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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
最終章 未来へと続く道
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54話 魔王、聖女と世界を巡る(2)


 地図を見て、おおよそここだろうと目星を付けたところに転移すると、村の入り口はすぐだった。転移にも人族領にも慣れてきたものだ。

 村の入り口から少し入ったところで、二人で並んで立つ。明らかにただの旅人ではない、神々しいユーリスの存在に村の人が、さっきからちらちらと視線を送っていた。そのユーリスは、村の中を静かに見つめている。

「ユーリス?」

「魔族の村と、大きな違いはないんだね……」

しみじみとそんなことを言うユーリスの言葉に――そうか、ユーリスは人族の村を見るのが初めてなのかと、当たり前の場所をまだ見せていなかったことに気が付いた。

 ユーリスが見終わるのを私は静かに横で待っていた。


 それにしても、これからどうすればいいんだろう。村人は、誰一人私たちに話しかけてこない。「こちらは聖女様である」と、私がお触れをだせば良いのだろうか? そんなことを一人悶々と考えていると、ユーリスが私を見つめていた。

「エーネ。始めよう」

「わかった」

私がそう答えるとすぐに、横でユーリスが声を上げた。

「私は聖女だ。この村に怪我をしている人や病人はいないか?」

周りにいるすべての村人が立ち止まって、ユーリスを凝視していた。


「聖女様だって?」

「本当だとしてどうしてこんなところに居るんだ?」

村人たちがどよめきの声を上げている。まぁ、私が拉致してからこれまでの間消息不明だったから、当たり前だろう。

「怪我人や病人はいるのか?」

ユーリスがもう一度静かに問いかけたとき、一人の女性がおそるおそるユーリスに近づいてきた。

「聖女様。私の友人のサッタのとこの娘が、ずっと風邪で寝込んでいるんだ。見てくれないかい?」

その女性はあまり信じてはいない表情で、ユーリスを見上げながら、そう不安げに聞いている。

「私が治そう。案内してくれ」

ユーリスは、女性に優しく微笑んでいた。


 女性に付いていくと、民家というか小屋の前で立ち止まった。

「サッタ!」

ノックもせずに女性が扉を開ける。中を見ると、灯りも付けない暗い部屋で、女性が縫い物をしている傍ら、女の子がベッドで寝ていた。

 この家の女性が、私たちを不審な目でじろじろと見ている。

「サッタ。この人たちが、病気治してくれるんだって」

いや、いきなりその説明はまずいだろうと思っていたら、案の定サッタと呼ばれる女性は目をつり上げて怒鳴り声を上げた。

「そんな金はないよ! 帰っとくれ!」


 その言葉に顔をしかめて、横を見ると、ユーリスがいない。いつの間にかユーリスは勝手に椅子に座って、ベッドの上の女の子に手を伸ばしていた。

「何をしてるんだい!」

サッタがユーリスに飛びかかって、女の子に触れるユーリスの手を払いのけた。が、その直後、逆にユーリスに手をつかまれ、至近距離でユーリスに見つめられて女性は完全に硬直した。

「私は聖女だ。この子は治すが、お金は必要ない。ただ今後魔族を傷つけないと、私に約束して欲しい」

「わ、わかった。約束します……」

ユーリスが手を離した瞬間、サッタはよろよろとユーリスから離れた。ユーリスは再び女の子に手を伸ばし、その手が白く輝き始める。サッタは、固唾をのんでその光とユーリスを交互に見ていた。


