27.お喋りな夜桜
機体を、視界を、操縦席を、私の世界の全てを包んでいた輝く夜のような青い光が収まっていく。
最後の一撃は、ちゃんとサクラリッジ・ファルシュの操縦席は避けれたようだ。
あとは――と、私はグロセベアを操作するのだが、どうにも動きが悪い。
「カグヤ?」
《あー……ちゃんマス。限界だわ》
「え?」
次の瞬間、グロセベアは勝手に両膝を突いた。
直後、関節などを中心に、例の輝くような青い夜色をした蒸気が噴き出していく。
「え? え? え?」
《落ち着いてイーちゃん。人体には無害な冷却と廃熱を兼ねた機能修復用のミストだから。
なんていうかもう、あーちーちーあーちー燃えてるんだ廊下状態。あっちもこっちも本能寺ってなモンよ》
「言ってる意味が全く分からないんだけど?」
とりあえず、グロセベアが全身に熱を持ち、このミストを発生させないといけないくらい機能不全を起こしているというのだけは分かった。
「勝ったようで、相打ち……か」
「間違いなくお姉様の勝ちよ」
サクラリッジの操縦席が開き、クシャーエナが顔を出す。
着ている巨鎧搭乗用騎士服も可愛らしくも凜々しかった白と桜色のモノではなく、漆黒一色のモノになっている。
デザインのせいなのか、露出こそしていないのに、妙に扇情的に見える。
ああ、本当にクシャーエナが悪い子になってしまったようだわ……。
でも、これはこれで悪くないわね。
というかむしろ良い? 悪い子クシャーエナもアリね!
「クシャーエナ」
「お姉様。わたしの憧れを守ってくれるという言葉。嘘偽りはないよね?」
操縦席のふちに足を掛け、こちらを見上げながら訊ねてくるクシャーエナに、私は大きくうなずいて返す。
「ええ。始まりの守護騎士様に誓って」
「信じるわ」
クシャーエナがそううなずくと同時に、殿下と総長と戦っていたピシーは武器を収めて、下がった。
同時に財餮が私とクシャーエナの方へと近づいてくる。
「イェーナ!」
「イェーナ殿!」
ニーギエス殿下とヴィスコノミー総長が動こうとするけれど、それをクシャーエナが制した。
「お二人ともお気を付けて。周囲を良く見渡して」
「なに?」
言われて周囲を見回すと、シュネーマンの一機をピシーの一機が踏みつけている。
「ただただ魔力が空になっただけのシュネーマン。当然、乗り手だって五体満足。
お二人が迂闊なコトをしたら、あの子が踏み潰しちゃいますけど?」
「…………」
あのシュネーマンが大破していたり、操騎手が瀕死だったりしたら、事と次第によっては二人は気にせずにクシャーエナに向かっていた可能性がある。
でも、人質に取られている機体も乗り手も五体満足。
今回の戦闘で大きく削れてしまったであろう国内の戦力を、これ以上落としてしまうわけにもいかないのだ。
クシャーエナの近くまでいった財餮は、片膝を突いて自分の操縦席を開く。
「ありがとう」
財餮に礼を告げているクシャーエナの姿を見てから、その操縦席へと視線を移す。
「本当に、誰も乗ってないのね」
思わずそう口にすると、クシャーエナは目を眇めた。
「乗ってるわ。実体を持っていないだけで、ちゃんと乗っているの。そこだけは間違えないで」
力強い口調。
そこだけは、妹にとって譲れないものなのだろう。
忠誠を誓った者の幽霊――言葉の文かもしれないけれど、でもそれに準ずる何かが乗っているのは間違いないようだ。
軽いステップを踏むような調子で、サクラリッジの操縦席から、財餮の操縦席へと飛び移る。
生身で飛ぶにはそれなりの距離があったと思うけど、クシャーエナは苦も無く飛んで見せている。
単純な修行の成果なのか、それとも黄昏の魔力の影響なのか。
どちらにしろ、複雑な気持ちになる動きだ。
財餮の操縦席が閉まる。
それから倒れているサクラリッジ・ファルシュに触れた。
すると、カグヤの言うところのストッケージという機能を用いて、壊れたサクラリッジを回収する。
「お姉様。ニーギエス殿下。ヴィスコノミー卿。
お騒がせしてしまって大変申し訳ありませんが、そろそろ時間となりましたのでお暇致しますわ」
財餮が丁寧なカーテシーをしてみせる。
クシャーエナがさせているのだろう。
「逃がすと思うか?」
「ふふ。最悪はそちらのシュネーマンを見捨てても、ですか?」
「ああ」
ニーギエス殿下がうなずくと、クシャーエナは妖艶な声で笑う。
「本当に。ハイセニアが羨ましい。
ああ、そうだ。ニーギエス殿下、良かったら。わたしと一緒にシュームラインに来ます?」
わざとらしく財餮の手を差し出すクシャーエナに、ニーギエス殿下がキッパリと返した。
「行く理由がないが?」
それに、クシャーエナは手を引っ込めながら笑う。
どことなく肩を竦めているようにも見えたのは、気のせいではないだろう。
「そうですか? 今ならクーデター起こし放題ですよ?」
「気軽に誘う内容ではないな」
「なんなら玉座を乗っ取ってくれて構いません。そういうノリでハイセニアの属国化ルートとかもアリですね」
「それならそれで無血で進める方法を考えてくれ」
「いやです。盛大にドンパチした末がベストなので。そのついでにヨーシュミールとかいう変な人がアラトゥーニの門を潜ってくれれば完璧です」
……最後は本気だったわね。
というか、変な人って……。
もはやクシャーエナの中では、彼って王族の扱いじゃなくなってるのかもしれない。
《妹ちゃん。最後のだけはガチで思ってるだろ?》
「これは異な事を言うわね。カグヤさん。いいですか、今の提案の全てが本気です」
《マジでそっちの国の王子様は何をやってるんだか》
「お姉様からいくらかは聞いているでしょう?
