7.幹部格
7.幹部格
海塚はジェネシス幹部格の相手を、NPC日本本部の幹部格にさせるか、自身が相手をすると決めていた。だが、物事はそう上手くはいなかない。何せNPC日本本部には強奪の郁坂恭介がいる。そして、相手には、零落希紀の存在がある。狙われる者と、邪魔する者。そう上手くいくはずがなかった。
「っおぉおおおおおおおおおお!!」
人工超能力の商品化が迫っていた。商標登録と政府への特別な認可の動きがあってから発覚した事だった。海塚はすぐに手を回したが、人間を進化させるとも言えるその発明に、隠れた存在であるNPCが動きで追いつけるわけがなかった。
新宿の某高級ビルの窓から、身を投げ出されたのは男だった。男の足元には無数の人間がひしめいている。当然だ。午後五時頃で、辺りは帰宅するために駅へと向う人間が大勢いるからだ。
だが、男はそんな事は気にせず、その場で方向転換。そして、自身が飛び出して来た窓の中へと一直線に飛んで戻った。
割れた窓の隙間から男が飛び込んできた。そして、そこに構えていた郁坂恭介は、拳を構える。そして、男が突っ込んでくるタイミングに合わせて、拳を振るう。雷撃。そして、威力強化。恭介に突っ込む直前のタイミングで、恭介の拳が男の頬を捉えた。そして、男の進行方向は真下へと急激に変化し、そして、叩きつけられる。
衝撃音。床に亀裂が走る。叩きつけられた男は床を穿ち、そして一度恐ろしい程にバウンドして、亀裂の中央に落ちて落ち着いた。
そして、静寂。打ち破るは琴だった。
「死んだね、こりゃ」
琴が恭介の足元に転がる顔面がひしゃげて人間の形を保っていない男を見て、呆れた様に言った。桃も隣りに並んでその男を見下ろすが、嫌な表情しか出来なかった。
「まぁ、まだ息くらいはあるだろ。死ぬのは間違いないけどよ」
そう言って恭介は男の側でしゃがむ。血の臭が強く鼻をついた。が、洋介は表情一つ変えない。慣れたモノだった。九月の頭から任務に着任しているが、血も死体も見慣れた。
恭介が男の背中に触れ、そして、四秒と少し。
そして、恭介は嘆息する。
「まぁた人工超能力かよ。天然超能力の強奪、龍介の時以来出来てねぇぞ」
恭介が呆れた様に言う。
「仕方ないね。人工超能力の『テスター』が増えて、任務も激増した。それに人口超能力は完成段階に入ってるみたいだしねぇ」
桃が言う。桃は何処か遠くを見ている様だった。桃だって、人口超能力には危機を感じていた。いや、桃だけではない。全員が感じていた。
さて、帰るか。と恭介が入口に振り返った時だった。
背後から、気配。まるで何かが忍び寄ってくる様なそんな気配を感じて、恭介達は振り返り、先程男が飛び出して割った窓の外へと視線を向けた。そこには、人影。まるで、外に足場があって、そこに立っているかの様な、そんな存在が、そこから覗いていた。
「誰だ」
恭介が眉を顰めてその男に問う。見覚えのある人間だった。
「ジェネシスの幹部格だね」
覚えていた琴が睨む。
逆立てた銀髪に、鋭い眼光。青いフード付きのローブの様な服装の男が、そこにいた。窓の外。当然足場はないはずなのだが。
男は極自然な動きで、手も使わず、ふわりと浮かぶ様にして、部屋の中へと入ってきて、そして、一礼した。その一礼という単純動作さえ、恭介達の警戒を強める以外の何にもなれない。
一礼した男は、顔を上げ、その鋭い眼光で三人を睨みながら言った。
「俺はキリサキだ。お前等を殺しに来た」
「とんだ挨拶どうも」
琴が睨む。相手がジェネシス幹部格だという事は分かっていた。警戒はした。だが、携帯電話を取り出す暇もない。NPC日本本部に連絡を入れたかったが、それは出来なかった。三人で、対処しなければならないとすぐに気付いた。
