25.初めての本気の姉妹喧嘩
零れる涙を拭って前を見る。
色だけでなく、要所要所の意匠の変わったサクラリッジ・リヴォルバー。
新しい姿の名前は、サクラリッジ・ファルシュだったか。
「カグヤさんに何を言われて目を覚ましたかわからないけど、今更なんなの?」
「そうね……自分でもよく分からないわ」
クシャーエナからの呼びかけに、私は素直に答える。
「でも、貴女の憧れは裏切れないな……ってそう思ったの。
最強のお姉ちゃんだと思ってくれてたのでしょう? それなら、そう簡単に妹に負けてしまったら幻滅されてしまうじゃない」
「…………」
妹が何を思ったのか分からない。
けれど、少し動きを止めた。
僅かな時間の沈黙のあと、クシャーエナは吐き捨てるように告げた。
「本当に……本当に、素直に壊れたままでいてくれれば良かったのに」
言葉通り、本当に鬱陶しそうな様子だけれど、私だから分かる。
その言葉の裏に、僅かな喜色の気配がある。
それで充分だ。
カグヤが言う通り、クシャーエナは悪女を背負う理由があるんだって、分かった。
「貴方も、カグヤも……私が壊れたままでいたらつまらないって言うから、目覚めただけよ?」
これは間違いなく本音。
同時に、厄災の魔女クシャーエナへの宣戦布告。
この子の振る舞いに、最後までちゃんと付き合ってやるという宣言だ。
向こうが本気でぶつかってくるというのなら、私も本気でぶつかり返してやるという決意表明。
言い終えると同時に外部へのスピーカーを一度切り、カグヤに訊ねる。
「ムーンフラッシャー以外の強い武装は解析できてる?」
《妹ちゃんを傷つけずコテンパンに出来そうなヤツをご所望かな?》
「さすがカグヤ。理解が早いわ」
《あるぜ。いいのが! ついでに、ニギちゃんやネスおじも支援できる素敵メカニックがな!》
「名前は?」
《例の如く名称はバグってたので、仮称スワロー・シェル。背中に背負ってるリングを分離させて本体と波状攻撃するワケだ!
あ、スワロー・シェルの操作はちゃんマスがマニュアル操作できるけど、面倒だろうから基本はアタシちゃんがやるぜ?》
――とのことなので、使用したい時は私がそれをカグヤに告げて、どう使うか言ったりイメージしたりするだけでいいようだ。
それを聞いた上で、外部スピーカーを改めてオンにしてクシャーエナへ告げる。
「貴女を、止めてあげるわクシャーエナ。
貴女が厄災の魔女へと堕ちながら生きて行こうとするのなら、私は追放されてもなお守護騎士として生きようとする愚かな女として生きていく為に」
「ふふ、嬉しいわお姉様。それなら、今この場で愚かな女として潰れてちょうだい」
「やれるものなら。さぁ本気の姉妹喧嘩といきましょう!」
「ええ。ええ、ええ! そうねッ、やりましょう! お姉様とわたしの、初めて本気の姉妹喧嘩を!」
クシャーエナの返事と共に、サクラリッジ・ファルシュの間接部分から、まるで炎のように黄昏色の魔力が吹き出した。
「モード・禍桜」
その姿を見て、カグヤが焦ったような声を出す。
《マジかよ! それは巨鎧兵騎が出していい出力じゃないだろ!
マスター、あれはこれまでの黒サクラちゃんと同じだと思っちゃダメだよ!》
「それは見れば分かるわ」
だからと言って、あんなカッコ良く妹へと宣誓したのだから、ここで早々に負けてはいられない。
「……カグヤ、スワロー・シェル。分離」
《がってん!》
背中から離れた円形のパーツは、幾何学的な動きをしながら、グロセベアの頭上へ移動。
なんだか、天使の輪のように静止した。
「お互いの切り札ってところですか? お姉様?」
「どうかしら? スワロー・シェル。実は初めて使うから、どこまで有用かは分からないのよね」
「ふふ。嬉しいわ。喧嘩以外にもお姉様の初めてを頂けるなんて」
「そういう変な誤解を受ける言い回しはやめてっていつも言っていたでしょう?」
「本音を言えばいつまでも言ってて貰いたかった――って言ったら信じます?」
「信じて貰いたかったら態度で示しなさいって、みんなに言われなかった?」
「ええ。ではそうさせてもらいます!」
瞬間、先ほどとは比べものにならない速度でクシャーエナが踏み込んでくる。
だけど大丈夫。確かに速いけれど、躱せないほどの速度じゃない。
私とカグヤが操るグロセベアならば、確実に躱して反撃できる!
