7.幹部格―5
そして、零落希美は流の超能力封印で一時的に暴走を止めてもらい、そのまま隔離された。それから六年が経過した。彼女は六年間、ただ隔離スペースで燃え続けている。それ以外に何もない。ただ、燃え続けている。
零落希美がまだ生きているという事は分かっている。彼女は呼びかければ反応を見せるからだ。それに、流が生きている間は、時折封印を使って通常の状態に戻してやったりもしていた。
零落希美は、そんな姉を救いたいと願っている。そのために、世界各国あちこち飛び回る任務を進んで出て、姉を救う事の出来る超能力者や方法を任務のついでに探し回っていた。
だが、ここ最近は、ジェネシス幹部格の動きが大きくなってきてしまったため、零落希華は基本的に近場にいる。ほとんどの場合はNPC日本本部に腰を落ち着かせていた。
ジェネシスとの戦いだって彼女にとって重要だ。だが、それと等しい程に、姉の事も重要だ。
彼女にとって『ただ唯一の家族』なのだから。
「難しいよね希華ちゃんの液体窒素でさえ、不死鳥を鎮火出来ないんだからねぇ」
零落希華は頷く。
「うん。それに今はあっちこっち飛べないからね。正直、琴ちゃんの彼氏の超能力に期待しないといけない状態」
そうだ。強奪が熟練度を上げれば、もしかすれば、触れずに、超能力を奪えるまでになってもらえれば、もしかすると。
「うん。そうだね。きょーちゃんがどこまで強奪の熟練度を上げれるかは正直分からないけど、流さんの血を引いてるきょーちゃんなら、もしかしたらね」
「うん。だから、琴ちゃんには申し訳ないけど、今回の異動。私にとっては少し都合がいいんだ。ごめんね」
そう言って零落希華は頭を下げた。だが、琴が気にさせるはずがない。
「気にしないでよ。淋しいのは確かだけど、きょーちゃんが成長して帰って来るっていうのは、確かに楽しみだからね」
そう言って、琴は笑んだ。
琴もまだ動けない。恭介の今の力では、幹部格と同等に戦えるか、といえば素直に頷けないのが事実だった。キリサキを追い詰めやしたが、それは能力が故である。偶然、キリサキに対処出来るだけ熟練させた超能力があった。それだけの事だ。
つまり、恭介が成長し、戦力として強化されるのは、NPC日本本部にとって、都合が良い。琴一人の寂しさと引換ならば、恭介の成長は実行されるべきである。
「三ヶ月って言ってたっけ」
「うん。メールにはそう書いてあった」
「ってことは帰って来るのは夏休み空けぐらいか……。楽しみだね。それまで、私達がどうにかしないといけない問題だらけだけど」
「そだね。問題は、山積みだね」
琴が窓の外を眺める。外には山が広がっていた。季節は夏前。後一ヶ月もすれば、また暑い日がやってくるだろう。
35
季節は梅雨というべきか。六月の中旬。桜木達はまだ、明成高校に通っていた。相川高校の修復が遅れているらしい。だが、もう終わるらしく、七月からは相川高校に戻れるそうだ。
放課後。桜木は帰路についていた。NPC日本本部に今日は行かなくて良い。ごく普通に地元へと戻り、帰路を歩いていた。
どすどすと地鳴りがなる。足音だ。腹が揺れている。肥えているからだ。
帰路の途中でふと、桜木は思った。
そうだ、飯を食いに行こう。
帰ってからでも良かったが、誰かと食事に行きたいと思った。
そう思ってから携帯電話を取り出して、連絡先を探る。
(恭介は――今、メイリアさんに連れられてロス支部か。典明は論外。……桃ちゃんは、NPCか。そもそも桃ちゃんと二人はないか。うーん。誰かいるかねぇ)
NPC日本本部の人間として、学業と兼業してこなしていた桜木は仲良くしている人間が仕方なしに少ない。性格も悪くなく、話せば友人も出来るのだが、放課後が空いていない事が多かったため、そうなっていたのだ。
携帯電話の電話帳を眺めていて、そして、見つける。
