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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
3章 名前
27/98

25話 魔王、無意味に泣きわめく


 今日は再びラウリィと人族の王都に来ている。危険なこともあるかもしれないので、今日はパメラは置いてきた。

「ラウリィ、今日は王城の近くまで行く。何かあったときは頼むけれど、不用意に魔法を使ってはいけないよ」

「はい。承知しております」

ラウリィと並んで、今私たちが立っている道の果てに見える、王城を見上げる。

「よし、行こう。行きは何も買わないよ」

同じ轍を踏まないように、自分に言い聞かせてから、王城に向かって歩み出した。



「……遠い」

歩いた。歩いたけれど、まだ着かない。門の方を振り返ると、門は遙か彼方なので、進んでいない訳ではない。しかし、王城を見上げると、王城はまだまだ先だった。

 転移したい。見えているのにどうして転移をしてはいけないのかが分からない。頭の中で、そんな不穏なことをさっきからずっと考えていた。

「休憩されますか?」

「うん。休もう。そこに喫茶店がある」

ラウリィはいつも通りで、全く疲れたようには見えなかったが――せっかく王都に来たんだ。喫茶店で紅茶を飲んで、お菓子を食べるくらいいいだろう?


 席は空いていたので、テラス席に案内してもらった。どかっと少々マナーが悪く座り込むと、ラウリィが私の真正面にお上品に座った。それを見て、家じゃないんだからと、私も少し姿勢を正した。

 テラス席に座った私たちのもとに、かわいい制服を着た店員さんがメニューを持ってきてくれた。

(よ、読めない……!)

これは本当に人族の文字なのだろうか。筆記体のように文字が斜めになっていて、文字の判別ができない。

 仕方がないので、店員さんのおすすめを頼んだ。この世界の識字率はどのくらいなのだろうか。あとでパメラに聞いてみよう。

 注文した品が届くまで、景色と人を見て待つ。このあたりは金持ちがたくさん住んでいるのだろうか。王都入り口のごちゃごちゃした辺りに比べて、大きな家やきれいな店が多かった。

「ご注文の品をお持ちしました」

「ありがとうございます」

店員さんの顔を見上げて礼を言うと、店員さんは戸惑っていた。そう言えばこちらの世界のマナーがわからない。何かいきなり間違ったのだろうかと冷や汗をかいたが、テラス席なのでそこまで細かくはないだろうと開き直る。

 店員さんが、テーブルの上に紅茶とお菓子を並べてくれる。高そうな店だけあって、手が込んでいる。店員さんが見えなくなるところまで下がってから、いただきますと手を付けた。

「魔王様。これは何でしょうか?」

ラウリィが、紅茶の横に置かれた、小さなカップを指さしている。

「その色はミルクじゃない? 紅茶に入れるんだよ」

ごく一部の魔族以外は動物を飼い慣らしたりしないから、ミルクなんてものは魔族領では手に入らない。「口に合うかわからないから、少しずつ入れると良いよ」と伝えると、ラウリィは慎重に、紅茶にミルクを注いでいた。

「思ったよりも合いますね」

一口飲んだラウリィは、しげしげと紅茶をのぞき込んでいる。ラウリィのそんな様子を、私はいつもより少しだけお上品に紅茶を飲みながら眺めていた。



 ゆっくり紅茶を飲んでいると、私たちの座っているテラス席のすぐ近くを、白い甲冑を着た二人組が通りかかった。人族の兵士だろうかと少し身構えるが、楽しそうに談笑していて私たちのことはまったく目に入っていない。


「それにしても、東州のやつらも気の毒だよな。また前線だよ」


若い兵士が笑いながら言った、聞き捨てならない言葉に、思わず勢いよく立ち上がってしまった。二人の兵士の視線がこちらに集まる。

「す、すみません。また、戦争があるのですか? 驚いてしまって……」

一般人の振りをして慌てて取り繕う。これで誤魔化されてくれるだろうか……私の顔を見聞するようにじろじろ見る、若い兵士の視線から逃れるようにうつむく。兵士はにやにやしながら私に近づいてきた。


「なんだ、君知らないの? 最近この話で持ちきりだよ? 東州の連中もかわいそうだよな。ゴブリンからの被害がやっと減ってきたと思ったら、余裕があるなら魔族領を攻めろとか。さすがに鬼だと思ったね、俺は。で、君たち今暇なの? そっちの子は友だち? そっちの子も――」

その兵士はなおも私に話しかけ続けていたが、途中から何も耳に入ってこなくなった。


 魔族領を攻める……? ゴブリンからの被害が減ったから……?