振り抜かれる剣を躱しつつ、ファルシェの脇を抜けつつ、思い切り踏み込んで飛び上がる。
「カグヤ」
ぶっつけ本番。
破浄術で剣を強化する要領で、スワロー・シェルに魔力を流す。
問題なく、スワロー・シェルに破浄の魔力が乗っていく。
《スワロー・シェル、魔力刃展開》
私の合図で、カグヤはスワロー・シェルの縁に、魔力刃を発生させた。
ただの魔力刃ではなく、破浄術そのものが刃になったかのようなものだ。
クシャーエナならば、この意味が見ただけでも理解できることだろう。
空中で振り返りながら、私はグロセベアの腕を振りつつ合図を出す。
「飛ばしてッ、スワロー・シェル・ザッパー!」
《まかせろ!》
腕の動きに合わせるように、頭上にあったスワロー・シェルが、ファルシェに対して回転しながら幾何学的な動きをしながら突撃していく。
「その程度の投擲武器でッ!」
襲いかかるスワロー・シェルを迎撃しようと、クシャーエナはファルシェを操り剣を振るう。
だけど、ファルシェの剣がスワロー・シェルに触れる前に、カグヤが叫んだ。
《ただのフリスビーじゃねぇんだぜッ!》
次の瞬間、スワロー・シェルは分離して三つになる。
ファルシェの剣が空を斬り、その隙に分離した三つのシェルが襲いかかる。
「鬱陶しいッ!」
破浄の刃を纏うシェルに当たるまいと、クシャーエナは剣で弾いたり、避けたりしていく。
私はグロセベアにガントレットブレードを構えさせ、そこへと突撃させる。
クシャーエナが、こちらの攻撃を受け止める。
私の破浄の魔力と、クシャーエナの黄昏色の魔力がぶつかり合って、火花を散らす。
「あの輪っかといい、その剣といいッ! 破浄術ッ! サクラリッジ以外でも乗せられたのッ!?」
「この機体が特別なのよッ! 他の機体は知らないわッ!」
どちらともなく鍔迫り合いをやめると、同時に後ろへと飛び退く。
そこへ、二片のシェルがファルシェへと襲いかかった。
「なんて厄介な!」
毒づきながら、それらを捌くクシャーエナに、私は一言告げながらもう一度踏み込んでいく。
「クシャーエナ。スワロー・シェルがいくつに分裂したか覚えてる?」
「……!? もう一つ……ッ!?」
グロセベアが振るう刃と、背後から迫るシェル。
「この程度でッ!」
クシャーエナは、ファルシェを強引に横へと跳ばす。
黄昏の炎をたなびかせながら不格好に着地し、即座にマギー・ライフルを構える。
《今の状態のライフルは、ヴェールでも受けきれないからねッ!》
「直撃は避けろってコトね」
『禍桜』というあの姿の時は、それだけ力が上がっているということだろう。
切り札というくらいだから、長くは続かないと思うけれど。
――ともあれ、今はあれを躱さないと。
私は、グロセベアをファルシェに向かって駆けさせる。
《ちゃんマスッ!?》
「落ち着いてカグヤ」
避けずに突撃するように思ったのだろう。驚くカグヤへと声を掛けつつ、私はファルシェから目を逸らさずに突き進む。
足下の木々は邪魔だけど、今は好都合。
「グロセベアならッ、こういうコトだって出来るッ!」
そう口にするのと同時に、私は勢いよく地面を蹴り上げた。
土がめくれ上がり、石や土、木々が舞う。
宙を舞う土や木々をを隠れ蓑にカグヤもスワロー・シェルを、クシャーエナの死角へと移動させていく。
「巨鎧戦でそんな目眩ましをッ!」
クシャーエナが驚くのも無理は無い。
そもそも巨鎧騎兵が、こういうことをするという想定がないのだから。
サクラリッジ・リヴォルバーを繰り、中距離や遠距離での戦闘を特に練習していたクシャーエナだ。この距離からの射撃に関しての精度は恐ろしい。
だからこその不意を突いた動きと、目眩まし。
まぁ所詮は小手先の技。やってることは初見殺しのような動きだから、たぶん次は効かないだろうけど。
同時に、マギー・ライフルから魔力砲が発射される。
狙っているのか、思わずなのか。
クシャーエナがどちらであるかは分からないけれど、もとよりすぐに動くつもりだった。
こちらがどこへ動くかは考えずに発射してくれているのなら、躱すのも容易。
放たれた魔力砲は、土や木々にぶつかり減衰し、飛び交うそれらによって消滅した。
……消滅した!?
