8.後天的超能力―5
蜜柑はまだまだ素人だ。視線が動いているのが典明達からハッキリと見えている。が、典明はそこには触れず、続けた。
「さて、本題の答えを訊こう。大人しくついてくるか、無理矢理連れていかれるか。昔の誼として後者はしたくない」
典明の真っ直ぐ過ぎる問いに説明をするように、香宮が続ける。
「一応言っておきますけど、無理矢理連れていく事は簡単。超能力者が身近にいるんだからわかりますよね。それに、今はこちらのほうが数がいます。二人が超能力者だとしても、勝ち目はないですよ」
悩んだ。ひたすら悩んだ。
この場合、どう判断すればよいか分からなかった。連携者である蜜柑や、まだ初心者である鈴菜芽紅がこの状況で判断仕切る事が出来ない。だが、しなければならない状況である。
鈴菜芽紅はとりあえず無制限透視を発動させた。見える範囲には怪しい人物はいない。近くでストレッチをしていたおじさんがいる程度だ。このおじさんがいる限りは、目立った超能力を使ってくる事はない。そうとだけ判断できた。だが、それ以上は何もない。
そして蜜柑は無能力者だ。見て聞いて判断する以外の事は出来ない。
そんな蜜柑が思う現在の状況は――最悪。
(どうしようもない……じゃないの! 何で私が……っ!)
と、思った所で、思う。何故、私がジェネシスに、と。
「なんで私を連れていきたいのよ。理由によってはついてゆく」
そう蜜柑は吐いた。無意識の内に時間を稼いでいた。が、自覚はない。それは典明も分かっているようで、時間稼ぎだとは気付きながらも、
「お前には才能がある可能性があるんだよ。蜜柑。お前の母親、近藤林檎の様にな」
「それって、やっぱり人工超能力……?」
典明は首肯する。
「そうだ。ハッキリ言う。俺も与えられてる情報が少ないから全部が本当かはわからないけどよ。お前の血筋、つまり近藤一族は、人工超能力の適応力が高い可能性がある」
これもまた、昔の誼、のつもりなのだろう。普通ベラベラと吐き出して良い情報ではない。が、香宮も特に反応はしていなかった。林檎もだ。典明に全てを一任しているようである。当然香宮はその腹の中で、さっさと連れていけば良いこんな女なんて、と思ってはいるのだが。
「私に……人工超能力の可能性……?」
蜜柑はイマイチ理解が出来ていなかった。人工超能力までは理解できる。だが、その先、人工超能力の『適応力』が蜜柑にも、鈴菜芽紅にもわからなかった。当然だ。それは、人工超能力を開発する側の人間の視点の話なのだから。
「ともかく、どうします?」
香宮がせかす。
「蜜柑ちゃん……」
鈴菜芽紅が心配そうに蜜柑を見る。何もできない自分にもどかしさを覚えていた。どうにかしたい、と思っていた。超能力者である自分がどうにかして、この状況から蜜柑を救い出したいと思った。
だが、どうしようもない。だから、出来る事だけをする。
再度、無制限透視を発動。だが、やはり、何もない。それどころか、気付けばストレッチをしていたおじさんがいなくなっていた。
と、思っていたのだが。
「なんだい。喧嘩かい?」
気付けなかった。その場にいた全員が気付けなかった。
気付けば、典明の背後にそのおじさんがいて、四人の輪を覗き込む様に顔を出していた。
「うおっ!?」
典明も思わず驚いて身を引いた。そして立ち上がり、咳払いをしてわざとらしく疎ましげな様子で返す。
「なんでもないですよー」
外面。蜜柑から見れば、その外面ですら今までのそれとは違う不自然なモノにしか見えなかった。
「遊んでるだけですよ」
香宮も続いて外面の笑みを見せた。その外面は不自然ではなかった。
「そうかい。まぁ、保護者もいるようだし」
そう言っておじさんは林檎を見て、
「ジェネシスにしては、おかしな構成員だね」
確かに、そう言った。
全員に旋律が走った。一瞬、動きを止めてしまった。まさか、そんなはずは、と思う余裕すら吹き飛んだ。
今、この明らかに無関係にしか見えなかったおじさんの口からは、ジェネシスという言葉が出てきた。状況からして、明らかにそれが製薬会社としてのジェネシスをさしていないのは分かる。分かってしまう。だが、その理解までの間にも、時間は経過している。
