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復讐火葬  作者: SATOSHI
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二十五章『電脳女王の寵愛』 その2

「ぶ……ぶぶぶぶぶぶぶーぅいっ!」


 いきなり、人ならぬ奇声を発し始めた橘に、瑞樹はたじろいだ。


「何それ! 何それ! 自分、あのクソギャルよか魅力ないってコトすか!? せっかく気合入れて服選んだっつーのに! いや分かってたけどさ! 電脳女王は当然予想済みだったけどさこうなる展開も!」

「あ、あの」

「分かったよしょうがねぇ! 我慢してやるよチクショウが! その代わり部屋から出られて二人が再会した暁には存分にズリ倒してやるからな! 出来る出来ないに関係なく、どうせ熱烈にグォウワーッと燃え上がるんだろ!? 覚悟しとけよクソッ!」


 捨て台詞、というには長々とした下劣な言葉を並べ立てて、橘は不格好な走り方で部屋から出て行った。

 何もないにも関わらず、ドアの辺りで一度転びそうになりながら。


 人工生物の主は、嵐のように現れ、そして嵐のように去っていった。

 瑞樹はしばしの間、開いた口が塞がらない状態になっていたが、徐々に不気味さというか、得体の知れない恐怖が忍び寄ってきたことで、背筋を震えさせた。


 あんな危険人物を逆上させてしまったのは失策だった。

 もっと上手い言い回しで懐柔すべきだったか。

 いや、果たしてそんなことが可能な相手だっただろうか。


 捨て台詞から察するに、栞に直接危害が及ぶことはなさそうだが、心配だ。

 それに、恋人があの女の目線で汚されることが不愉快でならない。

 まさかあんな奴が人工生物の本体、能力者だったとは……


 自分と血守会が関わっていることは、既に剛崎を通じて秋緒に連絡が行っているはずだ。

 先生が栞を守ってくれるといいけど。何故か秋緒は栞のことをあまり良く思っていないのは知っていたが、瑞樹はそう願わずにはいられなかった。






 瑞樹の部屋を出た橘は、全速力で己が居城への帰路を急いでいた。

 が、服装のせいで上手く走れない。吊られた操り人形のように歪な動きになる。

 癇癪玉がまた破裂する。


「っだよラァッ!」


 一度立ち止まり、厚底ブーツをむしり取って床に叩きつけ、再び走り出す。

 が、多少身軽になったところで、持久力まではどうにもならない。五十メートルも走らないうちに心臓や肺が悲鳴を上げ、しきりに酸素を要求しだす。


「ハァ、ハァ、っそ……なん、で、ハァ、この……女王が、こんな、目に……」


 壁に手をつき、息は荒く、まるで出血多量の人間が如き移動である。

 拙いこと極まりない動きで、往路より何倍もの時間をかけて、電脳女王はほうぼうの体で居城へと生還した。

 ドアを開けた瞬間に漂ってくる肌寒い冷気と異様な臭気が、彼女の火照りを冷ますと同時に、不安定だった精神に鎮静作用をもたらす。


「くぅーーっ、やっぱココが一番落ち着くな」


 すっかり上機嫌になって、デスク脇に放置していたミートピザをかじり、コーラを飲む。

 ピザは固く、コーラもほとんど炭酸が抜けていたが、橘のニタニタは消えなかった。


「うっし、口直しに一発かましてスッキリしとくか」


 早くもムラムラきた橘はパソコンを操作し、ハードディスク上のフォルダを開ける。


 "瑞樹きゅん"→"愛の記録"まで辿ったところで、後方でドアレバーが回る音がした。

 通路に続いているドアではなく、"研究所"に直結している方だ。


「戻ってきたか。君が外出するのは珍しいな」


 長身と分厚い体躯を兼ね備えた黒スーツの男が、ドアからぬっと姿を現した。


「奥平氏……っつーか何勝手に入ってんだよォォォ! 今から一発やんだからさっさと失せろよォォォ!」

「この空間は私の所有物であり、私が厚意で君へ貸与しているに過ぎない。そのように怒鳴りつけられる謂れはないと思うが」

「ぐっ……」


 橘は返答に窮する。

 正式な賃貸契約を交わしていない以上、奥平の方に理があるのは分かっていた。

 そもそもアングラ組織に一般的な理屈を説くこと自体、ナンセンスである。


「"血塊"の進捗状況を見に来たのだが」

「あー、見てのとーりでーす。ほとんど完成してまーす」


 ぷいと、奥平に背を向け、橘がふてくされて答える。

 彼女ができる唯一の反撃であった。


「何よりだ。調整は念入りに頼む。結界破壊後、東京の新たなる要となるかもしれぬ存在だからな」

「へいへーい」

「それと、少しは掃除をしたらどうだね」

