7.幹部格―11
霧島雅の表情が恐ろしく曇る。力の差が見えた。
NPC日本本部の幹部格も中々やるな、なんて思えなかった。単純に、この相手をどう対処するか、だった。
霧島雅の頭の中に、逃げるという選択肢が掠めた。既にNPC日本本部の幹部格には、数名のジェネシス幹部格が殺されている。相手の力が、勝っている場合があるという事実を把握している。認めたくはないが、もしかすると今回は、今回ばかりは、自分の非力さを認めなえればいけないのでは、と思ってしまった。
「そう、まだ何もわかってないでしょうけど」
そう言って、霧島雅はその場で周り蹴りを放った。同時、その蹴りの軌跡が一直線に垣根の方へと向かった。衝撃波の飛ぶ速度は音速を超えている。空気の壁を越えて空気がはじけ飛ぶその音が耳を劈く。
が、垣根にはそれが見えている。
垣根は『跳んだ』。真上に、真っ直ぐ浮き上がるように跳んだ。その跳躍力がまた、異常であった。垣根は軽く三メートルは浮かび上がった。これもまた超能力による跳躍なのか、それは見ただけの判断はできなかった。だがともかく、垣根は三メートルは跳んだ。そして、そのタイミングもまた絶妙だった。霧島雅から衝撃が飛ばされるまだ前。霧島の体が回った、その瞬間に既に、垣根は地を蹴っていた。
当然、音速で飛ぼうが、既に浮いている人間の足元をくぐるだけである。
垣根が再度地に落ちると、地が揺れたような気までした。それだけの迫力があった。
(衝撃波を見切っているというの……? それとも、動きか? 極炎……闘技場に来れば大物になれるって)
が、垣根が浮いている間、霧島雅もただ見ていただけではない。その間に接近していた。垣根が空中で移動まで出来るとは思えなかった。だから、
(着地の瞬間を狙う!)
垣根が地に降りたその瞬間、霧島雅の拳が、垣根に腹に突き刺さった。様に見えたのだが、垣根は着地と同時、地を蹴っていた。霧島雅の拳の横に、垣根は既に出ていた。その手を取り、垣根は身を翻して、そのまま、一本背負い。
抵抗は出来なかった。動きが完璧すぎた。懐に入った時点で、垣根の一本背負いが完全に決まっていた。
ぬかるんだ地面に、霧島雅が背中から落ちる。
「ッう」
そして、そのまま、垣根は腕をくみ取り、霧島雅をひっくり返し、うつ伏せにして、手を背中側で抑えて込んで、そして、終了。垣根がうつ伏せに抑え込まれた霧島雅の上に乗る。腕を捻ったままで、霧島雅は間接を外そうが、動けない状態になっている。
「さぁて、終いだ。がはははは」
「くっ……、女の子に泥食わせるなんて最低ね」
この時、霧島雅は不思議に思っていた。何故、すぐに殺さないのか、と。
その答えは、すぐに分かった。
さぁて、と垣根が言ったかと思うと、垣根は彼女両手を組んで持ったまま、彼女を立たせた。そして、言う。
「お前らに人質って存在は通用するのかねぇ」
立ち上がって、霧島雅も気付いた。もう一人、いた。
「通用しないから。わかってるとは思うけど」
キーナ。
見た女だ、と垣根は思った。そしてすぐに思い出した。
「ジェネシス幹部格のバリアの女だったか?」
「そうだけど、貴方の目の前でバリアを張ってみせた事あったかしら?」
「誰が超能力を発動しているかぐらいは分かるつもりだ。がはははは」
まだ、余裕。垣根の手の中で霧島雅は視線を斜め下に落として苦渋を噛みしめていた。相対したばかりの頃はまだ、勝てる自信があったのにこの様だ。そうもなろう。
キーナは傘を差していた。傘を手放す気配がない。動きも見えない。そこから、垣根は戦闘する意欲がないのか、と睨む。表情には余裕が出ているが、その裏では警戒し続けている。
そもそも、霧島雅という人質が有効だとは思っていなかった。ちょっとした余興と、隙づくりのつもりだった。
だが、何か、様子が違う。
「どうでもいいけど、霧島雅、返してもらっていいかしら」
「おいおいおい。人質は効かないんじゃねぇのかよ?」
「人質は有効ではないわ。でも、その子にはまだ『可能性』があるから」
可能性? と垣根が眉を潜めた。キーナは答えない。
だが、有効であると分かった以上、それが、霧島雅のその価値が、どこまでのモノのなのか、と探りを入れる必要が出てきた。
