7.幹部格―10
既に現場に影はない。敵は光の速度で移動する超能力者、閃光だ。一秒にして地球を七周半もする速度で、その場からいなくなってしまう。気付けるはずがない。
だが、光郷もまた閃光である。
いくら超能力が科学とは結びつかないと言えど、影響を及ぼす事がある。
光の速度で、人間大の存在が動くのだ。そこには、恐ろしい衝撃が発生する。
似たような感覚を、光郷は当然、知っていた。
空を見る。先を見る。すると、光郷には見えてくる。
(気のせい、ではないな。移動の跡が、重なっている)
光郷だけに見分けがつく、光の軌跡の跡。
それに気付いたその瞬間、光郷はまさか、と思い、そして、気付く。
(閃光……、俺以外にもいるというのか)
光郷は見える跡を視線で追うが、先は遥か彼方地平線の先に消えていた。その内光の軌跡も消える。
追う事は、叶わなかった。
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当然、戦いは任務であり、任務は戦いである。その場合が多いが、ともかくそれでひとくくりしても問題ない程度には戦いが続いている。
だが、その戦闘は、銃器をどうこう、だのという人間vs人間の規模を超える事も多々ある。
そのため、戦闘の場には気を使わなければいけない場合も多い。
「いいよ。手慣らししてあげる。戦う気なかったけど」
それは、目撃証言から、だった。本当に偶然だった。蜜柑が見つけた。そして、連絡を入れた。
そして、出てきたのが、その場で唯一待機していた、垣根翔一、極炎である。
場所はとある山中だった。
垣根は山中で蜜柑と合流した。そして、その道中に隠されていたアジトにその女が入っていったと聞いて、蜜柑を帰した垣根は、辺りを確認して、そして、そのアジトを『潰した』。
そこからただ唯一出てきたその影は、地中で『燃え盛る』アジトの上に降り立って、斜面の上から垣根を見下ろし、そう嘲笑の笑みを表情に浮かべながら、言った。
蜜柑がすぐに敵だと気付いたその相手、霧島雅である。
霧島雅は足元、地中の中で一瞬にして、その細部までが火炎放射器でも突っ込まれてしまったかの様に燃えたアジトから、その超能力衝撃砲を放ち、上から飛び出すように出てきた。
霧島雅が出てきた穴からは、炎が噴き出していた。霧島雅の背後で、炎が雨の中、吹き荒れていた。
「極炎だね。NPC日本本部幹部格の」
霧島雅は腰に片手を置いて、余裕を見せる態度で言う。霧島雅も幹部格だ。その力に絶対的な自信を抱いているのだろう。
対する垣根は斜面上の霧島雅を見上げて、その表情には笑み。
「がはは。いいぞ。その上からの態度。そういうのを燃やし尽くしてやるのが俺の楽しみなんだ」
「言っておけば。私に炎が効くとは思えないけど」
「そう言い切れるか?」
垣根がそう吐き出した瞬間だった。
ごう、と風が吹き飛んだ。雨の中、炎が燃え盛った。そんな音と同時、垣根の視線の先、霧島雅が、炎に包みこまれた。その炎は、球体になっていて、霧島雅の足元以外を完全に封じ込めた。
熱による、酸素を奪う攻撃。
垣根は見る。睨む。普通の人間であれば、この時点で死が確定する程の攻撃である。相手に触れずとも、殺せる程の力。だが、相手は超能力者。
垣根は、この程度で死ねばそれまで、死ななくても、別の方法で殺す。そう睨んでいた。
が、次の瞬間だった。突然の衝撃音、と、同時、霧島雅の周りを完全に包み込んでいた炎の球体が、離散した。霧島雅を中心に放射状に放たれた衝撃が、炎を吹き飛ばしたのだ。吹き飛ばされた炎は粉々にされ、雨と風にかき消されて死んだ。
そこまでも、予想通り。
垣根も相手がジェネシス幹部格だという事は分かっている。