キリサキが睨んだと同時だった。動きがあった。だが、その動きはキリサキ自身の動きではない。外から差し込む夕日によって部屋の中に浮かぶ、キリサキの足元から恭介達に向かって伸びいていた影に、動きがあったのだ。
一瞬、理解が追いつかなかった。
影とは平面だ。二次元である。だが、どうしてか、キリサキのその影は、目の前で立っている様に見えた。
「ッ!!」
否、事実、立っているのだ。影が、影の剣を両手に構えて、目の前に立っていた。その剣が振られると同時、恭介達は動き出せた。
恭介達が横に飛んだ。そこに、剣が二本、振り下ろされた。まるで、それは実態を持つ様に、影の剣は床を穿った。そのうちの一本が、そこに転がっていた先程恭介が倒した男の背中に突き刺さって鮮血を噴出させた。
恭介と桃が男から見て右に、琴が左に別れた。キリサキの影は剣を即座に振り上げて戻して、左右を見た。そして、琴を追った――と思ったのだが、琴を追いつつ、そして、恭介と桃にも迫った。
影が、三つに分裂した。
「ぐっ、」
そして、影の攻撃が恭介に迫り、それを桃がかばって氷の剣で受け止め、吹き飛ばされ、そして、恭介と桃も分断された。三人共、目の前の影による攻撃によって、キリサキ本体へと攻撃が出来ない状況にあった。
それに、キリサキは影のそれぞれの戦いを見るだけで、動こうとしない。これが、彼の戦い方なのだろう。
影物質化、それが、キリサキの人口超能力である。影に物体としての存在を与え、自由に変化させ、操る。そのため、自分は安全な位置で戦闘を見ておく、影を操っているだけでよい。それが、キリサキの戦い方だった。
影は恭介達を部屋の隅に追いやる様な動きで攻める。三体の影全てを、キリサキ一人で操っているのだ。相当な頭の回転速度を誇っているのだろう。
恭介が部屋の隅にまず、追いやられた。が、恭介は雷撃を宿した右手で影を払い、かき消しながら戦う。が、影は何度かき消そうと、すぐにその形を取り戻してしまっていた。
(面倒だな。この影の手から逃れて、キリサキとやらの本体を攻撃しなきゃならねぇ)
恭介は視界の隅で窓の側で壁に背中を預けたまま、視線だけを右往左往と動かしているキリサキを確認した。キリサキは腕を組んで気だるそうにこそしているモノの、視線がそれぞれの戦闘を確認していた。確実に、全ての戦闘を見ていた。
三つもの戦闘をまとめて確認するには、それぞれを部屋の端に追いやるというのは間違いの様に思えるが、キリサキにはそれでも思考が追いつけるだけの実力があった。故の、幹部格。眼の届くところにさえいれば、何体でも影を操ってやる、という自信があった。
それに、影は死なない。例え桃の氷に氷漬けにされても、恭介の雷撃に感電させられようとも、琴に絞め殺されそうとも、影は死なない。これが、キリサキの戦い方だった。
この中で一番面倒な事になっているのが、琴のはずだったが、琴は思いのほか上手くこなしていた。だが、影が突破出来ないのは同じ事である。
相手が影であろうが、それは物質としての存在を得ている。攻撃を避け、攻撃を当てれば一瞬でも消滅して怯む。そうやって琴は目の前の影と戦っていた。
そして、桃が一番に苦戦していた。体術は桃は、この三人の中では一番下になる。当然、それでも十二分な戦闘力にはなるのだが、それでも、桃はそのため、苦戦していた。影を氷漬けにもしてみた。だが、抜けられてしまいだ。透明な氷は結局影を通す、密閉しても無駄だった。そして、氷の剣を出現させてでの攻撃は、結局他の二人が行っている体術と変わらない。消滅、復活を繰り返す。
桃は焦らない事だけを必死に自分に言い聞かせていた。焦れば、突破どころか、逆にやられてしまう可能性があったからだ。
だが、突破口は開かねば、ならない。他の人間に頼るなんて考えはない。