 ゴブリンを退治したのは私の勝手だ。人族にありがとうを言ってもらいたくてしたわけではない。


 でも……でも……

 どうして私たちを攻める? 私たちが何をしたって言うんだ。

 唇をかみしめて、心の奥底からわき上がってくるどろどろした感情を必死になって抑える。


 そのとき冷たい手が、私の腕に触れた。驚いて見下ろすと、ラウリィが私の腕を掴んでいた。いつの間にか、さっきの兵士はいなくなっていた。

「ラウリィ……」

「何かあったのですか?」

ラウリィは人族語がわからないので、兵士の話の内容が分かっていない。そのことだけは――ゴブリン退治を毎回全力で手伝ってくれているラウリィに対して、今の話が直接的に伝わらなかったことだけは、今の間だけであったとしても、感謝したかった。

 ラウリィの顔を見つめ返す。

 悲しんだり,怒ったりしている場合じゃない。守りたかったら行動しろ。


「ラウリィ。急用ができた。理由は帰ってから話す。今日はもう帰るよ」

頭の中ではこれからの行動を必死に計算して、体は魂の入っていない棒人形のような足取りで帰路についた。



 服の袖が横から引っ張られる。何度か引っ張られて、やっと顔を上げると、細い裏路地で3人の男たちが私たちの行く手をふさいでいた。何がおかしいのか知らないが、男たちは皆下品に笑っていた。

「俺たちと今から楽しいことしよーよ。まぁ、断ってもだめだけどね」

3人の男たちは、同じような音できゃははと笑った。そのまま、突っ立っている私に、ステータスがよく見えるよう気遣ってくれるかのように、顔を近づけてくれる。

「ラウリィ、魔法はいらない。思いっきりぶん殴れ」

「かしこまりました」

汚い通路で、ラウリィが優雅にお辞儀をした。

 ラウリィの攻撃は363しかない。イスカやアーガルから見れば、鼻で笑っちゃうくらいの弱さだ。それでも、防御が40程度しかない男たちはぶっ飛んだ。胃液を吐いて、地面に汚く這いつくばっている。

「行こう」

そう言ってラウリィを見ると、ラウリィは手の甲をさすっていた。それを見て、我に返る。


 何をやっているんだ、私は。

「ラウリィ。こんなことさせて、ごめん。手痛い?」

「大丈夫です」

「ごめん」

ラウリィの手をそっと持ち上げると、ラウリィの手の甲が少し赤くなっていた。ほんとに何をやってるかなぁ、私は。

 自分のほおを両手で思いっきり叩いてから、魔王城に一刻も早く帰るべく、前に進んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「パメラ、確認したいんだけど、人族は地域ごとに仲が悪かったりする? 特に王都との関係を聞きたいんだ」

パメラは突然現れて、変な質問をする私に戸惑っているが、パメラに詳しく説明している時間はない。

「は、はい。人族領は、4つの州ごとに領主がいて、その人が直接州を治めています。王都に居る王様は、地方に住む私たちのために直接何かをしてくれるわけではないのに、たびだび理不尽な命令をしてくるので、地方と王都の関係は、おっしゃるようにあまり良くはありません」

「やっぱりそうなんだね。ありがとう」

 作戦は決まった。


 

 会議室に集まった皆の顔を見回す。

「単刀直入に言うけど、人族が近いうちに魔族領に侵攻するそうだ」

固唾をのんで私の言葉を待っている皆を前に、大きく息を吸う。


「それで、今回はここ――魔王城には絶対に来させない。

 アーガルとイスカには少し手伝ってもらうことがあるけれど、残りの皆はこのままここで暮らしてもらって大丈夫だ。あとは、私の方でなんとかする」

「魔王様は何をなさるのですか……?」

皆を代表して、焦った様子で私に質問するイスカを前に、私は悲しく笑った。


「おじいちゃんと人族の王都を攻める」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 目の前でドラゴンのおじいちゃんが、いつも通り丸まってすやすやと眠っている。これから私は、おじいちゃんを起こして、話をしなければならない。

 そんな最悪な気分だったのに、肌寒い夜に見上げた空はいつも以上に澄んでいて,星が綺麗だった。


「おじいちゃん」

起きなくていいのに、そう思いながら小さく声をかけると、おじいちゃんはすぐに目を覚ました。

「おぉ、魔王様。どうかした?」

夜中に突然現れた私の頭上から、おじいちゃんの優しい声がかかる。


 おじいちゃんを見上げて、口を開こうとして、目が合った瞬間どうしようもなく逃げ出したくなった。

「おじいちゃん」

自分が転移で逃げ出さないように、無理矢理口を開く。

「なに?」

「おじいちゃん。頼みがあるんだ。あの、あのさ。私が、人族の王都を攻めるのを手伝ってほしい!」

おじいちゃんは私の目をしばらくのぞき込む。その澄んだ目から逃れるように下を向いた私の耳に、

「いいよ」

穏やかな声が返ってきた。


「違う、違うんだ! 人族の王都を攻めるって言っても、人族を殺すつもりはまったくない。勇者は私の方でなんとかするし、おじいちゃんはただそこに居てもらうだけで大丈夫なんだ!」

「うん」

「おじいちゃんにこんなことさせたくないんだ! だけど、だけど、この方法が一番死なずに済む。私の、私の所為だ……ごめんなさい!」

「泣かないで」

こらえていた涙が一度あふれてしまったあとは、おじいちゃんの前でただ泣きわめき続けていた。何の解決にもならないのに、ただ自分に文句を言い続けていた。


 自分の泣き声の向こうから、「大丈夫。大丈夫」と、子守唄のような優しいささやきが、繰り返し何度も――何度も聞こえた。



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