「取引をしようか。な?」
取引、という言葉でキーナの表情が曇る。だが、首肯。
「聞こうか」
つまり、出来れば取り返したいという事。
「こいつの可能性とやらの正体」
気になるのは、これだった。可能性。霧島雅が、何の可能性を秘めているというのか。垣根が提示出来る最低限は、これだった。
そして、それは教えても問題がないのか、それとも、その情報を教えてまで霧島雅を取り戻したいのか、キーナは話始めた。
「単純な事よ。今、貴方の腕の中にいる霧島雅は、人工超能力に適合する強い力を持っているってこと」
「悪いが、俺は頭の回転が遅い。もう少し詳しく説明しろ」
「……、複合超能力って事。天然超能力者が複合超能力者になるには、郁坂恭介のような超能力を増やす超能力を持つしかない。それか、人工超能力を追加するか。人工超能力は追加できるのよ。人間が耐えられればね。それにどれだけ耐えられるかは、その人間と、何を入れるか、によるの」
「あぁ、なるほど。霧島雅……は、人工超能力を多く許容できる、と」
「あくまで可能性だけどね」
キーナは、知らない。零落希樹の存在を。
霧島雅を丁重に扱うように指示が飛んでいるのは、当然神威業火から、ではなく。セツナからだった。セツナが全員に指示を出していた。霧島雅を幹部格へと入れたのも、実質はセツナが動いたためであり、セツナの意向で霧島雅は幹部格に慣れたのも同然だった。
それは、セツナが『気付いている』という事である。
「なるほどなぁ、霧島雅に多くの人工超能力を突っ込んで、最強の戦士にするわけだ」
と、言って、垣根は霧島雅を離した。
まさかこうも簡単に解放されるとは思っていなかったのだろう。霧島雅はその場で振り返って数秒間止まり、垣根の様子を伺った後、キーナの隣まで戻っていった。
キーナも驚いてはいたが、表情には出さなかった。
垣根が言う。
「この場は見逃してやる。情報をもらったからな。だからとっとと去れ。この場に残るってなら仕切り直しで二人とも殺す」
その言葉を最後に互いとも発言はしなかった。霧島雅が納得のいかない表情をしていたのが印象に残っていた。
霧島雅とキーナはそのまま素直に踵を返し、山を下っていった。その頃になると、霧島雅が出てきた穴の中で燃え盛っていた炎は消えていた。
その後、垣根は回収班へと連絡を入れて、そのまま自身もゆっくりとした足取りで山を下って行った。
山の近くのコインパーキングに止めていた車に戻った垣根。その超能力故なのか、垣根の服は既に乾いていて、気持ち悪い思いをする事もなく車に乗り込めた。
ところで、電話が鳴り響いた。
「垣根だ。なんだ?」
『私だ。そっちはどうだった?』
電話の向こうの声は、海塚のモノだった。
「二人、出現はしたが逃がした。その代わりにちょっとした情報を得た。そっちは?」
そして、雰囲気が変わる事に垣根は気付く。
『光郷が一人撃退。だが、……桜木、仁藤がやられた。仁藤は一人、倒したようだが』
「二人も殺されたのか!?」
思わず垣根の声も大きくなった。背もたれに預けていた背中も浮かせた。
まさか、幹部格がやられるとは、という恐れ。今回相手をした霧島雅は確実に、垣根よりも格下だった。あの程度の実力の人間相手に、NPC日本本部の幹部格は間違いなく負けない。垣根はそう認識していた。
だが、負けた。つまり、それ以上の人間がいるという事。
(思った以上に厄介だ。ジェネシス幹部格。相手は残り一○人か。やるかやられるか。負ける気はねぇが。どうなるかね……)
『そうだ。桜木をやったのは、雷の力を持った超能力者の様だ。桜木が雷神と知って、ぶつかってきたのかもしれない。お前も気を付けろ』
「了解。帰ってから詳細を聞かせてくれよ」
極炎にも、ぶつかってくる極炎が存在する。が、それは、幹部格が全員そろっていた頃の話だ。ジェネシス幹部格の極炎、
――「ダメだ。これ、人口超能力だ。能力の種類は……、炎系だな」
エンゴは既にによって超能力を強奪された上、殺されている。
杞憂だった。だが、それでも、警戒を怠る理由はなかった。
そして、そこから推測できる事もある。
(ジェネシス幹部格には個人を狙ってくる連中もいるって事か。それも、おそらくこっちの超能力を把握した上で)