「治した。明日には目を覚ますだろう」

「治したって本当かい!?」

「肺が少しやられていた。だけど、それもすべて治した」

サッタは女の子に飛びついて、その頬や喉に触れている。

「さっきまで、あんなに苦しそうだったのに。うぅ――」

女の子の頬を撫でながら、泣き始めた女性をユーリスは優しく見つめていた。



「まだ他に心当たりはあるか?」

「えっ! えっ、ちょっと待っとくれ!」

私たちをここまで連れてきた女性は、突然ユーリスにのぞき込まれて、顔を赤くして動揺していた。

「どんな怪我でもいいのかい?」

「あぁ」

「じゃあ、あっちの家に、足を引きずっている男がいるんだ!」


 サッタの家を出ると、なぜか家の周りが村人に囲まれていた。私たちを見て、さっと村人がどく。

「おお、ちょうどいるじゃないか!」

女性がすたすた歩いた先に、杖を突いた、まだ30代くらいの男性がいた。

「足を出しな!」

女性がそんなことを言いながら、その場でその男性のズボンをまくろうとするので、

「あそこに座ってもらいましょう」

私が慌てて声を掛けて、近くの家の前にあった椅子の前に移動する。男性は左足の膝が曲がらないらしく、お尻から倒れ込むように椅子に座った。

「足を出しな!」

「いやだから、何なんだこの人たちは?」

男性は私たちをちらちら見ながら、仁王立ちしている女性に聞いていた。

「怪我を治してくれるそうだよ!」

「神に祈って治るなら、もう治ってるさ」

私たちを聖職者だと勘違いしているらしい男はそう馬鹿にするように答えた。


「私は聖女だ。怪我は治る」

「聖女様?」

「そうだよ。サッタの娘も、あんなにひどい風邪だったのにあっさり良くなっちまった」

男は尚、不審げに女性とサッタの家を見ている。

「いくらかかるんだ? 金はそんなにないぞ」

「金はいらない。ただ、魔族を傷つけないと、私と約束してくれればいい」

「金を取らないのか? じゃあ頼む」

男性は自分で左足のズボン裾をまくって、足を出した。


 ユーリスは、男の前に静かに立って、それを見下ろしている。

「なんだ。治してくれないのか?」

やっぱり治せないのだろうと、男がユーリスを馬鹿にする態度に、私は横で見ながら苛立っていた。

「もう一度言うが、これから先、魔族を傷つけないと私に約束してくれ。約束してくれるのなら、私は怪我を治す」

「あぁ、なんだ? 変なことにこだわるんだな。『魔族を傷つけません!』これでいいか?」


 落ち着け。落ち着け。深呼吸しろ。まだ二人目だ。キレるな……私は全力で自分を抑えつけていた。


 ユーリスはそんな無礼な男を見て、

「それでいい。聖女との約束だ」

静かに微笑んだあと、しゃがんで男の足に触れた。ユーリスの手が光るのを、周囲の村人が遠巻きに眺めていた。


「治っただろ」

しばらくしてからユーリスがそう言うと、眠そうな目をした男が、ゆっくり足を動かした。

「ほんとだ動く……」

そう呟いてから、目を見開いて「動くぞ! 動く!」と騒ぎ始めた。

「何なんだ。あんた神様か。そうならそうと始めから言えよ」

ユーリスの手を掴んで、男はそんなことを言っている。


 あぁ、だめだ。ユーリスが何でもないような顔をしているから必死に我慢しているが、もう私はだめだ。そう思った瞬間――

「ワンス! お前、汚い手で聖女様に触れるな。それより聖女様に跪いて礼をいいな! 足が治ったんだろ!」

私たちをここまで連れてきた女性が、男性を思いっきり蹴っていた。

「あ、ありがとうございます。聖女様」

「いや、いいから立ってくれ」

急にしおらしく礼を始めた男に、ユーリスは戸惑っていた。



 その後、再び女性の案内で、3人の村人の怪我の治療をしたあと、今日は引き上げることにした。

「今日はドルチェ。あなたのおかげで助かった」

「いや、いいんだよ聖女様。こんな村のために、ありがとうございます」

ユーリスに見つめられて、この村最強と見られる女性は、しおらしくしていた。さすがユーリスだ。


「エーネ、帰ろう」

ユーリスがそう言って私の手を掴む。私は私たちの周りを囲む笑顔の村人たちの顔を眺めながら、「うん」と答えて魔王城まで転移した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ユーリス、お疲れさま」

「エーネがいつキレ出すか、途中でひやひやしたよ」

ユーリスは椅子に座ってテーブルの上で手を伸ばして、寝そべっている。

「我慢したよ?」

「魔力が、こう、飛ばされていないだけで、体を渦巻いていた」

「ごめん」

私が謝ると、ユーリスは右の頬をテーブルに付けながら、私の顔を見て笑っていた。


「エーネ。すべての人族を癒やすには、どのくらいかかると思う?」

うーん、今日で5人だろ? 流れ作業でやればもっと早くできるとして、この世界の人口はどのくらいなんだろう……

「最低でも、20年くらいはかかるんじゃないかな?」

「20年か……頑張ろう」

この子本気でやるつもりかと焦るが、ユーリスに頼まれれば私が断れる訳がないので、顔の向きを変えたユーリスの金色の頭を眺めながら、もう少し効率的に行う方法を頭の中で計算していた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 始めは聖女の力を信じてもらうのにずいぶんと苦労したが、一ヶ月もすれば聖女の噂が広まったのか、各地の村に行けば大歓迎されるようになった。