ガツン、と豪快な音が蜜柑達の目の前で炸裂した。
おじさんは、皆がフリーズしている間に典明と香宮の頭をつかみ、思いっきり互いを打ち付けた。実際にそうなっているわけではないが、火花が散ったかと思う程だった。
「がっ」
「うんっ」
二人から短い悲鳴が聞こえた。すぐ傍にいた林檎もその光景には思わず驚いた。短い悲鳴を漏らしたくらいだ。頭の中ではまだ、そのおじさんが一般人だという認識が張り付いていた。
おじさんは容赦なかった。思わず助けてもらっている側の蜜柑がもうやめてあげて、と言いたくなる程だった。
おじさんは不意を突いたその一撃に続けて、二撃。三度、典明の左側頭部と香宮の右側頭部が衝突した。三度目には血が散っていた。
そのまま、おじさんは香宮を突き飛ばすように押し飛ばしてベンチから突き落とし、その場で身を翻して目を疑うような回し蹴りを放ち、恭介の血が噴き出している側頭部を思いっきり蹴り、飛ばした。典明の体は林檎の目の前を通り過ぎ、三メートルは吹き飛んだ。
そのままおじさんは蜜柑達を無視して振り返り、目の前でまだ固まったままだった林檎の顔面を鷲掴みにした。そして、おじさんは一気に顔を迫らせ、そして、すごむ。
「NPC日本本部がすぐ隣にあるんだ。この町に他がいないと思ったか。お前達の顔は既に全国のNPCに手配済みだ。動くならせめて変装しろよバーカ。私みたいにな!」
おじさんの声色が変わった。林檎のコメカミを鷲掴みにする手に恐ろしい程の力が入っていた。
そこでやっと、林檎は目の前のおじさんがNPCの人間だと気付いた。そして、抵抗しようとした。だが、遅い。
おじさんの手刀が林檎の喉を穿つ。一瞬だった。抵抗の素振りさえ見る事はなかった。おじさんの手刀による一撃の次の瞬間には、近藤林檎はこの場に崩れ落ちていた。
その間、蜜柑も鈴菜芽紅も動けなかった。が、
「二人とも、人が転がってて、そこに人がいれば当然疑われる。早くこの場を去るよ」
そう言って、おじさんに手を引かれて蜜柑と鈴菜芽紅は立ち上がる。二人とも、まだまだ現状が理解できていなかったが、おじさんの言う事は理解出来た。おじさんを筆頭に、そのまま三人は公園のまた離れた場所まで一気に駆けた。
数分程三人は走り続け、川沿いに続く公園の一番端にまで来て、やっと足を止めた。どれ程走ったのか理解は出来なかったが、ともかく、三人が転がっている場所が見えない位置にまでは来た。
蜜柑と鈴菜芽紅はとにかく、荒れた呼吸を整えた。それにまず数分要した。その間、おじさんは辺りを見回し続け、警戒していた。
数分が過ぎて二人が落ち着いてからやっと、蜜柑が問うた。
「NPCの人ですか……?」
連携者である蜜柑はNPCの出入りが正式なメンバーに比べて少ない。全員の顔を知らない。初心者である鈴菜芽紅も全員を覚えているわけではない。二人とも、このおじさんに見覚えがなかった。
「って事はやっぱり『君達』もNPCか。だとは思ったよ」
おじさんがそう言ったその瞬間だった。
おじさんが、お姉さんに変わった。
一瞬だった。蜜柑も鈴菜芽紅もその光景には圧巻された。何が起きたのか、理解できなかった。が、それは彼女の口から説明された。
「私はNPC日本本部の隊長やってる四十万美緒だ」辺りを見回して人がいないのを確認し、「超能力は『変装』。偶然だけど私があの場にいてよかったね」
そう言って、四十万美緒は優しく二人に微笑んだ。
綺麗な人だった。少なくとも蜜柑と鈴菜芽紅は綺麗、という印象を持った。黒髪を後ろで纏めて、もともと小さい顔がさらに小さく見える。体も全体的に細く、シャープな印象だった。モデルのようだ、と蜜柑は思わず一瞬見とれた。
「あの、助かりました。ありがとうございます。私は連携者の近藤蜜柑です」
「私は、無制限透視って超能力の鈴菜芽紅です」
そう言って二人は頭を下げた。
変装。四十万の持つその自然超能力は、琴の千里眼や、鈴菜芽紅無制限透視とはまた違うタイプの非戦闘用超能力と言える存在である。