「うるせェェェェ! 仕事以外で口出すんじゃねェェェ!」


 橘はまたも癇癪を起こし、足元の床に積まれた空のプラスチック容器やらペットボトルやらを蹴り飛ばした。


「ああああーーっ!? マイ・マシンが!?」


 悪いことに、残骸は奥平に飛ぶどころかパソコンの本体に当たってしまう。橘は絶叫した。更には室内の異臭が一層濃く立ち込めるようになる。

 奥平は肩をすくめ、無言で部屋から出て行った。


「カーーーッ! んだよ、っざってぇ! クサレダルマが!」


 一人残された電脳女王は、再び蹴りを放った。ただし今度は壁に。

 お世辞にも軽いとはいえない体重を存分に乗せた一発だったが、分厚い壁はびくともせず、自分の脚を痛めるだけの結果に終わった。


「ってぇぇぇぇ!」


 激しい苦痛に耐えきれず、橘はしばらくの間、堆積物にも構わず悶絶する。薄闇でも目視できるほど濃い埃がもうもうと湧く。


「何でだよ! 何でこの電脳女王がこんな目に! クッソ、今日は厄日だ! 一体全体何で――」


 電脳女王は思い浮かぶ限りの恨み節を並べ続ける。

 受け止めてくれる家臣も兵もいない。

 電脳女王が何かを寵愛することはあっても、電脳女王を寵愛してくれる者は誰もいなかった。


 ようやく痛みが引いてきて、橘はゆっくりと立ち上がった。

 埃の衣を纏い、憑き物が落ちたように、虚ろで濁った目をしている。

 そのままノロノロと、彼女のもう一つの領地である"研究所"へと向かっていく。


 研究所は、普段引きこもっているメインルームよりも広いスペースがあるが、やはり彼女の志向で照明は落ちており、仄暗い。また、低い駆動音や、液体の泡立つ音や滴る音などが途切れることなく流れ続けている。

 教室二つ分ほどの空間のほとんどは、薄いブルーの培養液で満たされたシリンダーと、大規模なコンピュータ群で占められており、歩ける場所はごくわずかである。

 シリンダーは高さ数メートル、直径も一メートル近くある巨大なもので、部屋の壁に沿って設置されている。

 中にはそれぞれ臓器のようなものや、脳、半溶解した何かの脊椎動物――人工生物の"製造過程"が浮かんでいた。


 そして、ドアと真向いの位置に設置されている一つのシリンダー。

 その中に収められているのは、およそ生物には見えない、抜き出したばかりの内臓よりも赤黒い、成人男性サイズの不定形な塊。

 溶解液を鮮血の赤に染めつつ、不規則な間隔で拍動していた。

 それも一ヶ所ではなく、各部分が独立して。まるで幾つもの心臓が寄り集まっているようである。


 橘は"それ"を見上げ、顔を歪めた。


「奥平氏は、こんなモンに何を期待してるのかねぇ。ま、自分にゃどーでもいーけど」


 ひとまず、注文通りに作りはした。後は奥平がどう運用しようが、知ったことではない。

 橘の目下の悩みは、もっと別のところにあった。


「んなコトよりも、勝手に誰かに入られないように、門番でも作って立たせとくか……でもコストがなぁ」


 彼女にとっては己が領地を侵犯されることの方が、山手線の結界はおろか、地上世界のことよりも遥かに深刻な問題なのである。






 橘の様子を、正確には橘の研究成果を確認しに行った後、奥平は自身の執務室に戻った。

 と、部屋の前で一旦立ち止まる。中に気配を感じた。

 しかし奥平は一切警戒した様子を見せず、子が何の疑問も抱かず自宅の玄関をくぐるように、平然と中へ入っていく。


「よう、ボス」


 奥平の眼に映ったのは、相楽慎介が椅子にふんぞり返り、土足を机上に投げ出している姿だった。


「勝手に入らないでもらいたいものだ」


 先程の自分を棚に上げ、奥平は静かに言った。


「気にしなさんなって」


 相楽は歯を見せて笑い、奥平のために席を空ける。

 そのまま立っているのかと思いきや、今度は机の横側に腰かけた。

 奥平はそのような不躾さを別段気にすることもなく、いつものように椅子に座り、葉巻をケースから取り出し、火をつけて吹かし始める。


 相楽もそれに倣い、ミリタリージャケットのポケットから紙巻きタバコを出す。

 自身のEFで先端だけを器用に発火させ、さぞ美味そうに吸い始める。


 喫煙室と化した執務室に、しばらくの間、沈黙が流れた。


「……随分と派手に動いたな。結果として五相君を欠くことになってしまった」


 先に話の口火を切ったのは、奥平の方だった。


「まあいいじゃないっすか。血守会最大の敵、トライ・イージェスの社員をまず一人殺ったんだ、大目に見て下さいよ。それと、あの女の件は不可抗力というか自業自得だ。別に俺様が身代わりの盾に使ったワケじゃねェ」


