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復讐火葬  作者: SATOSHI
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二十章『五相ありさの原動力』 その2

 祈りや禁欲だけでは物理的な救いはもたらされないことを、五相は身をもって理解していた。

 彼女はこの時から、義肢装具士の道を志す決意を固めた。


 元より学業優秀、手先も器用で、人間性の評価も高い彼女である。

 事情が事情ということもあり、彼女の進路に口を挟む者はおらず、当事者である友人たちからも応援された。

 学校側が彼女の行動を勝手に美談と仕立て上げて世間に公表したことは気にはなったが、咎められないだけまだ良く、ボランティアの個人活動を許可してもらった手前、仕方がないと割り切っていた。

 勉強の合間にボランティア活動も続けてはいたが、諸々の事情で、ホームレスを直接相手にした活動はできなくなっていた。

 せめてもと、代わりに支援募金は継続して行っていた。


 当たり前のように国立の養成校の入試に合格し、卒業を目前に控えた時期、全く思いもよらぬ方向から転機が訪れた。

 地元の駅で献血ボランティアを行っていた時のことである。


 一人の男が五相に近付き、献血したい旨を申し出てきた。

 五相は笑顔で案内を行い、目的の場所へ誘導した。


 それ限りの関係のはずであった。


 男がバスから出て近付いてきた。

 手に献血カードを握っているのが見えて、五相はありがとうございましたと声をかけた。

 男は恥ずかしそうに軽く会釈して、そのまま歩いていくのかと思ったが、立ち止まったまま動かない。

 具合でも悪いのだろうかと五相が思いかけた時、男が意を決したように口を開いた。


「あの、そ、それが終わったら、少しだけ時間をもらえませんか? 本当に少しだけでいいんです。お、お願いします」


 突然このような誘いをかけられ、五相は目を丸くした。

 だが不思議と不快感はなかった。

 容姿はお世辞にもいいとは言えない。

 小太りで身長は高くなく、顔の造形も整っていはいない。

 とはいえ、元来五相は容姿の美醜をさほど重要視していないので、そこに引っかかりはない。


 色々と張り詰めたものがあり、思いが積み重なっていたこの時期、寂しくて心細かったというのもあるのだろう。

 五相は阿元と名乗った男の誘いを受けることにした。

 そばにいたボランティア仲間には色々と冷やかされたが、にこやかな微笑みで受け流した。


 ボランティア活動が終わった後、渡されたメモ用紙に書かれた番号に電話をかけ、一緒に食事をする約束をした。

 阿元は都心のホテル内のレストランを提案したが、五相は金銭的な事情を理由にやんわりと断った。

 こちらが全額払うからと阿元は言ったが、五相は申し訳ないからと、それも断った。

 結局、五相の家から近い所にある安価なファミリーレストランでということに話は落ち着いた。


 向かう道中、五相は恋愛というものについてぼんやりと考えていた。

 ボランティアに励んでいたこと、女子高という環境、また事件に巻き込まれたということもあり、五相はこの歳になるまで交際経験がなかった。

 異性に好意を抱いたことはあるが、同年代の女子と比較すればひどく淡く清純なもので、クラスメイトたちが口にする色恋沙汰はどこか別の世界の出来事として聞いていたし、コンパなどの誘いが来ても、曖昧な笑顔と理由をつけていつも断っていた。


 交際についてもそろそろ真剣に考えた方がいいのだろうかと、五相は思う。

 しかし今の自分には両親も兄弟姉妹もいない。保険金や親戚の手助けによって学費や最低限の生活は何とかなっているが、楽観視できる状況でもない。そんな自分は相手の重荷にならないだろうか。