あと、国の上層部も殿下やうちの両親ほどじゃないにしろ、似たようなバカばっかりに挿げ変わっていたコトが判明したので、もう色々諦めてます」
…………。
どうしよう。ちょっとクシャーエナの提案に乗りたくなってる自分がいるわ。
《イーちゃん。その思考、気づかなかったコトにしておくぜ?》
「そうしてカグヤ」
カグヤにはバレちゃったみたい。
まぁ、クシャーエナが本気でそう思っていたとしても、手を取ったらこちらもヨモツレギオンに取り込まれてしまうのは間違いないでしょうからね。
危険なことには変わりないか。
「なんであれ、こちらは君の手を取る気はないよ」
「そうですか。残念です」
本気で残念そうな口調でそう言ってから、財餮がこちらへと背を向ける。
そして両手を掲げて何らかの術式を正面に展開。
ややして、その展開された術式は巨大な黒い渦となる。
その渦の向こうに見えるのは――
「え? ラホコの町並み……?」
「正解ですお姉様。一緒に帰ります?」
「……そこから帰れるの?」
「転移術式。魔術名はゲート。古代魔術の一つですね。ヨモツレギオンから教えてもらいました」
え、待って。その術式は、戦の在り方に大きな影響がない?
「どこにでも移動できるのか?」
思わず――といったようすでヴィスコノミー総長が声を上げる。
それに対して、クシャーエナは財餮の首を横に振った。
「自分が踏み入れたコトのある土地。自分が明確にイメージできる土地。それが最低条件ですね。
あと、わたしはズルをして消費魔力を誤魔化してますけど、真面目に使用すると実用性皆無ってくらい魔力喰いする魔術です。
古代人が使うの止めた理由も納得するレベルで」
だから、安心してね――と暗に言っているような……。
「皆さんとのお喋りは有意義なのでついつい喋り過ぎちゃいますね。
こっちの国の政治会議は、このレベルのお話も出来ない人ばかりなので」
《マジで大丈夫なのかよ、シュームライン……》
カグヤのツッコミに対して、クシャーエナは巨鎧兵騎越しでも分かる笑ったような気配を見せた。
その笑みの意味は、すでに何度も彼女が口にしているように、『大丈夫なワケがない』というものだろう。
「では帰りますね。
我々に対する苦情や文句は、シュームライン王国の最高責任者代理であるヨーシュミール殿下にお願いします。あの人、自分でそう口にしたので。ちゃんと責任取らせないと」
言いながら、クシャーエナが財餮の腕を軽く振ると、アッシーソルダット・ピシーたちが素早くゲートへと飛び込んでいく。
「改めて、皆さまごきげんよう。またお会いできる時を楽しみにしています」
最後にもう一度カーテシーをし、クシャーエナを乗せた財餮もまた、ゲートの中へと飛び込んでいく。
「待て!」
殿下と総長が追いかけようとするけれど、ゲートはすぐに消滅してしまった。
それを見ながら、私は大きく息を吐く。
《とりあえず、ひと段落したねぇ》
「ええ。心配掛けちゃってごめんね、カグヤ」
《良いってコトよ。お互いそういうの気にしすぎないようにしようぜい》
「ええ」
そんな平和的なやりとりをしていると、なんだか身体がギリギリと絞られるような感覚に襲われる。
「カグヤ? ケーブルの締め付け、きつくない?」
《ん? 別に何もしてないよ。むしろ、弱めてるくらいなのに》
「え? でも」
身体が痛い――と、口にしようとして、今の全身がギリギリと絞られていく感覚がどんどん強くなっていくことに口を噤む。
全身を絡みついた蛇に締め付けられているような、半乾きの雑巾から水分を搾り出すようにキツく捻られているような……。
「あ、ぐ……」
《イーちゃん?》
「身体が、全身が、締め上げられてるみたいに……」
《あー……たぶんそれ、オーバードライブの反動だ》
「…………」
え? これが……?
《本当は発動中に感じるヤツなんだろうけど、イーちゃん全然気にしてなかっただろー?
そのせいで、オーバードライブしながら更なる出力向上とかしまくってたからさ、反動で今になって、身体がそれに反応して残った魔力を絞りだそうとしてるんだと思う》
「いつ、落ち着くかな?」
《オーバードライブ中に消費した魔力に応じた痛みを味わい終われば?》
「それって……いつ?」
《マスター》
「……なに?」
《がんば!》
「それ、答えになって……痛たたたたたた……ッ!?」
目の中がスパークするような目眩と共に生じる痛みに、思わず全身を抱きしめる。
すでに身体の中の魔力はだいぶ喪失しているのに、さらに絞り取られるような感覚に、歯を食いしばる。
……自業自得かもしれないけど、これは……しばらく、しんどい、かも……。




