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珍しく弟が休みだ。
天候は雨。叔父の農場勤めだけど、特に決まった休みは無い。っていうか、この世界は従業員に定期的な休みを出す習慣自体無い。
叔父の農場は手広くやっているので、雨天でも仕事があって…酒の蒸留とかな……特に身内に休みなどくれない。
『姉貴。勇者どうする気?』
食堂ドアの緩んだ蝶番を外して、位置をずらして取り付けながら弟が言った。
「どうもこうも、拒んでも来るんだから私にはどうしようもないわ」
扉を動かないように支えながら応えた。
木ネジ欲しいな。釘だと一度緩み始めるとどうにもならんわ。ネジの加工って魔法でならできるかな。完全手作りならできる技術者もいるだろうけど、魔法の方が簡単そう。まぁ、私が魔法に適正がないから逆にイメージが間違ってる気もする。
そもそも、木工自体得意ではない。
『ま、そうだけどな…でも最近職場の周りをうろちょろするのが増えて鬱陶しいんだよ』
留めつけた扉の開閉状態を確認しながら弟がぼやいた。
「うーん。多分あんたの方が狙われるよね。勇者を国に取り込むのに、私のエサとして」
扉の調子が良くなった。緩んでた時は枠にぶつかることもあったからな。
『面倒くせっ』
道具をしまいながら、弟が吐き捨てた。
「ブランはまだ小さいし手を出すのはヤバいから、あんたに色仕掛けって線が強いと」
『お貴族様と婚姻できるわけじゃなし』
「したいん?」
『冗談だろ?庶民が貴族になったって苦労するだけだよ』
弟の感性がまともで良かった。
「カスレにさぁ。吟遊詩人が来たのよ」
『今更、調査なんて要らんでしょ?身内なんだからよく知ってるじゃん』
「買うほどの情報も持ってなさそうだったから、即、勇者に押し付けたけどね」
『どちらかというと勇者の情報が欲しかったんじゃん?』
「聞いてくれたら教えたげるのに。好きな食べ物とか」
『食べるのは好きだよね』
「むしろ食べることが人生の目的と化してない?」
『正直、食べてんのしか見たことないわ』
だろな。弟が帰ってくると夕食だし。
『あんなんで魔王倒したとかウソみたいで、姉貴が倒したって方が信憑性あるわ』
おい、私のことをどう思ってるんだ。弟じゃなきゃ一発食らわす。
『何だかんだ言っても、勇者の弱点は姉貴だって思われてんだから気をつけてな』
前言撤回。弟かわいい。ツンデレでかわいい。
「結局のところ…勇者が二度と来なきゃいいのよね」
『ぶっちゃけ、フェードアウトしてくれたらウチは安泰』
『マリちゃん、ヒドいっ』
勇者の声が聞こえたような気がするけど、空耳だよね。
走り去る足音もきっと気のせい。