 友人たちからも事あるごとに、


「ありさも早く彼氏作っちゃいなよ、せっかくキレイな見た目なんだから」


 などと言われている。

 実際の所、友人たちに他意はなかったのだが、そのような言葉も自分を暗に責めているかのように五相には聞こえた。

 自分だけがのうのうと恋愛をしてしまっていいのだろうか。


 でも、自分だって本当は個人として誰かを愛したいし、愛されたい。

 娯楽は切り捨てられても、愛を求める気持ちはそう簡単に切り捨てられない。

 葛藤に対する答えは未だ出なかったが、彼女を今後待ち受ける運命を思えば、この時点で答えが出ないことはさしたる問題ではなかった。


 レストランにいたのは阿元一人ではなかった。

 案内された席に行くと、中年の男がもう一人、阿元の向かい側に座っていた。

 見るからに仕立ての良いスーツに分厚い肉体を納め、葉巻を吹かすその姿は、どう見ても阿元の父親には見えなかったし、ファミリーレストランにも似つかわしくない。

 だから最初、阿元は高級レストランを提案したのかと、合点がいった。


 男は座ったまま自分の名を告げた後、無機質な眼差しで五相の体を観察した。

 男のただならぬ雰囲気に、五相は挨拶どころか息をすることも忘れるほど急激に心身を緊張させた。

 今までに出会ったことがなく、そして恐らく、本来はこれからも縁がなかったであろう人種。

 道端で突然ライオンと出くわした子犬の気持ちを五相は味わった。


 と、男は放つ威圧感をふっと少し緩め、五相にメニューの注文を促した。

 現時点では自分への害意がないことに五相は少しほっとし、阿元の横に座って紅茶とサンドイッチを注文した。


「お金のことは心配しないでください。それと、この方はそんなに怖くないから大丈夫ですよ」


 横の阿元が小声で言ったが、奥平は無表情を崩さなかった。

 交際どうこうという考え事は完全に頭の隅へと追いやられた。

 戸惑いながらも要件を問うと、奥平と名乗ったその男は突然に取引を持ちかけてきた。


 自分たちには人工筋肉を安く提供できる経路がある。

 もし今後しばらく自分たちの仕事に協力してくれるのであれば、全てを無償で提供しても構わないし、メンテナンス費用も受け持つとのことだった。

 寝耳に水な提案に、五相はまず驚きよりも不審を抱いた。

 なぜ自分の事情を知っているのか聞くと、


「俺……僕達は特別な情報網を持ってるんです。協力してくれれば、そのことも全て分かると思います」


 代わりに阿元がまず答え、


「平等と自主自助をもたらすという、果たすべき悲願のため、我々には同志が必要なのだ。君は素晴らしい力と、何より困難にも砕けない強い意志を持っている。君の、その宝石のような輝きが、我々には必要なのだ」


 奥平が言葉を継いだ。


 "平等"、"自主自助"という言葉に五相は反応を示した。

 自分の心を動かすため、意図的に持ち出した言葉であろうことは勘付いていたが、もっと深く切り込まずにはいられなかった。

 仕事について五相が質問すると、奥平は包み隠すことなく全てを話した。

 血守会の名前、理念、目的、かつての計画が失敗したこと、そして今また再起を企てていること。

 前線には立たなくて構わないので、五相にはその人柄を活かして裏方の仕事をしてもらいたい、とのことであった。


 その場での返答に窮した五相が口をつぐんでうつむくと、奥平は三日後までに返事をしてもらいたいと言い、自分の連絡先を教え、一万円札をテーブルに置いて席を立った。

 三日後は、養成学校の入学手続書類の提出期限日であった。




 あの後阿元と二人で何を話したか、当日の夜でさえよく覚えていなかった。

 奥平が持ち出した取引のことだけが、頭をグルグルと回転していたからだ。


 阿元と別れた翌日、五相がまずしたことは、友人たちの元へ行き、希望を聞いてみることであった。

 友人たちは全員、人工筋肉内臓の義肢が使えるなら、それに越したことはないと答えた。


 パワードスーツ、パワーアシストスーツを発展応用して作られたそれは、重さやサイズは通常の四肢と変わらないが、性能面においては代替以上の働きをこなす。

 内部に小型のコンピュータが内臓されており、そこから様々な制御を行うことができる。

 装着者の身体能力を読み取って適切な筋力を出力し、必要に応じて増強することが可能で、また生体電流を利用して触覚を感じ取ることができると同時に、痛みを遮断することも可能である。

 ただしその分製造には多大なコストがかかり、定期的なメンテナンスも必要だ。

 そのため一般人が装着できることは滅多になかった。

 さらには通常の義肢とは異なり、保険の適用外となっていたのも難点であった。


 友人たちの意志は分かった。

 次の問題は、果たして彼らが本当のことを言っているのかどうかという部分だ。


 血守会のことはニュースで存在を知っていた。

 以前、警察や防衛会社との大抗争を行う前、テレビでリーダーのような男が出演し、


「我々の行為は過激なテロリズムと取られるかもしれない。それは否定しない。我々は誓約に準じて、決して偽りを言わないからだ。純血の誠心をもって大義に臨むことこそが我々の誇りである」


 というニュアンスの発言をしていた記憶があったが、果たしてその通りなのかどうかも怪しい。

 そこで五相は、電話で奥平に質問してみることにした。


「なるほど。ならば前金代わりとして、友人の一人に手配しよう」


 真偽の回答を知ったのは、それから一時間も経たずしてのことだった。

 友人の母親から電話がかかってきて、喜びに震える声で五相にこう告げた。


「うちの娘が急に、コンピュータ入りの高価な義肢をつけられることになったの! なんでも新型のモデルに選ばれたらしくて……」


 これを聞いても、五相の中の疑いが完全に晴れたわけではなかったが、決意は固まった。

 人工筋肉内臓の義肢の全提供と、自身がテロ行為に加担して汚れること。

 天秤にかけるまでもない。この時点での彼女の答えは明白だった。


 かくして彼女の友人たち全員に、人工筋肉を内蔵した義肢がもれなく取り付けられる手配がなされた。

 同時に、血守会の新たなる同志が誕生した瞬間でもあった。

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