちなみに習作を騎士団が回収したのも知ってる。わざと残したんだし。

『……マリアンヌ。相変わらず絵が下手ね。何このヘンテコなの?強風に煽られた麦?ブドウ?で、これ、欠けたお皿になんで字が書いてあるの?』

「勇者が『手先の器用な人は米粒になんか書く』って言ってたから」

『…この絵は要らない。説明の方はわかりやすいけど、絵を見ると間違いそう』

従姉は思いっきり笑った後で、板を突っ返してきた。まぁ、そう来るとは思ったけど、本当に容赦ないな。

騎士団が入手した方には、おにぎりとかさらに訳の分からない絵が混じっている。もちろん、わざとだ。

『久しぶりの国境越えだからその米というのは探してみるわ。ありがとう』

で、ギュッと抱きしめるのは止めて、頭を撫でるのもイヤ。妹を抱きしめるのは好きだけど、他人に触られるのは好まない。従姉にいたっては知っててやってるんだから質が悪い。


とりあえず、自分でも見るに堪えないこの絵は宿に残して行こう。あちこちで混乱するのが見えるようだ。勇者を味方に付けたい者はいっぱいいる、らしい。情報合戦に一波乱さ。

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