7.幹部格―4
ぐお、と腹を抑えて呻く恭介。桃も思わず身を引いた。恭介の目の前で銀髪の少女がニヤニヤと笑っている。
恭介が腹部を抑えながら、
「ぐっ……一体何がしたいんだ……」
そう呟くと、メイリアは笑いながら言った。
「挨拶だよ。恭介君」
「ちょっと待って。貴方何者なの?」
桃が割って入る。当然だ、彼女はまだ彼女の正体を知らないのだから。
そんな桃を笑って、メイリアは応える。
「私はメイリア・アーキ。名前くらいは知ってるでしょう?」
その言葉の途端、場が静まり帰った。全員、その名前には聞き覚えがある。当然だ。その名前が意味するのは、NPC総頭の名前なのだから。
「マジかよ……あの人がメイリアさんだってのか!?」
「なんでメイリアさんが日本に来てるんだ?」
ざわざわと喧騒が生み出される。
そんな喧騒を消したのは後からやってきた海塚だった。メイリアがうろちょろとするからか、滅入った様に表情を曇らせていた。
「その人がメイリアなのは本当だ。郁坂、挨拶しておけ」
言われて、恭介は一応の挨拶をした。こんなに小さな女子が、本当にNPCの総頭なのか、とまだ疑ってはいた。
が、海塚が言うならばそうなのだろう。彼が嘘を付く理由はないし、もともと彼は冗談を言う様な人間でもない。
メイリアと恭介は互いに挨拶を済ませる。
そして、
「あの、なんでメイリアさんが、ここに……?」
本題。
「私はね。郁坂恭介君。強奪。貴方を鍛えに来たんだよ?」
「鍛えに?」
首を傾げたのは桃だった。
「そう。鍛えにね」
言ったメイリアは部屋中を見回した後、
「アメリカにおいで、ロス支部は少なくともここより広いよん」
数分前。海塚は最初、恭介のロサンゼルス支部の一時的な移動。転勤には首を縦にふれなかった。彼はまだまだ弱い。だが、今まさに成長途中で伸びしろがあり、強奪は大きすぎる程の戦力だ。このジェネシス幹部格との戦いの中、一時的とはいえど、手放すには惜しい存在だ。
だが、メイリアはアメリカに来た方が恭介のためになる、と言った。
「日本と違って向こうには人口超能力なんて『まだ』存在しないからね。強奪を伸ばすには最適なの。それに、恭介君を持って帰るつもりで私達は既に、超能力者を悪用していた連中を生きたまま捕まえてある」
そのメイリアの言葉に、海塚は返事を返せなかった。
そうだ、ここ最近、NPCの任務内で天然超能力はほとんど確認されていない。ジェネシス連中も恭介《強奪》という存在を知ったからか、前線――NPCに襲撃される可能性のある組織のアジト――には、人口超能力者ばかり置いているのだ。それに、熟練が必要となる天然超能力よりも、場合によっては、だが、熟練度が最初から高い人口超能力者を配置した方が、ジェネシスにとっても、襲撃前提で考えて都合が良いという事情もあるだろうが。
そのため、郁坂恭介の保持する超能力は神威龍介から奪った威力強化を最後に、増えていない。
それに関しては海塚も考えている最中だった。どうにかせなばならないな、と思っていた。強奪の弱点は、仲間から超能力を奪う意味を持たないところだ。
無言で機微に頷いた海塚を見て、メイリアはにっこりと笑む。
「分かったでしょ? それにこれはトップの私が決めた事だから。恭介君の強奪をメインで育てつつ、体術スキル。それに個別の超能力も慣らして返すから安心して待っててね」
期間は三ヶ月ね、と付け加えて、メイリアは足早に恭介がいるという休憩所へと向かった。
「……仕方ない、か」
手放すのは確かに痛いが、三ヶ月だけだ、と自分に言い聞かせて、海塚もメイリアの後を追った。
「えっと……俺が異動? って事です、か?」
恭介は状況がイマイチ飲み込めていない様で、自身を指差して首を傾げていた。当然、メイリアは頷いて応える。
