28.夜に名残る 桜の流れを 詠み解きて
何はともあれ、黒の騎士団――もとい厄災の魔女率いる夜闇の騎士たちとの戦いは終了した。
動ける機体は、動けない機体をフォローしつつ、待機組が待っているキャンプまで、なんとか戻って、ひと安心……といったところかな。
グロセベアも私が身悶えしてるせいでちゃんと操縦できずとも、私の魔力を使ってカグヤが操作するという、緊急用の手段とやらで動かしてもらって、部隊についていった。
その間、私はずっと操縦席で唸っていただけ。
未だかつてないほどの激痛に苛まれていて、どうにもならなかったとも言う。
そうして、キャンプ地でようやく一息。
全身の痛みは落ち着いてきたとはいえ、私はグロセベアから降りる余力すら残っていない。
なので、殿下たちの居るテントの側にグロセベアを待機させる許可を貰って、大人しくしていた。
息も絶え絶えな私を余所に、カグヤを交えて殿下と総長が難しい顔をしている。
《機体の損耗や廃棄は多少あれど、兵隊の損失ゼロ。相手もちゃんと追い返せたし……いやぁ、数字と結果だけ見たら大戦果大戦果。花丸百点じゃないですか、ヤッター!》
勤めて明るく声を上げるカグヤだけれど、その内容は決して笑えるモノではない。
カグヤも当然それを理解して口にしていることだろう。
「数字と結果だけ見れば確かに花丸百点ではあるな。
だが、あの戦いの戦果がこれでは、どう考えてもかなり手加減されていたというコトだろ」
苦々しく呻くニーギエス殿下に、ヴィスコノミー総長も同意する。
「そうですね。殿下の言う通りでしょう。
こちらの練度が足りなかったとはいえ、我々三機以外は何らかの形で戦闘不能になってしまったワケですしね」
恐ろしいことに、今回の戦いでハイセニア側の死者はゼロ。
大破させられた機体はどうしようもないけれど、逆に言えば大破しても操騎手は無事だったのだ。
站饕の能力にやられた機体に至っては、ほぼ無傷。
魔力が空になってしまったので完全に機能が停止してしまったが為に、放置されていた様子。
ただ、完全に魔力が空になってしまった弊害として、操縦席の扉の自動開閉機能も止まってしまい手動になっていたんだとか。
とはいえ、手動で脱出できたのに、どうして機内に残ったのか――という疑問も当然あった。
それに関しては、中に留まった操騎手によると、脱出しようとしたものも、私たちの戦いが激しかったので、変に脱出するよりも中に留まっていた方が安全では? という判断をしていたそう。
それは正しかったと思う、かな。
撤収時は、魔力に余裕がある人や、機体を失ってしまった人の魔力、そして機体の持つ自動回復機能を用いて、最低限の歩行が出来る程度まで回復させて動かしたりしていたわ。
つまり、ハイセニア側の損傷の少なさは、クシャーエナたちが手を抜いていたからに他ならない。
《ぶっちゃけ、全力でぶつかりあったようで、妹ちゃんの方もまだまだ余力あったっぽいしね。
アタシちゃんとグロセベアちゃんが、イェーナちゃんの能力を十全に出せて上げられてない状況っていうのは、歯がゆいぜ》
カグヤはそんなこと気に病む必要はないのだけれど。
「アッシーソルダッド・ピシーの持つ特殊能力も、全力で使われていたらどうなっていたコトやら……」
「あれは純粋に厄介ですな。判明している能力だけでも、一機いれば戦況が大きく動くようなモノばかりでしたし」
確かに、あの能力に関しては早急な対策は必須。
分かっているモノだけでも、どうにか出来るようにしたいところだけど。
「しかし、クシャーエナ殿はどうして越境なんてマネをしたのでしょうな。
戦争をしたいだけならば、別に自分が前に出る必要もなかったのでは――と思うのですが」
「確かにな……。
ピシーの能力だって、わざわざ明かすようなコトをする必要もなかった」
