24.己が双眸、見開きて
「豪華なエタンゲリエだとは思っておりましたけど、ニーギエス殿下でしたか。
勇ましく、お強く、お優しいだなんて――正直、羨ましいくらいです」
「そうだろうそうだろう。何せオレは、優秀なエースをたった一人で最前線に送り出したりはしないからな。
やむを得ず出すなら、その戦果には正しく報償を出すし、可能な限りのアフターフォローはする男だ。民を扇動して石を投げさせるなど、もっての他だろう?」
「うちの無能王子や、愚かな国民の悪事が隣国にも正しく知れ渡っているようで、大変よろしいです」
ニーギエス殿下の言葉に、厄災の魔女はクスクスと笑う。
そして次の瞬間にはニーギエス機に向かって剣を振り下ろす。
「羨ましすぎて、妬ましいほどにッ!」
「褒め言葉と受け取っておこうッ!」
慌てることなく、ニーギエス殿下はサクラリッジ・ファルシュの剣を受け止める。
魔力強化でもしているのか、ニーギエス機は鍔迫り合いの状態から、相手を苦も無く強引の押し込み……ややして素早く引く。
押し合いの状態が突然に終わったことでバランスを崩したサクラリッジ・ファルシュに向かって剣を振るった。
しかし厄災の魔女は、機体がバランスを崩しているのにも関わらずそのままニーギエス機の剣を受け止める。
そのまま、その衝撃を利用して大きく吹き飛ぶように飛び退くと、背面や足の推進用の魔力噴射口から魔力を小器用に吹き回し、距離をとりつつ体勢を立て直した。
「器用なマネを」
「エタンゲリエらしからぬ豪腕に綺麗な太刀筋。ただ高性能なカスタム機というだけでなく、ニーギエス殿下の操縦と魔力運用が大変お上手なようで」
「お褒め預かり光栄だ」
双方に剣を構え直して、睨みある。
「一つ確認したいのだが」
「なんでしょう?」
「国民を扇動したのは君ではないのか?」
その問いに、厄災の魔女は右手で握った剣の腹を、左手に手の平にぺしぺしと当てながら、答える。
わざわざ巨鎧兵騎でそんな仕草をするのは手間ない。やらざるをえないくらいに腹立たしい話なのだろうか。
「扇動の否定しません。人々の心の中にある七欲が刺激されやすい下地を作ったのは事実です」
そこで言葉と一緒に剣の動きも止めた。
「でも――正直に言ってしまいますと、想定していた効果の十倍以上の成果を発揮してしまって、困惑しているという面もあるんですよ?」
「……それは、国民やヨーシュミール殿下が余りにも流され易かったというコトかな?」
「そう思って頂いて結構です。自分たちはよく考えた結果だと思い込んでるところ含めて、そういう国民性なのかもしれませんね」
はぁ――と、厄災の魔女が艶やかな嘆息を漏らしてから、もう一度、剣の腹で左手を叩いた瞬間、カグヤが声を上げた。
《ニギちゃん後ろへ飛んでッ!》
「……ッ!」
即座に反応したニーギエス殿下が、素直に自身の機体を大きく後ろへ飛び退かせる。
「急にどうしたカグヤ?」
「あら残念。カグヤさんは優秀ですね」
その言葉でニーギエス殿下は自分が何かをされそうになったのを、カグヤが気づいて助けてくれたのだと理解したようだ。
《站饕ちゃんの能力はエネルギーの吸収。手から目に見えない糸のような力場を発生させて対象に突き刺すコトでそれを行っている。違う?》
「驚いた。大正解です。本当に優秀ですね」
純粋に賞賛する厄災の魔女。
どうやらあの仕草はそれっぽい動きなだけでなく、攻撃をするタイミングを計る為のものだったようだ。
「ニーギエス殿下が厄介そうなので、早々に動けなくなってもらおうと思ったのですが……」
そこで言葉を切り、サクラリッジ・ファルシュが突然首を動かした。
四肢を破壊された黒いアッシーソルダッドが飛んでくる。
「あらあら。艶慾までやられてしまうなんて」
「周辺の機体のコントロールを奪い同士討ちをさせる。確かに厄介な技だが、重装型のようなマイナー装備の機体を操るのは苦手だったようだな」
エタンゲリエ重装型――ヴィスコノミー総長の専用機。
右手には大型のハチェット。左手には魔力刃式のハチェットという二刀流がスタイルのようだ。
「そこを見抜けるのはさすがですね、ヴィスコノミー卿」