 全く悪びれもせず、相楽は煙と共に言葉を吐き出す。

 奥平はやや声を低めた。


「同志としての自覚を、少しは持ってもらいたいものだ。今後の活動が少々制限されてしまった」

「……あ?」


 相楽の顔が、無法者のそれのまま固まった。

 が、すぐに、地獄の鬼も怯みそうな凶暴さを孕んだ恐ろしい面相へと変貌していく。

 煙草を吐き捨て、


「おい、俺様に指図すんじゃねェ。シャバに出した礼はするっつったが、てめェの仲間になった覚えはねェんだ」


 ドスの利いた声で奥平に凄む。

 部屋の酸素全てが火気を帯びたように、一触即発の危険な状態へと状況が急変した。


「そうだったな」


 奥平は、無表情だった。

 葉巻の先を見つめているような、あるいはその先にある、紫煙に霞んだ床を眺めているような、判然としない闇の眼を漂わせたまま。

 相楽の方も、不必要に事を荒立てる意志はないらしい。床に捨てた煙草を発火させて灰燼に帰し、新しいものを出して吸い直し始めた。


「そろそろ頃合いと思っていた時だ。前哨戦と考えてもよかろう」

「頃合い? お、じゃあやっとか」


 奥平はわずかに頷き、葉巻を置いて、告げた。


「山手線結界破壊計画を、実行に移す」


 首魁が下した計画実行の報を一番最初に聞いた人間が、忠誠心厚い部下の誰でもなく相楽慎介だったことを、果たして皮肉と言っていいのか。

 ともあれ、相楽が真っ先に起こした反応は、嬉しそうな嘲いであった。


「クククク、いーねェ。俺様が思ってたよりもずっと早いタイミングだぜ。じゃあ今後も勝手に、クソトライ・イージェスの連中をブッ殺して回っても構わねェってことだよな」

「好きにするがいい」


 相楽は口笛を吹き、尖った歯を剥いた。


「ただし、決起集会を行うにあたり、新木場や東雲だけでなく全ての転送経路を一時封鎖する。出入りは出来なくなるぞ」

「どーぞお好きに。その間も適当に殺して回っから問題ねーすわ」

「残念だ。君の為、秘蔵しておいた美酒美食を振る舞おうと思っていたのだが」

「……あ?」


 再度、相楽の顔が硬直する。

 ただし今度は怒りや威嚇ではなく、親愛にも似たものを込めた友好的な表情へと変化していく。


「しょうがねぇ、ブッ殺すのはしばらくお預けにしておいてやるぜ」


 相楽は舌なめずりした。

 普段、飲み食いするものに強いこだわりはないが、美味ければ美味いほどいいに越したことはないと思うのはごく自然な反応だ。


「……そういやよ、ボス」


 ふと、何かを思い出したように、真顔になる。


「前々から思ってたんだが、何で結界ブッ壊す役があのおチビちゃんなんだ? あの小娘と仲良くできるから、って理由だけじゃないよな」

「不満か」

「いや、そうじゃねェが。ただ、単にブッ壊すだけなら、俺様の方が向いてるだろ? それか……あの阿元って小デブとか。アイツの力もいい線行ってるだろうに。合理的なアンタにしちゃ理屈に合わねェ話だ」


 問われた奥平は、しばし瞑目して黙り込んだ。

 相楽はそれに苛立つこともなく、煙草を吹かしながら、じっくりと答えを待っていた。


「……いや、中島瑞樹である必要がある」


 奥平は、葉巻を揉み消して、回答した。


「彼でなければ、終わらせることができない」

「何をよ?」

「眠ることさえできないこの世界を、だ」

「んな哲学的なことを言われてもよォ、俺ァインテリ様じゃあねェから分からんぜ」


 はぐらかされたような気がして、相楽は不服そうに舌打ちした。


「私は――いや、血守会は、決して偽りを言わない。しかし、まだ全てを口にすることは許されていない。故に、このような表現を取ったまでだ」

「そーすか。ま、俺様は暴れられて、リベンジさえできりゃいいから、別にいいんだがな。そんじゃ、美味いメシと酒、楽しみにしてるぜ」


 相楽はようやく机から降り、外股で執務室から出て行った。

 ドアが閉まった後、奥平は老木の如く、微動だにせずしばし沈思していた。


 部屋に漂っていた煙が完全に消えてなくなった後、通話機を操作し始める。


「橘君か。近々、山手線結界破壊計画を実行するにあたり、決起集会を開くの……」

「欠席しまーす」


 通話機越しの橘はクイズの早押しのような速度で即答し、一方的に通信を切断した。

 電脳女王は、集いの席が大嫌いなのである。

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