当然の疑問だとは思う。
ただこれに関しては、かつての守護騎士クシャーエナの言動と行動、そして矛を交えた魔女クシャーエナとしての言動と行動。それらを重ねて考えると、漠然と浮かび上がってくるものはある。
声を出すのはちょっとしんどいから……ええっと、思念で表面的に情報を伝えられる――とかいう機能を、上手く使えないかな。
《むむむ?》
「どうしたカグヤ?」
《マスターからのピピピ念波が届いた。漠然とだけど妹ちゃんの行動は説明できるみたい》
よし。どうやら、出来たみたいだ。
「イェーナ殿はなんと?」
《妹ちゃんの一番の目的は、うちのマスターの安否確認。
第二の目的は、ハイセニアにおけるマスターの待遇の確認。
第三の目的は、自分が本格的に厄災の魔女へと堕ちた場合に止められる者がいるかどうかの確認。
第四の目的は、止められる者がいた場合、不自然に思われない範囲で、シュームラインに関する情報の開示。
第五の目的は、戦争の火種を蒔くコト――と、推察してるっぽい》
よかった。ちゃんとカグヤに届いた。
クシャーエナの背後にいるヨモツレギオンの目的までは不明だけど……少なくとも妹の立ち回りはこれで説明できるはず。
《ちなみに、これはアタシちゃんの推測した補足だけれども。
第一、第二の目的がかなり比重あったと思う。これでちゃんマスが死んでたり、ハイセニアもまたシュームライン同様に冷遇してたりしたら、今この時点でハイセニアは亡んでたんじゃないかな?》
いや、カグヤ。
いくら何でもそれは……。
《マスターが妹ちゃん大好きなのと同じくらいの熱量で、妹ちゃんもマスターのコト好きそうだったし。相思相愛のシスコンだぜ、あいつら! ぐっへっへ》
その文脈でぐっへっへって笑いはどういうことなのカグヤ?
「仲の良い姉妹だったのでしょうな」
楽しそうに笑う総長。
けれど、殿下は笑ってはいないようで……。
「だとしたら本当に父上と兄上の選択は間違ってなかったんだな。危なかった」
「大袈裟ではなく?」
「ああ。イェーナと同じ熱量を持っているなら、本当にクシャーエナはハイセニアを亡ぼすのに躊躇いがなかっただろうな」
《ネスおじはまだ、うちのちゃんマスが妹ちゃんについて語ってる時の顔みてないもんなー》
「そうだな。あの顔を見てしまうとな。あの炎の剣を全力で王城に――王都に叩き付けられていた可能性が大いにあり得る」
……私、クシャーエナの話をしてる時ってどんな顔してるんですか?
《まぁともかくだ。妹ちゃんがやりたかったのは、厄災の魔女そして黄昏の意志とかいうヤツの存在の周知。
そしてその能力をひけらかしての、自分への対策を周辺国に作って貰いたいって感じっしょ》
「クシャーエナ殿は倒されたがっているのか?」
殿下の言葉に、総長が首を横に振った。
「魔女に堕ちたコトで本心が分かりづらくなっているかもしれませんが……最終的な目標は、自分の命や存在を賭してでも、ヨモツレギオンを討伐してもらうコト――ではありませんか?」
《元凶となったバカ王子の命共々ってのも狙ってるだろうね。
ついでに言うとマスターちゃんを冷遇したコトへの恨みはガチっぽいので、ヨモツレギオン討伐ついでに国が消えても構わない……くらいは思ってそうだけどね、アレ》
「なら、今後も遭遇時には手加減してくれる……と思ってもいいのか?」
ニーギエス殿下の疑問に、カグヤと総長は沈黙する。
楽観的に考えるならそれもあり得るけれど……でも、妹の性格や、状況を考えると難しいかな。
ヨモツレギオンが何を考えているのか分からないから、正確ではないだろうけれど。
でも、考えておくべきことはある。
《マスターからの追加のピピピ念波によると、恐らく次は、今日より本気を出してくるハズ――だってさ。
