5話 魔王、少年の扱いを相談する
「じゃあ、今後の相談のために魔王城に行こうか」
できるだけ先ほどの話は気にしないように口を開く。転移しようとユーリスとカケルに向かって手を伸ばしたとき、ユーリスに止められた。
「エーネ。魔王城は止めた方がいい」
ユーリスを見上げて首を傾ける。
「どうして?」
「僕はこの男が死のうがどうでもいいけど、魔王城に連れて行くとラウリィに殺される」
「ラウリィが? ラウリィはそんなこと――」
『しないよ』と言いかけて、無口な美少女の恐ろしさを思い出した。
「するかもしれないね……」
「少しでも危険だと判断したら、ラウリィならやりかねない」
真剣な表情で私を見下ろすユーリスと、目を合わせて頷く。
「わかった。魔王城に連れて行くのはやめておくよ」
そう言ってから、カケルを見ると、カケルは小さく震えていた。
「ラウリィって……?」
「あぁ、魔王城の可愛くて有能な自慢のメイドだ」
「その可愛いメイドが俺を殺せるくらい強いの……?」
カケルのステータスを見ながら考え込む。
うーん、お互い先手を取られれば死ぬかな?
「うん」「あぁ」
ユーリスと同時に頷いた。
「もういやだ! 勇者って何なんだよ!」
カケルは嘆いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、司祭様に教会の一部屋を貸してもらうことになった。その部屋に入ろうとして、私たちの先頭にいるカケルがなぜか部屋の入口で立ち止まった。
「カケル、入らないの?」
「……鬼がいる」
カケルの言葉に後ろから部屋の中を覗くと、鬼人族のガルフが中で私たちのことを待っていた。
「ガルフ、今日はありがとう。あとで追加の酒を届けるよ」
「魔王様、この男はいいんですか?」
ガルフは、部屋の入口で軽く構えているカケルをちらりと見た。
「勇者なんだけど、まぁそこまで警戒しなくても大丈夫」
ガルフと話していると、ユーリスが「入れ」と後ろからカケルの背中を押した。カケルが倒れ込むように部屋の中に入って、ガルフのことを見上げながら自分の腰辺りを探っている。
「剣はないぞ」
ユーリスの冷たい声に、カケルは腰を探るのを止めて、悲痛な表情で私を振り返った。
「あのさ。魔族領にはこんなのがうろうろしてんの?」
「うろうろではないけど、まあそうだな。たくさんいる」
カケルは呆然とガルフの胸元を見ている。ガルフのステータスを見ているのだろう。魔族のステータスを見て泣きたい気持ちはよく分かる。
「人族――魔族に勝つとか無理じゃない……?」
カケルは初めて見る魔族のステータスに動揺しているのだと思うけれど、ユーリスたちに聞かれたくない内容なので、日本語で慌てて止めに入った。
「“カケル。ステータスが見えるような言い方は止めた方がいい。まあ私も人族が魔族に普通に勝つのは無理だと思うよ”」
「“王城で俺が一番強いくらいだったんだぜ? こんなに差があったら神頼みでも何でもしたくなるよな”」
カケルはそう呟いて、自分で近くの椅子を引いて座った。
椅子に座ったカケルと向かい合うように私も座る。
「ユーリスも座ったら?」
「僕はいい」
ユーリスは一言そう言ってから、カケルの後ろ側の壁に待機しているガルフに声を掛けた。
「“ガルフさん。その男が不審な動きをしたら、殺してください”」
「“あぁ。わかった”」
その傍らでカケルが私に内緒話をするように声を掛けてくる。
「エーネ。さっきからあれ何の言葉? 俺聞き取れないんだけど」
「あれは魔族語だ。私ははじめ人族語の方がわからなかったから、私たちは逆のようだな」
「へー。で、何て言ってんの?」
カケルの言葉に正直に答えるかためらっていると、「何となくわかったからもういい」とカケルは下を向いた。
下を向いていた黒髪の少年は、一度右のつま先で軽く地面を叩いたあと顔を上げた。
「あのさ。俺、これからどうすればいい? 王城に帰っていいと思う?」
「王都内で騒ぎになったから、王城の人に気づかれていると思う。魔王と接触して、殺されなかった君が王城に帰るのは危険だ。勇者召還がどのくらい難しいことか分からないけれど、場合によっては君を排除して、新しい勇者を喚ぶこともあり得る。君がどんな状況でも君自身を守れるくらい強かったらいいんだけど、どちらかと言えば君はあっさりと騙されて死にそうだしね。毒入りお菓子とか、いかにも食べそうだ」
かわいそうだけれど私が事実を告げると、「うわー否定できねぇ」とカケルは頭を抱えていた。
「あのさカケル。君がよければ私が匿おう」
「エーネ!?」
ユーリスが驚いて私を見ている。その目をまっすぐ見上げながら口を開いた。