本気で賞賛しているように厄災の魔女はそう告げると、積極的に戦闘を行っていなかった機体を呼び寄せる。
「財餮」
カグヤ、ニーギエス殿下、ヴィスコノミー総長は揃って警戒。
「この子は基本的には、戦闘に参加しないので身構えなくていいですよ」
厄災の魔女の言葉は信用できるか分からない。
何が起きてもいいように警戒をしていると、財餮と呼ばれたアッシーソルダット・ピシーが大破した二機に触れる。
次の瞬間、その二機は財餮の手に吸い込まれるように消えてしまった。
《次元収納機能持ち? この時代では作れないと思うんだけど?》
「それを知っているというコトは、カグヤさんのお生まれは黄昏の意志と同じ時代だったりします?」
《つまり黄昏の意志が齎した技術ってコトか……なら他の七欲能力も同じかな?》
「そういうカグヤさんも――いえ、カグヤさんとお姉様の乗るその機体も、何らかのそういう能力をお持ちなのですか?」
《知らん》
カグヤを試すような挑発するような言葉に対して、カグヤは一言でぶった切った。
「自分の乗ってる機体のコトでしょう?」
《正直、あんま記憶がないんだよね。記憶の修復中というかなんというか、あるかも知れんし、無いかも知れんしってカンジなのさ》
「…………」
まるでカグヤの言葉を吟味するように、厄災の魔女が黙り込む。
その間に、周囲の戦闘音が落ち着いていく。
どうやらこちらの友軍は、殿下と総長を除いて倒れてしまったようだ。
まだ無事なアッシーソルダッド・ピシーたちが集まってくる。
状況的にはだいぶ不利。
カグヤが諦めないのであれば、手伝うのはやぶさかではないのだが……。
《イーちゃん。そろそろ目を覚まさない?》
「…………」
カグヤが呼びかけてくる。
《見ての通り、アタシちゃんたちはクッソピンチ。これ以上無いってくらいの危険球ど真ん中直撃コースなワケだ》
言葉の意味は分からないけれど、言っていることはわかる。
アッシーソルダッド・ピシーの持つ七欲能力に関しても、まだまだ分からないことが多い。
《このままじゃ良くて全滅。最悪、みんな幽霊にされて、あの巨鎧兵騎の乗り手にされちゃう可能性もある》
……みんなには申し訳ないけれど、クシャーエナの側にいられるなら、それも悪くないと思ってしまう自分がいる。
だけど、そんな私の心情を読み取ったのか、カグヤがとても冷静な声で告げた。
《そして、妹ちゃんはそれを止めて欲しいと思っている》
「……え?」
予期していなかったカグヤの言葉に、私の思考がスパークする。
《これはアタシちゃんの推測だけど――妹ちゃんは、完全に堕ちきってない。もしかしたらキーシップ家の為に、ヨモツレギオンってやつの手に堕ちた可能性もあるんじゃないかな》
何も考えられなくなっていた思考が、戻ってくる。
封印されていた『この世ならざる異形』に与しているのは、キーシップの為……?
《それに言ってたでしょ。『お姉ちゃんに憧れていたコトは間違いの無い事実』だって》
「……クシャーエナ……」
《全てが偽りだったかもだけど、少なくともその気持ちは偽りじゃなかったらしいからさ。
だったら、その憧れのお姉ちゃんが、こんな情けないままでいいの?》
「……そ、れは……」
クシャーエナが憧れていた私は、こんな私じゃないのは確かにそう。
だけど、クシャーエナは厄災の魔女を名乗るし、私を追放したって言うし……。
《元々、心折れかけてたみたいだから仕方ないとはいえさ、さすがにちょっと心閉ざすの速すぎるんだってばッ! 目を見開けッ、耳をかっぽじろッ!
絶望に安易に屈すんなッ、希望に安易に縋んなッ! 妹ちゃんのコトが大好きなら、表面上の言葉だけじゃなくて、妹ちゃんの真意や張り巡らせた権謀術数を読み取るくらいやってみせろッ! そういうのッ、一番近くにいたマスターだからこそ読み取れるもんでしょッ!》
「…………」
《まだまだ短い付き合いだけど言わせてもらうかんねッ! アタシちゃんは、こんな情けない女と契約した覚えはないんだからッ!!》
「……ッ!?」
《妹ちゃんの憧れとッ、アタシちゃんの信頼ッ! その両方を裏切るつもりかッ、イェーナ・キーシップ!
