自爆霊「派手な花火だ」
「ぬおおおおっ!? は、早く止めろぉぉぉ!!」
まさに天に座する神は古の時代の宣言通りに戦争を仕掛けられていた。
戦争と呼ぶにはあまりにも一方的な展開であり、神からすれば八つ当たりにも近い行為だが反撃はもとより反論すら出来ないでいた。
そもそも、この世界の存在と認めていなかったので、神は教主……生命魔法に対して発する言葉を持たない。持たないというよりは言葉を発しても届かない。
聖女を中継すれば伝わるだろうが、人づての情報にどこまで信憑性があるか。何よりも神は聖女を信用できないでいた。
反撃に至っては以ての外。
そもそもが世界を滅ぼす可能性があり、自ら封印したほどの力だ。
自然に消滅するだろうからと何もしなかったが、そんな力に対応しようとすればそれこそ神も持てる力を使い世界を滅ぼさねばならなくなる。
それでは本末転倒もいいところ。
だからこそ、神は頼った。
地上にいて、もっとも究極の魔法に近く、それでいてこの状況をどうにかできる可能性を秘めている存在に。
なんとかしろと。
これぞ本当の神頼み。
「――な~んてことが起きてるんでしょうね……」
雲が消えさり、穴の開いた空という奇妙な光景を見上げながら、聖女はお茶の準備をしていた。
「……師匠のおかげで一人でもお茶の準備ぐらいはできるようになっていたのがここにきて役立つなんて」
聖女が用意するのは迷惑の原因ともなっている二人の分を含めて四人分。
「さて、セッティングは完了したけど……お湯を沸かすのはもう少し後の方がいいかしらね?」
今、火を点けるのは難しそう。
仮に点けれても色々な原因で火事になったら嫌だわ。
「あとは任せたわ」
各国の重鎮が慌てふためき逃走したというのに、彼女だけは平静そのもの。
「さて、師匠そろそろこちらも話し合いを始めませんか?」
それどころか、お茶の席に誘う余裕すらも見せるのだった。
「……めんどくさ」
無心で空に黒い穴を開け続けるイカれた人物に近付く。当然、相手は俺に気付いていないが手を伸ばせば触れられるぐらいの距離に来てようやく気付いたことがある。
なんだか似ていると。
自分に似ているというわけではない。似ているのは、魔法を使った時の感覚と似ているのだ。
「……ここからどうすれば?」
よく考えなくてもわかることなのだが、見えない触れない声も届かない相手にどうやって自分の存在を認めさせればいいんだ?
空気があることを証明するより難しいぞ!?
「…………?」
「んっ?」
今、こっちを見たような?
「……いるの?」
「!?」
ど、どういうことだ!?
「……さっきまでは気付かなかった。だけど、今ならわかる」
淡々と俺のことを認識している素振りを見せる。
それが自分の姿をしていることに違和感を覚えないわけではないが、難易度が下がったことに浮かれる。
「なあ、声は聞こえるか?」
「…………」
声は駄目か。
「……今、何か言った?」
「聞こえてる!? だ、だったら、聞いてほしい」
「……わからない。だけど、話を聞いて」
否定の言葉だったが、相手の話を聞くことで何か解決策は見えてくるかもしれない。
「たぶん、あなたの先輩の言葉を」
「……俺の先輩?」
「……先輩は違う。たぶん、兄弟」
兄弟? だ、駄目だ。どんどん内容が理解できなくなっていきそうな気配を感じる。
「あそこの教主と一緒にすごい昔、神に会った」
語られるのはたどたどしい神話。
二つの魔法が主を失い、そして神に怒りを向けるに至った経緯。
「それは辛かったな」
話を聞けば、神を恨む気持ちもわからんでもない。
神が魔法の使用を禁止したせいで、こいつは生まれたのに一度も使われることがなく主を失ったのだ。その絶望や悲しみがわかるかと聞かれたらわかるなんて言えるわけがない。
というより、時間が長すぎて話が重い……!
「……ところで、これっていつまで続ければいいかな?」
ん?
「たぶん、あっちは勘違いしてるんだけど……」
んん?
「だって、破壊魔法を伝え聞いたわけじゃないよね? だから、封印しておいてって怒るのは違う」
そう言われれば……?
「だけど、なんとなくわかってた。だけど、わかってないと思う」
それは自分はわかったが、教主はわかってないってことか!?