 だからこそ、こういう連中も集まってくる。

「聖女様。あなたは魔族に騙されているのです! あなたの力は元々人族のもの。なぜその力を使うのに、我々が『魔族を傷つけない』などということを約束しなければならないのですか!」

同じような顔つきをしたおばさん4人が、代わる代わるユーリスにそんなことを言っている。もう少し強そうな人だったら転移ですぐさま逃げるのだけれど、どうしよう? 周囲の人は、そんなおばさんたちを呆れたように見ていた。

「騙されているって何が?」

「魔族は悪しきものです!」

ユーリスはため息をつきながら、そうなのと言いたげに私を見た。そんなユーリスに「さぁ?」と、首だけを傾けて答える。


「私は、魔族が人族を食べているところは見たことがないし、人族を襲っているとこも見たことがない」

「それが、あなたを騙しているということです!」

帰ってもいいだろうか……こういう、自分の正義を信じ切っている人には何を言っても無駄だ。


「あなたは見たことがあるの? 魔族が人族を傷つけるところ」

「直接見たことはありませんよ! でも東州では、ゴブリンのせいで多くの方々が困っているそうじゃないですか!」

「ゴブリンは魔族ではない。魔族とは関係ない」

「ユーリス、もう止そう。信じたくない人に信じさせるのは不可能だ」


 そう言う類いの人には、笑顔で「わかりました」と答えて、相手を満足させて追い払う方が早い。そう続けるつもりだったがこちらを見るユーリスのあの顔は、私に反論する顔――「イヤだ」だ。


「アウシア教の人たちは『魔族を滅ぼそう』と言っている。だけど、魔族は人族に対してそんなことは思っていない。だから僕は魔族に味方している。今、この世界で人族が魔族を殺そうとするのを止めてくれれば、誰も傷つかないから――」

「魔族が人族を傷つけないなんて、そんなことはあり得ません!

 魔族なんて、この世界から居なくなってしまうのがこの世界にとって正しいはずです!」


 そう引きつるような声で叫んだ女性の剣幕に、場が静まりかえる。


「君たちがそうだからって、私たちがそうだと勝手に決めつけないでくれ」

ユーリスがあまりに傷ついた顔をするから、私がしゃしゃり出ちゃったじゃないか。


 おばさんが胸を張って私に問いかける。

「あなたは何者なのですか?」

今、この話に分不相応にも、割り込んでくるあなたは何者なのかと聞かれて――


「私は、魔王だ」


私ははっきりと答えた。


「あなた方は魔族が嫌いらしいが、言われるまで私のことが分からなかったようだな」

「あなたが魔王だなんて、ふざけないでください!」

「ユーリス、見て見ろ。こんなものさ」

ユーリスに「な?」と笑いかけると、ユーリスは苦笑していた。


「とにかく、けが人がいるから、あなたたちは邪魔だ。聖女の邪魔をしないでくれ」

「何ですか! あなたは!」

「だから魔王だってば。ユーリス、このおばさんたちは私が抑える。行け!」

「え、エーネ?」

「いいから私とルングとヤッグに任せて、行くんだ!」

ユーリスがかなりためらいがちに、治療に戻るのを見送ってから、おばさんたちを振り返った。さて、どうしよう。


 傷つけないと格好つけてしまった手前、攻撃的な方法で追い払うことはできない。仕方なく、延々と同じ話を繰り返すおばさんたちに「わかった。わかった」と私はうなずき続けた。



