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銀獅子と乙女  作者: 悠月
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乙女と雨

サンディアは自身を見下ろし、ため息をついた。

新調したドレスはものの見事に泥だらけだし、裾のレースは枝に引っかかって破れてしまった。

せっかく結い上げた髪も解けてしまい、湿気を含んでみっともなく膨らんでいる。

おまけに足を通したばかりの靴は、まだ慣れていなくて小さな痛みが生じた。

もとより室内を歩くための靴だ。土砂降りの森の中にいるのが間違いなのだ。

遠征先より帰って来たロードに、急に連れ出されたと思ったらいきなりの大雨だ。

ロードがあまりに馬をとばすから、ロードの背にしがみついているので精一杯だったサンディアには、此処がどこなのか判断も出来なかった。

城からは随分と離れていることと、途中から街道を逸れ森の中に入ったことだけは分かった。

雨宿りのために入った洞穴も過ごしやすいというには程遠く、雨風をなんとか避けることができるだけの場所だった。

すでにボロボロのドレスに構っているのも馬鹿らしくなったサンディアは地面に腰を下ろした。


「すまない」


ロードの銀の髪からも雫が滴った。

頬にも雨の痕が走る。

それが何だか涙のように見えてサンディアは視線をそらした。


「貴方が人の言い分を聞かないのはいつものことです」 


何処に行くのか。

雲が低いから帰った方がいいのでは。

と散々尋ねたというのにロードは一つも耳を貸さなかった。


何があったのかと問うべきだろうか。

代わりに隣の地面を叩いた。

少し驚いたロードだったが、素直に隣に座る。

体をずらし、サンディアは背中を預けた。

視線の先は雨で煙る森だけだ。


「これで誰にも見えません」


「……そうか」


背後から腕が回された。

胸の下で腕を組まれ、頭を垂れたロードの頭が肩に乗せられる。

組まれた腕に手を乗せれば、回された腕に力が入る。

震える理由を問うたりはしない。

まだ互いのことをよく知りもしない。

けれど、傍らに置くことを選んだのがサンディアだということに心がじわりと騒ぎ出す。

少しだけロードを哀れに思った。

あの城の中でこの人は声をあげて泣くことは出来ないのだろ。

サンディアと一緒だ。


激しい雨は次第に勢いを失っていく。

雨の音以外なにも聞こえなかった世界に、鳥や葉擦れの音が戻ってくる。

そのころにはロードの体は震えてはいなかった。

空の具合を確かめようと見上げた先に5色の光の筋ができていた。


「陛下! 虹が」


「ああ」


緩んだ腕から抜け出して、サンディアがもっとよく虹を見ようと立ち上がれば日差しが瞳を焼いた。


「虹を見るのは久しぶりです」


嬉しくなって微笑めば、こちらを見上げていたロードがふいに視線を反らす。


「どうしました?」


「……いや」


サンディアの問いかけにロードは俯き顔を覆う。

今更照れているのだろうか。

そんなことを思いながら、視線を下げたサンディアは己の姿に愕然とした。

ドレスで破れたのはレースだけだと思っていたのに、ふくらはぎまで晒されている。

ヒューロムでは女性が足を晒すのは、はしたないことだとされている。

アリオスの女性がよく履いている足にぴたりとした乗馬服でさえ、サンディアにとってみれば恥ずかしいのに、いまや素肌がロードの目に映っている。

結い上げていない髪はまるで寝所の姿だ。

夫婦になったと言えども、陽の元でこんな姿をさらしたことはない。

マントを差し出すロードの頬が赤く染まっている。


「すまん」


ロードは消え入りそうな小さな声で謝った。

極力こちらを見ない配慮なのかぎゅっと目を閉じている。


「なんっ」


止めてほしい。

顔を真っ赤にして、ついでに逃げ去りたいのはサンディアの方だ。

いつも強引にことを進めるのに、どうしてこの人はこんな時だけ恥じらう乙女みたいなんだろう。

マントを奪い取るとサンディアは頭から被った。






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