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銀獅子と乙女  作者: 悠月
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手紙と獅子

「陛下」

「何かあったか」


 戦況は圧倒的に有利なはずだ。それなのに火急の知らせを伝えるときの様に、伝令は足をもつれさせ転がるようにロードの元へやってきた。


「タバサの状況が悪化したのか」


 息を切らした伝令に水を与えるように指示をし、ロードは側へと近づく。タバサは今回の最前線だ。いくつかの少数民族が手を組んで国境を荒らしている。エスタニアは決して認めないが、かの国の力添えもあるのだろう。エスタニアの力が強くなるほど戦は激しくなる。まだ物見程度だったが、ついに力をいれたのか。

 ロードの心配をよそに伝令の頬が上気し、口の端が上がっている。悪い知らせではないようだと分かるとロードは一息ついた。


「サンディア様からの返事が届きました」


「なにっ!?」


 先に反応したのはロードの右腕と呼ばれるレイドス・リブングルだ。いつもは表情を変えないクールな参謀は驚愕を露わにし目を見開いている。ついでに持っていた地図を取り落とした。普段ではありえない失態だ。

 嘘ではないだろうな。

 レイドスの疑問に答えるように伝令は満面の笑みでこっくりと頷いた。じきに将の一人が恭しく持ってきた箱を開くロードの姿を

レイドスは驚きとともに見つめた。


 まさか、『あの手紙』に返事がくるとは思っていなかったのだ。

 殴り書きした名前だけのそれを果たして手紙と呼んでいいものかさえ怪しかったのだが。


 わなわな震えるロードの手にある手紙の封蝋には確かにサンディアの紋章である一つ羽が記されている、ヒューロムの赤を思わせる封蝋はサンディアの特別仕様だ。確かに『あの手紙』はサンディアの手に渡り、彼女自身が返事を書いたのだ。

 手紙を受取ったまま固まっているロードに「大丈夫だろうか」としばし迷ったものの、人払いをしたレイドスは自身もその場から立ち去った。気を遣ったつもりではあるが、小一時間してもあのままの状態で突っ立っていたら、手紙を読むように促してやろう。



 ロードは人払いがされたことさえ気が付いてはいなかった。封蝋を慎重に剥がせば、ふわりとサンディアが好んでつける香水が香った。代筆を使う者もいるが手紙に書かれていたのはまさしくサンディアの文字だ。一文字一文字丁寧に書かれたであろう文字。インクが黒々して直線的ではっきりと読みやすい。

 いつも「陛下」と少々距離のある呼び方なのに手紙の初めには「ロード様」と書いてあるのを見つければ心臓が騒ぎ出す。文字に触れた指の先から燃えていくようだ。

 サンディアからの初めての贈り物だ。

 アリオスの夏を楽しみにしていると書いてある。星の丘へ行きたいと。今年は無理かもしれないがいつか共にみたいものだと。

 サンディアが二人の未来を語るのは初めてだ。彼女の未来にロードを入れてくれた。それがどれだけ嬉しいか、きっとサンディアには分かるまい。

 幾枚にものぼる手紙。最後の一枚は文字を追うより先に鮮やかな赤が目に飛び込んできた。


 ああ、サクレの紅だ。


 艶めいたことなど慣れていないサンディアは、きっと悩み照れながら手紙の最期に唇を寄せたのだろう。頬を染め一人でじたばたしている姿が容易に浮かぶ。氷のようだと言われることもあるサンディアだが、本当は表情豊かなのだ。

 サンディアが望むならば、星の丘を共に見に行こう。西の離宮に行くのもいいだろう。


「待っている。サンディア。すぐに帰る」





 レイドスの気づかいは杞憂に終わり、ほどなくしてロードの方から皆に近づいてきた。


「総攻撃をかける」


「我が君?」


 頬は赤く。瞳はぎらついている。

 あまりに想像と違うロードの姿にレイドスの内に不安が広がる。


「なんと書いてあったのです。サンディア殿の御身に何か?」


「半月で帰るぞ」


「半月! いくらなんでも無理です」


「夏が来る前に帰る」


 言葉の通り、半月後には平定し一行は城への帰路についた。

 アリオスの勢いに恐れをなして水面下で動いていたエスタニアは手を引いたようだ。大きな後ろ盾を失った暴徒は早々に瓦解し、アリオスが被った被害は予想していたものよりはるかに少なかった。

 ロードの戦王としての評判が上がるばかりでなく、このころからアリオスには戦女神がついていると噂されるようになった。



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