 ユーリスが治療が終わったらしく、こちらに戻ってきて――おばさんたちに未だに囲まれている私を見て、ギョッとしていた。

「ユーリス、終わった?」

「……魔力切れだ」

「そっか。じゃあ、帰ろっか」

「聖女様。お待ちください!」

私を囲むおばさんたちの間からユーリスに向かって手を伸ばして、伸ばした私の手をユーリスが掴んだ瞬間、転移した。



「あぁ、あのおばさんたち、一人くらいここに連れてきても良かったな」

あんなにも長い時間、私たちは熱い思いを語り合ったのだ。魔王城を見せてあげてもよかった。

「エーネ。何をやっていたの……?」

ユーリスが呆れて私を見ているが、はて、私は何をやっていたのだろう。



「あのさ。エーネは、魔族のこと悪く言われても平気……?」

ユーリスはラウリィが入れてくれた紅茶のカップを見つめている。

「別にあの人たちが嫌っていようが、私は皆のことが大好きだから、平気。それにあの人たちの話は、正直かなり面白かった」

笑ってそう言うと、ユーリスは呆れた顔で私を見上げたあと、それでも少し納得できないような表情で下を向いた。


「ユーリス。話を延々と聞き続けて分かったのだけど、あの人たちの考えている『魔族』とは、私たちことを直接指しているのではない。空想的な何か、『恐怖』を形取ったもの――あの人たちは、それがいつか自分たちを、我が子を殺しに来ると、四六時中怯えて生きている。

 先代魔王が死んだのは今から70年程前。そこから魔族の手にかかって死んだ人族は、ほとんどいない。だから、この世界で今生きている人族で、私たちの手にかかって、大切な人を失ったり、自分が傷ついた人は限りなくゼロだ。

 だけど、『死にたくない』という感情――私たちの悩みは、結局のところすべてがそこにたどり着くくらい強力な呪縛を持ったものだ」

 

 私は、自分のこれまでの数々の醜態を思い出していた――私は、世界一臆病な生き物だ


「私の能力は『転移』。この力があれば、私は、私自身が認識さえすれば、その場所からすぐに逃げ出すことができる。ドラゴンや悪魔族、この世界で最強の種族が味方に付いていても、私は自分がいつ人族に殺されるのか、いつ逃げだそうか、そればかりをいつも考えているような気がする。

 だから、そんな私よりも頼る力のない、あの人たちが見えない影に怯える理由はよく分かる」


 立場が違うだけで、私とあの人たちは同じものだ。


「だけど……人生は一度きりだ。毎日、怯えて、そればかりを考えて暮らすのは、なんともったいのない話だと私は思う」

最後は自分の言い聞かせるようにそう呟いた。


「エーネ。人族が『死』に怯えず生きられるようになったら、魔族と敵対することもなくなる?」

「まぁ、言ってしまえばそうだけど、簡単なことではないよ?」

というか、そんなことできるのかとしばらく考えてから顔を上げると、ユーリスは紅茶に手を付けずに、静かに何かを考え込んでいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 巡行を開始して1年が経った。聖女モード時のユーリスの『聖女の微笑』は日に日に洗練されていき、今ではあの無言の圧力に屈して、黙って去るアウシア教徒も多い。

 ユーリスを捕まえようとしたり、私を攻撃する人がいれば、私たちはその村を諦めて転移で逃げる。その話が広まったのか,病人を抱えた村人が私たちのために、やっかいなアウシア教徒を追い返してくれることが何度もあった。



 椅子に座ったユーリスの前に、首の周りに大量の発疹が出ている、気怠げな男の子が座っている。

 ユーリスが、男の子の首元に手を当てて、その手が白く光る。しばらくその手が男の子の体を移動して、その光が止んだあと、男の子がぱっちりと目を開いた。

「えっ、あれ!? あんなにかゆかったのに、かゆくない! 聖女様、ありがとう!」

まだ少しだるそうだが、笑顔でそう言う男の子の前で、ユーリスも同じような顔で笑っていた。


 ユーリスが、男の子に向かって手を出すと、男の子がユーリスの手をしっかり握った。男の子の目をまっすぐのぞき込みながら、ユーリスが口を開いた。

「私は、魔族が人族を傷つけないように見張っておく。君は魔族を傷つけない。約束だよ?」

「わかった、約束する!」

「聖女との約束だ」

そう言いながらユーリスと男の子が、固く握った手を上下に振った。



 いつの間にか、そう――その約束と握手が、聖女の癒やしの代価だと周知されたようで、治療に来る人はもう当たり前のように、ユーリスとその約束を交わしていくようになった。


 私はこれから最低20年、ユーリスがすべての人族とこの約束をするまで、これに付き合わなければならない。


 ユーリスが、そう決めたのだ。

 私が、反対などするはずがないだろう――


「エーネ」

私の方に手を伸ばしながら、優しい声で私の名を呼ぶユーリスの手を握って、今日も私たちは魔王城に帰った。



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