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『回復魔法は王女様がガンガンかけてくれるから大丈夫だし、何より神官様が魔法も剣も武術もオッケーで攻防任せられるから楽だったんだ』
勇者の言葉に思考の海から引き上げられた。
「神官様って武闘派なの?」
期待に胸が膨らむ。
何だか騎士団長が引いたように見えるのは気のせいだろう。
『うん、強いんだ』
強いかどうか、そこはどうでもいい。武闘派で魔王討伐に組するだけで強さはわかる。
「弟が武闘派の神官様に一度会いたいって言ってたの。紹介して」
神官は比較的穏やかな人が多く、武闘派はレアである。かなりの頻度で修行に出ていることもあり、めったに人前に出ない。存在自体を疑う声もあるくらいだ。だけど、私たちはその存在と強さだけは聞いていた。弟に至っては一度でいいから手合わせしたいって夢を抱いてるんだけど、レアなのよ。見つからないの。
『前に聞いたら断ら…』
この年でやりたくはないが、膨れっ面してみたら勇者が固まった。私の中では大人は膨れっ面をやるもんじゃない。だが、可愛い弟の真摯な願いを叶えるためなら頑張れる。
『…王都に帰ったら聞いてみるね』
約束ゲットぉ~っ!
とりあえず、声をかけてもらうところからじゃん。伝手ができたら泣き落としでも、口車に乗せるでも………色々頼み込む方法はあるし。
神官だから色仕掛けとかマズいだろうし……いや、それはそもそも私にはムリだ。TNT合成の反応式はわかっても魅力的な女性のあり方というのは見当もつかない。
あ…手合わせの交渉は弟が自分でやればいいだけだ。そこまでの面倒は見切れない。アイツだって立派な成人男性だし……………ああ、目の前に超残念な成人男性が……
『久しぶりに干し肉じゃない肉のご飯だからワクワクするな』
食べもの以外の話題はすぐに終わるんだな。
『そういえば、マリちゃん。生姜焼き作れる?』
「作れない」
あれは外食か中食で食べるものという認識だ。しかも辛い場合が多いのでめったに食べなかった。辛いの苦手なんだって何回もお前に言ったよな。
それにあれは醤油使ってるだろ。そのくらいは食べたらわかるハズ。…………コイツならわからんかもしれない。『生姜焼きのたれ』というものと醤油の関係に気づかないとか…
『作ってみたくなら…』
「ない!」
おろし金は日本独自のもんだから、スライスかみじん切りだろ。面倒くさい。なんで作り方も知らない、好きでもないものの再現に情熱を注がなきゃいけないんだ。
そ・れ・に・醤油はないっ!
猪→豚までの流れには特に問題ない。猪を家畜化したものが豚なんだから。豚肉料理で勇者に馴染みのあるのが、生姜焼きってのもそれはそれでそういうもんだろう。
問題はなぜそれの制作を私に委ねようとしているのかだ。
「作りたければ、自分でやれ」
『だって、料理できないし…』
「ポテチができたんだから大丈夫だよ」
根拠はないが、そういうことで。
『マリちゃんがそういうなら頑張ってみる。あ、今は生姜がないか、ら、しょうが………』
手が滑って、持っていたカップが飛んだ。どこに飛んだかは……まぁ、予想通りで。