それと同時、垣根は一気に霧島雅との距離を詰めた。一蹴りで地を穿ち、そのたった一蹴りで、数メートル先にいた霧島雅との距離を零にまで詰めた。
だが、霧島雅もまた、攻撃の態勢を取っていた。
垣根の接近には反応できた。だが、その速さには追い付かなかった。カウンターの一撃でも食らわせるつもりだったのだろう。だが、霧島雅は対処で一杯一杯だった。
(この怪力バケモノめ! 一蹴りでここまで詰めてくるなんて……ッ!!》
霧島雅のすぐ目の前で、足元から、炎の壁が吹き上がってきた。
「ッ!!」
咄嗟のバックステップで霧島雅はそれをギリギリのところで避けたが、その炎の壁を突き破って、垣根の巨躯が再度、目の前に現れてきた。
そこからの、垣根の巨大な一撃。右の拳が霧島雅の顔を狙った。が、霧島雅はそれを態勢を低くする事で避け、そして、そこからの垣根の顎を狙ったアッパーを左の拳で突き挙げた。拳は顎に触れる寸前で止まる。そして、そこから放たれる衝撃砲による衝撃波。
ど、と空気が炸裂する音がした。霧島雅の拳からは、真上に、衝撃が放たれた。
完全な戦闘用の超能力だった。近接戦闘ながら、遠距離での攻撃を可能とする戦闘用超能力。これは、霧島雅が自身で選んだ、自身にとって最高に使いやすい人工超能力だった。
霧島雅は力を求めていた。零落希美を殺すためだけに力を求めていた。そして、彼女なりに考えていた。自分にとって、どんな超能力が合っているのか、と。
選択肢として、彼女に適合した人工超能力の中には、その威力が強力なモノもあった。例えば零落希華の様な、たった一つの超能力しか保持していないのに、ほぼ無敵状態の液体窒素のようなそんな、最強の超能力ともなりえるモノも存在した。
だが、霧島雅はそれを選んだ。
これが、この超能力が、自分にとって合っていると思ったが故、選択したのだ。
それが、彼女の超能力衝撃砲。闘技場で鍛えたその体術スキルと、しっくり来ると言える程には合った力である。
上から降り落ちる雨が、真上に押し返された。
「!?」
垣根はそれでも、余裕の笑みを見せたまま、上体だけを後方に引いて、衝撃波を避けた。垣根の顔のすぐ目の前を衝撃が通り過ぎた。それを『確認』して、直後、垣根の顔がずいと霧島雅の顔面に迫り、頭突き。
固い音がした。額と額が衝突するだけだった。だが、その体格差。見てわかる程の差が圧倒的だった。
垣根に頭突きされた霧島雅は表情を歪ませながらも態勢を保ち、そのままバックステップで下がった。と同時、地を蹴るその足から、衝撃砲を放った。
衝撃砲の威力で霧島雅はたった一度のバックステップで数メートルの距離を取った。その衝撃で穿たれた山の斜面の土が垣根に向かって吹き飛んだが、それらはすべて、垣根に触れる直前で燃え落ちた。
雨でも消えない炎。そして、その炎を自在に操る事が出来、そして、炎の熱による耐性も持っている。それが、極炎垣根。極炎と呼ばれる程に、その炎系の超能力というどこにでもありそうな超能力を、どこにでもはないといえる程に操る事が出来る超能力者だった。
垣根はすぐには距離を詰めなかった。
幹部格連中は戦闘を、殺し合いを、超能力者同士の戦闘を知っている。故に、油断はしない。だが、垣根の気は緩んでいた。垣根は余裕を持っていた。そして、こいつには勝てる、という自信を持っていた。それは、目の前に見えている圧倒的な力の差によるモノではなく、単純な、比率。
(こいつ……体の動き、反応速度が……!!)
霧島雅は苦渋を舐めていた。その体術には絶対的な自信を持っていた。が、今、目の前にしている垣根によって、それが打ち滅ぼされてしまいそうだった。
「お前さっき言ったよな。手慣らしするって。その台詞、俺の台詞だったようだ。がはははははは」
単純な、比率。それは、垣根のスキルを数値化したと考えて、霧島雅に劣る点がないという事。