そんなヤワな砲撃じゃないはずなのに?
《一射目は低出力のフェイク! 二射目が本命っぽい!》
死角に回っているつもりだったのに、サクラリッジのマギー・ライフルは、その先端を正確にこちらへと向けてくる。
今からでも回避は……って、ダメだ。
背後に――射線上に、動けなくなっている友軍のシュネーマンがいる!
迷いは刹那。判断は一瞬。
グロセベアの両腕にファイア・マウス・ヴェールを展開し、交差させながら前に出る。
《イーちゃん、二重でも厳しいってッ!?》
「点じゃなくて面で受けるようにすれば……ッ!」
それよりカグヤは、殿下や総長の援護をするように――声に出さずに思念でそう指示をした。
即座に、了解の意が返ってくる。
クシャーエナのファルシェが、マギー・ライフルの弾鉄を引く。
出来るだけ曲線を描くにようにヴェールを構えた。出来るだけ斜めに受けなければ。
強固な対魔力コーティングを施されたヴェールの表面を、マギ・ライフルから放たれた魔力弾がバチバチと音を立てて滑っていく。
完全に殺しきれない威力がヴェールの表面のコーティングを削り取り、羽を焦がす。
そうして表面を滑りきった魔力は、グロセベアの右肩を掠めると、その部分を溶かしながらえぐりとり、そして虚空へと跳んでいった。
《おうふ! グロセベアちゃんの美肌が!》
「直撃よりマシだったでしょう?」
カグヤの悲鳴にそう返すと、ヴェールを閉じ、ガントレットブレードを展開しながらファルシェとの間合いを詰めていく。
それ見て、クシャーエナは即座に剣を構えた。
こちらの斬撃を受け止めつつ、クシャーエナは周囲を警戒している。
「接近戦の時に気もそぞろなのは良くないわよ?」
挑発するようにそう口にして、私は踏み込んでいく。
クシャーエナはこちらの剣を受け止めながら、忌々しげにうめいた。
「そっちの飛び道具がどこから飛んでくるかわかんないんだから、当然でしょう?」
そして、うめいてからクシャーエナは何かに気づいたのか、私を弾くように剣を振るう。
私はそれに逆らわず、グロセベアを後退させる。
「……どうして今のタイミングで一つも飛ばしてこないの?」
「どうしてだと思う?」
私がクシャーエナにそう問いかけた時、総長が戦っている方角から激しい破壊音が聞こえてきた。
「これでどうだッ!」」
そちらを見れば、シェルに強襲され、片腕を切り落とされたピシーの一機に、総長の駆るエタンゲリエが、手に持つ実体刃のハチェットを深々と食い込ませた瞬間だった。
同時に、スワロー・シェルの二片が、倒れたピシーの近くから飛びだしてきて戻ってくる。
「まさかッ、お姉様ッ!」
「そのまさかよ」
驚いたようなクシャーエナの声に、してやったりと笑って返す。
「イェーナ、カグヤ! 支援感謝する!」
続けて、殿下の愛剣が、ピシーの一機の腰を切り裂きながら振り抜かれる。
倒れたピシーの近くにいたスワロー・シェルの一つが、グロセベアの元へと戻ってくる。
「殿下も総長も、二対一なら厳しいけど、一対一なら互角にやれるはずでしょう?」
そう。途中からスワロー・シェルは、殿下と総長の支援に向かわせていたのだ。
私の代わりにカグヤが制御できるからこその戦術よね。
スワロー・シェル。
一人で戦うんじゃなくて、みんなで戦うようになった私に、ぴったりの武器かもしれない。