「おぅふ」
思わずそんな声が漏れた。
そして、すぐにコール。
「もしもし?」
『もしもし……? 桜木君?』
電話の向こうから聞こえてきたのは、女の声だった。まだ若い、というよりは、幼さが感じられる声である。
鈴菜芽紅。今、桜木と共に行動する事になった一六歳の女の子である。彼女は、金井兄妹の件で、恭介達が救い出した内の一人だ。彼女が幹部格である雷神桜木について行動する事になった理由は、一つ。その超能力にある。
「そうそう。俺俺。今暇?」
『暇ですよ。練習も終わりましたし』
「よし、じゃあ飯食いにいこう。親睦を深めよう」
『? まぁ、いいですけど。じゃあ今からいきますねー』
そして通話が終わった。
場所は、言わなかった。必要ないからだ。それが、鈴菜芽紅の超能力である。
『無制限透視』。
その詳細まではまだ、NPCの方でも把握出来ていないが、それは、琴の千里眼と並ぶ可能性のある超能力である。故に、琴に継ぐ非戦闘用超能力者として、雷神と共に行動させて経験を積ませ、琴と肩を並べさせるつもりなのだ。
というのはあくまでNPC側の事情であり、桜木は仲間が増えた、程度にしか考えていない。
十数分後、二人は地元のファミレスで合流した。鈴菜の超能力がなくとも、そもそもこの町での食事は、ここくらいしかない。結局、言わずとも合流は出来たのだ。
二人が店の前で合流して、店に入ると店員の顔色が変わった。その様子に鈴菜は眉を顰めたが、桜木は特に気にしない。
二人を案内し終えるまで、店員の顔は深緑色に染まっていた。
桜木には分かる。
(ふん。あの店員め。きっと中に戻ってシェフと食材は足りるか足りないかの話でもしているのだろう。舐めるな! 俺が全て食い尽くしてやる!)
ふふん、と桜木が四人がけの席の片側にソファに腰を下ろすと、ものすごい音がした。鈴菜はその向かい側に腰を下ろす。
「さぁ、鈴菜ちゃん好きなモン頼め。残しても全部俺が食ってやる」
「……? どうも? 頼もしいです」
桜木のボケなのか、真剣な言葉なのか分からない言葉に頷いて、鈴菜は適当なメニューを選んで決めた。店員を呼ぶと、顔が紫色に染まった店員が出てきて、注文を聴いて戻って行った。
「それにしても、何故急に御飯なんですか?」
「腹減ってたからなぁ。誰かと食いに行こうと思って携帯見てたら、鈴菜ちゃんの名前があったからさ」
「これから一緒に行動するんですしね。親睦を深めて置いてもおかしくはないですよね」
「その通り。決して俺は変な眼で見てないから安心してくれ。こんなデブが言うのもなんだがな」
「はぁ……」
暫く話していると、黄色い顔をした店員が定食を二つ持ってきた。
それからは言う程ではない。桜木が定食のおかわりを幾度となくして行くウチに、店員の顔の色がどんどん濃くなっていったくらいの事だった。
桜木の脇に積み上げられた定食を載せていたトレーの数が酷い事になっていた。もう少し食べれば天井に届きそうだった。店員も下げれば良いのだが、危険人物を見る様に桜木に近づかないため、これまでになってしまっていた。
そんな山を見て、鈴菜は眼を細める。
「少し……、少しだけ、食べ過ぎじゃないですか?」
億劫になりながら鈴菜が一応、訊いた。
言われてトレーを見上げて、笑いながら応えた。
「ん? そうだな。おじさんいつもより少し頑張っちゃったよ!」
頑張るなよ! とタイミング良く厨房の方から悲鳴が聞こえてきたが、気のせいだろう。
会計は全て桜木が済ませた。財布の中から出てくる札束を見て鈴菜は思わず驚愕したが、食事以外にあまり金を使わない桜木は、幹部格としてそれなりの金をもらっているため、このくらいの支払いは容易いのだ。
二人はファミリーレストランを出て暫くも、一緒に帰路を歩いた。鈴菜は隣り町に住んでいるため、二人はバス停へと向う。