愚かしくもキーシップの名を捨てられない女と名乗った強い女はどこ行ったッ!!》
言わせておけば――と思う。
言われても仕方ない――とも思う。
ああ――でも。
クシャーエナの憧れを、
カグヤからの信頼を、
裏切りたいワケじゃない。
裏切って良いワケない。
それだけじゃない。
受け入れてくれたハイセニアの人たちを、
カグヤと一緒に笑ってくれたニーギエス殿下を、
愚かな私の振る舞いで、失うワケにはいかないんだ。
ああ、そうだ。
これまでみたいに、何かあると面倒だから守るってワケじゃない。
失いたくないという理由で、自分の意志で、自分の思いを持って、戦っていいんだ。
それならば――……。
それに気づけたのだから……。
だから――……。
私は――……。
私は――……。
「動きが止まってますよ、お姉様!
一緒に乗っているカグヤさん共々、アラトゥーニの門を潜る準備が出来てしまったのですか?」
動ける夜闇の騎士たちに足を止められて、殿下と総長は動けない。
さすがの二人でも二機のピシーを相手とすると苦戦はしてしまうようだ。
その間を縫って、クシャーエナの駆る漆黒の守護兵騎が、私に迫る。
「イェーナッ、カグヤッ!」
「イェーナ殿!? カグヤ殿ッ!!」
私は――……ッ!
「ああああああああああああ――……ッ!!」
《イェーナちゃんッ!?》
自分でもどうして吠えたのか分からない。
けど、叫ばずにはいられなかった。
声を上げずにはいられなかった。
その咆哮に意味はない。
けれど、雄叫びでもあげなければ、自分を奮い立たせられなかった。
そしてそれは、きっと無意識に選び取った正解だ。
叫ぶのをキッカケに、全身にチカラが戻る。全身に魔力が巡る。私の身体に巻き付くケーブルを通して、グロセベアの魔力循環もスムーズになっていく。
「クシャーエナッ!!」
漆黒に染まったかつての愛剣を、今の愛剣で受け止める。
「機体の中で何があったかは知りませんが……目が覚めたようですね」
「ちゃんと覚めてるか分からない。苦しいし辛いし、涙も止まらないもの。だけど――それでもッ!」
ガントレットブレードに魔力を通して強度を高める。
そして強引に押し込むように剣を振るった。
「……ッ、パワーはそっちの方が上……!」
サクラリッジが飛び退く。
「私は愚か者よッ! だけど、そんな私の振る舞いで、信用と信頼を寄せてくれた人たちを裏切れないッ、傷つけられないッ、失えないッ!!」
飛び退いた漆黒の守護騎士を追いかけるように、踏み込んでいく。
「お姉様がどれだけ尽くそうと、どうせそいつらは後ろから石を投げてくるに決まってるわッ!」
「その時はその時よッ!」
グロセベアがガントレットブレードを振り下ろす。
サクラリッジがそれを受け止める。
双方、魔力で刃を強化されている為、ぶつかりあうと同時に、火花のように魔力が飛び散る。
「そうなった時ッ、今度は間違えないように立ち回るッ!」
思い切り、ガントレットブレードを振り抜く。
ひときわ火花を強く飛び散る。
サクラリッジがその勢いに負けて、たたらを踏むように態勢を崩す。
「わたしの言葉でッ、簡単に心を閉ざしたお姉様がッ、そんなコトできるワケないでしょうッ!」
クシャーエナのサクラリッジは態勢を崩しながらも、私に弾かれた勢いを殺さずに利用して、反撃をしてくる。
ニーギエス殿下と打ち合っている時にもやっていたけれど、クシャーエナはこういう器用な動きが上手いみたいだ。
私には出来ない、曲芸的な乗回しというのか――
普通の機体で、普通の乗り手であれば出来ない動き。
さすがは自慢の守護兵騎に自慢の妹だ。
そして、私は妹の言葉は否定はできない。
実際、クシャーエナの言う通りだ。
きっと、私はまた現実から目を背けて自分の心を殺しかけてしまうことがあるだろう。
だけど――それでも――
「――その時はまたッ、カグヤが目覚めさせてくれるハズだからッ!」
クシャーエナのカウンターを左腕のファイア・マウス・ヴェールで受け流しながら、一歩強く踏み出す。
踏み出した足を軸に、もう片方の足を大きく振りかぶる。
「うぇ!? キックぅ……ッ!? ……ッああ……ッ!?」
驚くクシャーエナの声を聞きながら、私はグロセベアの足を振り抜いた。
見事にそれは直撃して、サクラリッジを吹き飛ばす。
「カグヤ自慢のこの機体――グロセベアは、多少のパンチやキックで壊れるほどヤワな機体じゃないらしいの」
《そのと~~りッ! そんじょそこらの汎用機と一緒にしないでよねッ!》
そうでしょ? とカグヤに問えば、彼女はとても嬉しそうに声をあげるのだった。




