側室と乙女
ロードの腕の中は温かい。
この狭い檻の中にいればどんな脅威も襲ってはこない。
さらさらと肌の上を流れる銀の髪はくすぐったくて、優しい。
それがもう少ししたら自分だけのものではなくなるのだ。
茶会の席で、シェラ・エンバ―を紹介された。
一目見て、この娘がロードの側室になると確信した。
シェラは小柄で優し気な垂れ目が印象的な娘だった。
彼女が微笑めば雰囲気は更に柔らかさをまし、茶会は温かなものになる。
大農耕地の領主であるエンバ―家はアリオスで一、二を争う裕福な家柄だ。
そのうえ、シェラの祖母はアリオス一古い血族の由緒正しきローレーン家の出だ。
家柄的にも財産的にも申し分ない。
今までシェラが表舞台に出ていなかったのは、控えめすぎる性格のせいだろう。
控えめだが、微笑むだけのお人形ではないことは高官たちの態度から見て明らかだった。
シェラは何でもよく知っていた。
求められればなんでも話すことが出来たし、人に話をさせるのもうまかった。
茶会の席が一度もしんと静まり返ったことは無い。
サンディアとは大違いだ。
何よりもシェラはロードを慕っている。
男女の色恋には程遠く、マルスを信じる導師のように。
サンディアへ向ける視線も。ひどく居心地が悪い。
シェラがひどく嫌な女ならどんなによかっただろう。
「陛下」
「どうした?」
まだ半分夢の中でロードは尋ねる。
無意識にサンディアの声から不安を拾ったのか、それとも唯ぬくもりを求めたのかサンディアを捕らえている腕の力を強くした。
「側室を迎えるのでしょう?」
「……ああ」
まだサンディアが嫁いで一年。
それなのにどこからともなく側室の話が持ち上がり、あっという間に迎えることになった。
ヒューロムには側室は存在しない。
王に子がいなければヒューロムの誉れと呼ばれた娘が王位につく習わしだ。
覚悟をしていたつもりだが、一人の夫のもとに何人も妻が居るという状況はサンディアには想像のつかないことなのだ。
この不安を告げる言葉をサンディアは探しあぐねて小さく息を吐いた。
「…そう」
制度の違うアリオスで世継ぎを残すことの必要性は十分に分かっている。
ロードを支えるにしてもヒューロムの力ではあまりにもちっぽけなことも。
それでも、早すぎないだろうか。そんな疑問が胸を刺す。
「……嫌です」
小さな小さな呟き。
けれど寄り添って眠っているのだから自然と聞こえてしまう。
「すまん」
答えなど分かっていた。
口にした自分の愚かさも。




