8.後天的超能力―2
イザムは倉庫を出て、懐からタバコを取り出して火をつけた。長い事超能力を熟練させるための薬に使っていて、タバコに依存はしていなかったが、彼はタバコが好きだった。喉越しが堪らなかった。彼が吸うタバコのタールは異常に高かった。
「ふぅー」と副流煙を吐き出して、「さて、俺もそろそろ積極的に動かなきゃねぇ」
そう吐き出して、イザムはまた歩き出した。倉庫に戻る事はないだろうな、と思った。
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「やっぱり、おかしい。こんな刑事ドラマみたいに不可解な事があるもんなのね……」
夜中。警視庁四課のオフィスで霧島深月は自身のパソコンのモニターの明かりだけが輝く、それを見つめていた。画面に映し出されているのは過去の事件のデータ。
霧島深月は超能力の存在を知ってから、警察がそれに関係していると疑っている。
当然、上層部の人間に聞こうが相手にされるはずがない。そもそも、疑っているのだが、まだ霧島深月の持っている情報は少ない。まだ彼女は、NPCの存在、そして、ジェネシスの超能力の関係すら、把握していない。
ただ、超能力という存在がこの世の裏に潜んでいて、組織化しているという推測をしているに過ぎない。その程度。
だが、彼女にはそこにこだわる理由がある。それが、過去の件。
親が殺された件。妹には、『炎人間に殺された』と聞かされてきた。だが、それを信じる事が出来なかった。単なるパニックによる記憶違いだと自分では信じてきた。
だが、超能力の存在を知った事で、その記憶違いはそうではない、という可能性が出てきた。
そして、あの一件で、超能力者同士にも派閥がある事は推測出来ていた。霧島深月を襲った超能力者に、それに対抗して出現し、霧島深月を救った超能力者。あの二つを見ただけでわかる。正義と悪。どちらがとは断言できないが、その区分が存在すると推測できた。
だから霧島深月は、独自の調査を進め、自身の思う『正義』の超能力者と接触を取りたいと思っていた。
そうやって過去の事件の不可思議な部分を洗っている内に、ある事に気付く。
(一部の事件の解決が、おかしい)
警察のデータに残されていた情報には当然、超能力、超能力者の文字はない。が、どうしてなのか、どうして、どうやって、解決されたのかわからない事件が時折見つかる。
霧島深月は、それらに目を付けた。これらはもしかすると、正義の超能力者が片付けた問題ではないのか、と推測した。当然、それはただの推測だが、その推測が当たっている可能性は零とは言えない。
そうして霧島深月が最初に調べようと思ったのが、とあるヤクザ組織が組長宅で、一晩にして何者かに襲撃され、全滅させられた事件の事だった。
七月中旬。夏休み前を控えていた琴達は最後の夏休みに期待を抱いて――いなかった。超能力者連中はともかく、長く続いてしまっているジェネシス幹部格との戦争を終わらせたいと願っていた。せめて、恭介が帰ってくるまでに、片付けて置きたい問題だ、と思っていた。
「琴ちゃーん」
放課後、ゆったりとした声で桃が琴を呼び止めた。
「ん? どした?」
もうすぐ傷が完治する琴は、その傷を感じさせない程に体をひねって振り返り、桃の方を向いた。桃は小走りで走ってきて、琴の横に並んだ。
教室を出て、廊下を歩き、人気の少ない所まで行ってから、桃が問うた。
「NPC行く?」
「うん。行くよ。もう傷もよくなってきたしね」
それに、と琴はどこか遠い目をして続ける。
「私がいなかった間に、人がいなくなり過ぎた。幹部格の私が早く戻らないとね」
そう言って、琴は微笑んだ。まだ幹部格ではない、桃への配慮の笑みだった。が、桃はそれを察する。だが、探りはしないし、追及はしない。その配慮に文句はつけられない。
「うん。いなくなり過ぎたみたいだね」
桃は情報を知っている。把握している。誰が死んだか、全て知っている。海塚が次期幹部格として目をつけている人間だ。情報が渡らないはずがなかった。
二人は職員室へと向かいながら、会話を交わす。
「……、確か相手側の残りは八人だっけ?」
「うん。そう。半分は幹部格の人達がなんとかしたみたい」
「そうかぁ。早いような、遅いような……。対してこっち側は残り、非戦闘要員の私を含めた……、二人、かぁ……」
そうだ。NPC日本本部の幹部格の生き残りは、千里眼長谷琴と、液体窒素零落希華のみである。海塚を幹部格戦力として含めても、三人。対してジェネシス幹部格は残り八人。それどころか、零落希紀の存在もある。最悪の状況だと言えよう。
それに、入っている情報によると、零落希紀だか、ジェネシス幹部格だかと思われる連中が、NPC他支部の幹部格も次々と殺しているという事だ。彼らは、NPC総頭が日本の人間でなくなった今、ジェネシスの敵となるNPC日本を潰すつもりでいるのだろう。
それは、阻止せねばなるまい。
正直な所、NPC日本本部以外の支部の幹部格の実力は、ずば抜けている、とは言い難い。一部の人間は確かに、その力を誇れる程の状態になっているが、大多数は日本本部の幹部格に及ばない。
「うん。でも、なんとかなるよ。きっと」
励ましているつもりだった。桃にも琴に責任がのしかかっている事は分かっていた。だから、嘘偽りのない言葉で励ました。つもりだった。琴もそれは分かっていたが、妙な気分に陥るのは避けられなかった。
「そうだね。きっとなんとかなる。なんとか、するよ」
琴はまだ、笑んでいた。彼女にとって今の現状は大きな問題だった。いや、NPC日本本部に所属する人間全てにとっての、大きすぎる問題だった。
そんな不安を話している内に二人は職員室へと到着する。立て直された職員室は恐ろしく綺麗だった。が、特に変わったことはない。二人はそのままNPC日本本部の中へと降りて行く。
その後、受付のエレナに挨拶をして桃と琴はそこでエレナから海塚が呼んでいると聞いて、二人ともそのまま海塚のオフィスへと向かった。失礼します、と入って、二人は海塚とオフィスで対面した。
「よく来てくれた。それに、長谷琴。復帰おめでとう」
海塚は立ち上がり、デスクに手を置いてそう言った。
「どーもです。ところで今日は何用で?」
琴と桃が互いを見合わせて、どうしてこの二人で呼び出されたのか、と心中で思った後、二人とも海塚へと視線を戻して、琴が問うた。
「なぁに。大した事ではないさ。郁坂恭介が帰ってくるまでまだ二か月近くある。それまでに、二人の班を動かさないのももったいないからな。ジェネシス幹部格が動いている今は正直危険かもしれないが、二人で普通の任務に出向いてほしい」
そう言って海塚は、予め用意していた数枚の書類を二人に手渡した。それを見て、琴が眉を潜めた。
「……なんですか、これ? 任務……?」
「そうだ。任務だ」
海塚は言い切った。そして、桃が突如として思い出したように言う。
「あ、そうだ、この『霧島深月』って、『あの時』、私達が助けた婦警さんだ。きょうちゃんが名前言ってたよね」
言われて、琴も思い出した。
「あぁ、そうだ。婦警さんだ」
琴達に渡されていた書類には、二人の名前が載っていて、その二人と接触し、NPC日本支部まで連れてくる事、という主旨が書かれていた。その二人の名前とは、一つが霧島雅、そしてもう一つが、煤島礼二という名前だった。琴と桃は、煤島礼二の名前の方には心当たりがなかった。
「簡単に言えば、ここまでの護衛だ。道中、何があるかわからないからな」