「そゆこと。君のパーソナルな超能力『強奪』をメインに、体術から強奪して得た超能力まで、全部、育てるから」
「え、えぇ……と、ええええ!?」
状況が飲み込めているようで、ほとんど飲み込めていない恭介はとりあえず理解出来た、自分がアメリカに連れて行かれる、という事実に驚いた。
恭介の頭の中はごちゃまぜになっていた。琴になんて話すか、琴もいない班で自分まで抜けたら桃がどうなるのか、考えなくても問題ない問題まで頭の中をぐるぐると回っていた。
そんな恭介の考えなんて、構わない。
「さぁさぁ! もう決まった事だから、貴方もNPCメンバーだからね。異動異動! 学校とかビザとか全部こっちでやっとくからとにかく出発!」
そう明るく言いながらメイリアはまだおどおどしている恭介の腕を引っ張って、休憩室を出て行った。皆、唖然とするしかなかった。ただ唯一、海塚だけは頭を抱えて嘆息していた。
35
「え、何それ、ちょー寂しいんですけど」
入院先の病院で、見舞いにやってきた液体窒素零落希華に恭介が異動させられた事実を聞かされて、琴ははぁと大きな溜息を吐き出した。手の届くところに置いて置いた携帯電話を取ると、丁度そのタイミングでメールの着信と振動がなった。確認してみるとそれは恭介からのメールで、内容は異動についての弁解だった。
仕方ない、という事は分かっていても、三ヶ月も離れ離れになるというショックは大きかった。隠そうとはしていても、琴の表情が曇っているのは零落希華も察していた。
「っていうか、二人付き合ってるの?」
不意に零落が訊いた。言われて、言ってなかったっけ、と琴はすっとぼけた。
「ふぅん。やっぱりそういう関係だったんだ。なんとなく分かってはいたけどねぇ」
「あはははは。初めて恋した相手だからねぇ。今までずっと中学出てからずっとNPCにいて、恋愛なんてする機会がなかったし。少し驚くかもね」
「ううん。嬉しいことだと思う」
思う。零落希華にはそうとしか言えない。言えなかった。彼女はまだ、恭介と出会う前の琴と同じ状況なのだから、当然だ。感覚が分かっていない。恋だの何だのは、創作物でしか見た事がないのだ。
今は忙しいだの、今は恋してる場合じゃないだろ、とは零落希華は言わない。いや、NPC日本本部の人間は間違いなく、琴の恋愛だのに文句をつけないだろう。そういう関係が築き上げられている。
ベッドでゆったりしているその横で椅子に腰を下ろしている零落希華は、背伸びをしながら、気の抜けた声で言う。
「うーっ。私にもいい人出てこないかな」
「いつかきっと、出てくるよ」
伸びを戻して、
「まぁでも、その前に、」
琴が頷く。
「そうだね。『お姉さん』、救い出さないとね」
「うん。私の超能力じゃ、どうにもできないけどね」
零落希華の姉、零落希美。通称不死鳥。NPC日本本部の更に下の階層に隔離されているその存在。『実現化』と称される女と、『超重力』と称される男と共に、隔離された超能力を暴走させてしまった超能力者の一人である。その存在は、幹部格と、一部の人間しか把握していない。
零落一家は郁坂家同様、超能力一家だった。それも、強力な。
郁坂家が超能力に関与するタイプの超能力を持つ血筋であれば、零落家は威力が圧倒的な戦闘向けの超能力を持つ血筋である。
零落三姉妹は、全員、恐ろしい程に血を受け継いでいた。長女、零落希美は炎の超能力、零落希華は氷の超能力、そして零落希紀は鉄の超能力を持っていた。それも、それぞれが熟練度が低くても、他の同系統の超能力者のそれよりも、恐ろしい威力を秘めた状態で、持っていた。
その中でも熟練度が上がった状態が、零落希華の、それだ。敵意を持っての攻撃は、全て凍らせられてしまう。自動的な超能力の発動。零落希美も最初はその程度だった。だが、爆発した。
任務の途中で、炎上したまま、人間に戻れなくなった。