いずれ自分を討伐して欲しいと願うなら、少しずつ本気を出すコトでこちらを鍛えるような手段を取るだろうって。
それに、いつまでも手加減してればヨモツレギオンにバレるだろうし、ヨモツレギオンが完全復活とかした場合、その余波で妹ちゃんが完全洗脳されちゃったりする可能性もあるだろうから、手を抜いて貰えるとは思っちゃダメ~ってね》
私の言葉をカグヤが代弁すると、殿下たちの難しい呻き声が聞こえてきた。
「だとしたら、やはり早急な対策が必要か」
「ですな」
二人が嘆息するのも無理はない。
事と次第によっては、この大陸全土を巻き込んだ戦争が起こりかねないのだ。
あるいは、クシャーエナはそれを望んでいる可能性すらある。
正直、今回戦ったとはいえ、その本心や、狙いの本命など完全に見えてないところも多々あるくらいだし。
「戦火が大陸全土に広がったら、ヨーグモッツはシュームラインに付きそうだな……」
「世界の命運よりも、魔導研究が好きな国ですしな。国民総マッドサイエンティストなどと揶揄されるほどですし」
《あっはっはっはっは。そん時ゃあ、アタシちゃんが亡ぼすわその国。ちゃんマスから聞いた話と合わせて、アタシちゃんの大嫌いな連中ばっかりの国っぽいし!》
……楽しそうに笑うカグヤから、酷く昏い感情が伝わってくる。
クシャーエナが纏っていたような悲しい黄昏の魔力に混ざっていたのと、同じような感情だ。
「カグヤ殿」
《あ。ゴメン。今のナシ。ちょっと病みというか闇というかが漏れた》
誤魔化そうとするカグヤに、ニーギエス殿下が真面目な声で告げた。
「たまには闇を漏らしておけ。巨鎧兵騎とはいえ心があるのがカグヤだろう? ため込んでおくと、ロクなコトにならんぞ」
《…………まぁ、うん。そのうち、ね?》
カグヤらしからぬ曖昧な返事。
だけど、それだけカグヤがの抱えている闇というのは深いのかもしれない。
《あ、そだ。ちょっと話変わって、ニギちゃんとネスおじに頼みがあるんだけど、いいかな?》
だいぶ強引な話題転換。
けれど、ニーギエス殿下もヴィスコノミー総長も、それに誤魔化されてやろうって雰囲気で、返事をした。
「内容を聞いてからだな。安易にOKはしてやれん」
《そりゃそうだ。んーっとね。アタシちゃん……というかグロセベアちゃんの、重装甲を回収したいんだよね。
アタシちゃんも次元収納機能があるとはいえさ、財餮なピシーちゃんと違くて、大容量ってワケでもないんだ。
だから、遺跡から回収してこなかったヤツがあるのだよー》
ああ。十二単装甲ってやつね。
重装型はあまり好みではないけれど、確かに回収できるならしたいかな。
「ふむ。グロセベア用の装備というのであれば、回収するのはやぶさかでもないな」
《回収したい十二単装甲は、回収してもそのまま使う気ないんだけどね》
「そうなのか?」
私の心情と同じ質問を、総長が口にする。
《ネスおじみたいな重装型って、蝶のように舞い蜂のように刺すような立ち回りをするうちのマスターとあまり相性良くなさげだしね。
欲しいのは装甲に使われている合金。ニンカシカル合金って名前だったかな? ともあれ、そいつでグロセベアちゃんのお肌の補修と、合金そのものの研究目的かな》
「合金そのものとは?」
《グロセベアちゃんのお肌と比べちゃうと、他の巨鎧兵騎はまだまだ柔肌だからね。同じモノでなくとも、今の技術で似たような合金を作り出せればそれだけで強いっしょ?
直接的な装甲に採用できなくても、例えばシュネーマン用の盾に加工する――とかさ》
なるほど。
それは、確かに良いかもしれない。
《……で、場所は国境関所の砦の近くなワケだ。
だいぶ寄り道しちゃうんだけど、どうかな?》
場所を聞いた殿下と総長は顔を見合わせ、少しばかり悩み出すのだった。