「ユーリス。勇者っていうのは、殺しても次がすぐに現れるんだ。カケルは幸いにも私を殺さないと約束してくれたし、私たちはむしろカケルが殺されないように守るべきだと思う」
「エーネの言っていることはわかるけど、僕はその男のことがまず信用できない」
「うん。まぁそれは少しずつかな」
少し納得できない様子のユーリスと話をしてからカケルを見ると、カケルの顔色は明らかに悪かった。
「俺、そのレベルで死にそうなの……?」
「うーん……アウシア教の過激さから言えばあり得るかな。でも、アウシア教にも内通者がいて、こちらからも多少は制御できるようになってきたから大丈夫かもしれない。確認しておくよ」
「……お願いします」
真剣に頭を下げる少年を見つめて、さてこの少年をどこに匿おうか考える。カケルのことをもちろん無条件に信じたいけれど、私は私の油断で私の民を傷つけられるわけにはいかない。
ステータス的には、鬼人族で十分すぎるくらいだけど、聖剣には防御力は関係ないみたいだしどうしよう。酒に酔いつぶれている鬼人族の寝首を掻くのはあまりに簡単すぎる。
悪魔族。あの綺麗なお姉さんたちの村に放りこむとこの少年の身が心配だ。
うーん……
「ユーリス。カケルを竜人族の村に預けようと思うんだけどどうかな?」
「竜人族? 聖剣の威力を考えると、素早い種族の方がいい。悪魔族は?」
「あそこは今、新婚さんがいるでしょ? レグルストは絶対世話をしようとすると思うし、止めた方がいいかなって……」
新婚さんの邪魔とか、一生恨まれそうなそんな怖いことを私はしたくはない。ユーリスは私の言葉に真剣な表情で頷いたあと、深く考え込んでいた。
「魔王様。猫人族はどうですかね?」
ガルフの声に顔を上げる。
「猫人族?」
猫人族――素早さだけでいったら悪魔族より速い。ただし防御力は紙だ。
「エーネ。何度か打ち合ってみたけれど、その男はそこまで速くはない。猫人族に剣を当てるのは無理だろう。大丈夫だと思う」
猫人族は魔族の中では意外と常識もあるし、いいかもしれない。
「よし、そうしよう」
そう言って私は立ち上がった。
「そうと決まれば族長に頼んでくるよ」
「ちょっと待った! さっきから何の話!?」
転移しようとした私を、カケルが慌てた様子で止めに入る。あぁ、そうか、途中から魔族語で会話していたから、カケルは話の内容が分かっていない。
「今から、猫人族の村に君を預かってもらおうと頼みに行ってくるよ。えっと、猫人族っていうのは、頭に猫耳の生えた人たちだ。もちろん女の子もいる」
手を頭の後ろに持ってきて、猫人族の耳の位置でひょこひょこ動かす。
そんな私のことをカケルは目を見開いて見上げていた。
そして――突如立ち上がる。
「魔王様。よろしくお願いします!!」
私に向かって腰を90度曲げた完璧なお辞儀を、私は20年ぶりに見た気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「“猫耳だー……”」
隣からそんなことを呟く声が聞こえる。
周りの民家より少し大きな家の前で、オレンジ色の髪から猫耳を生やした人たちが並んでいる。
「族長。急に悪いね。あとメルメル、迷惑かけるだろうけど頼むよ」
「大丈夫ですよ。お任せください、魔王様」
メルメルがそう言いながら私とカケルを順番に見て、にこっと微笑んだ。
「“可愛すぎるー”」
カケルが日本語で瞬時に反応した。
そんなカケルは放っておいて、ユーリスに向き合う。
「ユーリスもごめんね」
「エーネ。こいつが何かしたら僕が対応するよ」
「えっと……ユーリス、仲良くしてね?」
ユーリスは私の言葉に曖昧に微笑んだ。
不安だ。だけど、この場所に魔族語がわからないカケルを一人にするのはもっと不安だ。ユーリスが付いていてくれると言ったから、ユーリスに任せて大丈夫だろう……
ユーリスは、村の中を興味津々に眺めているカケルを静かな目で見つめている。うん、明日朝一で様子を見に来よう。
「カケル。人族語がわかるのはユーリスとメルメルだけだから、気を付けてね。異世界だからとはしゃぐのは分かるけれど、迷惑かけるようなことはしないように」
カケルは村人のしっぼの動きにあわせて、視線をふらふらと動かしている。
「カケル!」
「は、はい! わかりました!」
私が呼びかけると、カケルの視線は私の方に向いたけれど、大丈夫かなぁ?
「また明日様子を見に来るから、じゃあね」
「エーネ。お休み」
いつものように優しく私に声をかけてくれるユーリスに手を上げて答える。
「うん。お休み」
その場にいる皆に手を振ってから、私は魔王城に帰った。