「で、言われたから約束通り使ったんだけど……まだ止めちゃ駄目かな?」
「おおおおおおい!! その教主を止めろおおおおおお!!」
俺は自分の声色で聞かされた衝撃天然発言を何よりも恐ろしい爆弾だと絶叫した。
「向こうは話が終わったみたいですね」
「……なんのことかしら?」
「茶番劇の閉幕ですよ」
「……茶番?」
……あら、いやだ。テーブルが揺れ始め……揺れてるのは私ね。
やれやれ師匠が怒ると本当に怖いわ。世間では血も涙もない人間だと思われている聖女が聞いて呆れるわ。
「師匠、嘘を吐いてすいませんでした」
各国のお客人が逃げ帰った後でよかったわ。
私が頭を下げるなんて場面を見られずに済んだんですもの。
「……嘘?」
「ええ、私はダンジョンを破壊した力を賜ったと言いましたが、実は嘘なのです。本当はそんな力持っていません」
「では、あの力は一体?」
「簡単な話です。私以外の者が持っていたのです」
「あなた以外? バカなことを。あの場には私達以外誰もいなかったではありませんか」
「いたんですよ。もう一人。姿の見えない幽霊のような存在が」
「……そんな」
「そして、そんな存在にあなたも心当たりがあるはずです。だって、心当たりがなければあの者を連れているわけがないんですから」
神が探しても見つからなかったわけ。
神がその存在を認識していない者がいて、その者が隠していたのだとしたら……。
「私が嘘を吐いたせいで師匠のお心をかき乱してしまったこと。大変反省しております。ですが、神があなた達を裏切ったわけではないのです」
「……そうだったの。私の勘違いだったわけね。今、思い返してもあれは変な遺体だったわ。死んでいるはずなのに、私には生きているようにしか見えなかったのだから。凄いでしょ? バラバラなのによ?」
「それは師匠が生命の魔法だったからでしょうね。そして、だからこそあそこまで身体を復元できた」
「まあ、人として生かすためには魂が足りなかったから、その分をあの人に補ってもらうことになったけど」
「では、もうよろしいですね?」
「そうね。勘違いだったのなら、こんなことをしても無意味よね」
よかった。これでなんとか収まった。
そう安心した瞬間、何かに気付いたように訝しむ素振りを見せる。
「でも、それじゃあそのもう一人が使っていた力って?」
その表情は確信しているような、それでいて信じたくないものを見るようだった。
「私はあれを自爆魔法と呼んでいます。おそらく生命エネルギーを力に変える魔法ですね」
「自爆魔法……あの人の主を奪った魔法!? だったら、どうして生きてるの!?」
「……さあ?」
わかりませんと答えた。
そもそも、私もよく知らない魔法について答えられるわけがありません。
そうして、ようやく攻撃が止んだ神は地上の話を聞き、呆然としたまま昔のことを思い出し一言。
「……あぁ、あの時の」
神はちゃんと覚えていた。
わざわざ姿を見せた人間なんて今まで二人、いや、三人か。それなら忘れるなという方が無理かもしれない。数億以上もの人間の魂を見送ってきた神なので区別はつかないかもしれないが。それにしたって町ですれ違った人と友達の顔ぐらいは見分けられるだろう。
決して友達じゃないけど。
思い返せば、遥か昔。
破壊魔法の使い手は……興奮した状態でここへやってきた。
『おおっ! 神様、私はやりましたよ!!』
『ん? 何をだ?』
『いやあ、神様に魔法を封印されてからどうやって生きればいいかわからなくなりましたが、人間やればなんだってできるもんですね!!』
『お、おお』
もう興奮しすぎて何が何やら。神としては見送る人間の一人に顔見知りがいたから顔を出しただけなのに、延々と話をされたんじゃ堪らない。
『それじゃあな~』
だからこそ、さらっと魂を送り出した。
つまり、あの時の魂はまだ死んでおらず――。
「――っていうことみたいね」
「…………」
「…………」
教主を連れだって現れた聖女から告げられた言葉に言葉を失くし、もう一人は怒りで肩を震わせながら……。
「怒」
「どぅあああああああ!?」
その日、最後に放たれた黒い光は物凄い確率で神に命中し、黒い光が世界を照らした。
「……汚い花火だ」
これにて一章完。
夏の疲れが出て体調を崩したのとストックがなくなったので、来週はお休みさせてください。




