6.新体制―9
「い、一体何が何やら……」
現状を目の前にして困惑する恭介に琴が言う。
「昼間っからきょーちゃんの家で騒いでる馬鹿がいたからぶん殴ってやった」
「ぶん殴るって……。神威兄妹だぞこいつら……」
げんなりする恭介に琴は隣りでうずくまる菜奈の頭を鷲掴みにして、わしわしと揺らしながら、
「そんなの関係ないから。マナーの守れない人間には鉄拳制裁」
「さいすか」
落ち着いたところで、さて、と恭介が亜義斗と菜奈に言う。
「何しに来た。なんで俺の家知ってんだ。つーかお前等敵だろ。なんで襲撃じゃないんだ」
「し、質問が多いな……」
亜義斗もまた、げんなりしていた。亜義斗と菜奈は立ち上がり、頭を時折さすりながら、そして、隣りの琴を警戒しながら亜義斗がまず、言った。
「俺達は、NPCに入りたい」
「馬鹿かお前」
恭介は更にげんなりする事になった。表情が面倒そうに歪んでいる。眉端が釣り上がる。目の前に並ぶ彼等が、神威兄妹とは思えなくなってきた。
菜奈を一瞥してみると、まだ頭を抱えて涙目で恭介を見上げていた。琴に殴られたのがまだ痛むのだろう。
溜息の後に、恭介が言う。
「お前等、NPCの敵組織の役員だぞ。もっと設定を練ってから出直してこい」
蔑む様な目で恭介は二人を見下ろすが、二人はそれでも引こうとしない。ただ、話を聞いてくれ、と恭介を見上げていた。
再度、溜息の後の言葉。
「話だけは聴いてやる。何かしようとしたらすぐに超能力を奪うからな」
そう言って、恭介は琴含めた三人を家のリビングへと上げたのだった。琴は最初に超能力を奪っておけと言ったが、恭介はまだ良い、と言った。それは、心の隅でなんとなく、彼等が嘘をついていないと思っている現れだった。
リビングの食卓にて、四人が座る。当然、恭介の隣りに琴が腰を下ろして、向かい合う様に神威兄妹二人が腰を下ろした。椅子に腰を下ろした二人を見て、恭介は思う。こいつら大人しすぎるだろう、と。
再度の嘆息。後、恭介から会話が始まる。
「お前等の目の前にいる俺は、龍介の敵だ。そんな人間の下にきて、NPCに入りたいなんて、おかしな話だよな。一体どういう事が説明してくれるか?」
穏やかな口調である。恭介の警戒は琴のそれに比べて大分弱い。
応えるのは亜義斗だった。
「もしかしたら知っていると思うが、俺と菜奈は、龍介より格が下なんだ」
その言葉に何か思い当たる節があるが、思い出せないでいた恭介は首を傾げていた。が、琴は知っている。琴が応えた。
「噂程度の話だけど、NPCでも確かに、神威龍介が何故か神威業火にもてはやされているとは訊いた事があるわ」
琴のその言葉に亜義斗は頷いた。
「その通りなんだ。その理由は、」
言いかけたところで、
「お前等が天然超能力を持ってないから、だな」
恭介が口を挟んだ。恭介は腕を組んで、背もたれに背中を預けて、眉を顰めて気だるそうにしていた。
はぁ、と何度目か分からない溜息の後に、驚いた様子の三人に恭介は説明する。
「俺さ、お前等も知ってると思うけど、強奪なんて特殊な超能力持ってるからさ、使ってる内に、なんとなく相手が超能力を持っているか、それが天然か人工か、分かる様になってきてんだよ。熟練してきたってところか。龍介を見た時は、天然超能力を感じた。それに、あいつからは確かに超能力を奪ってるからな。間違いない。だが、お前達には天然のそれは感じ取れない。まぁ、ただの推測でしかないがな」
言い終えた恭介に、亜義斗は驚いた表情を正してから、返す。
「その通りだ。俺と菜奈は、天然超能力を持ってなかった。だが、ただ唯一、龍介が『威力強化』を持って生まれてきた。生まれてきた時から超能力w持っていた。だから父上に優遇された。されてきた。俺達は家畜以下の扱いだったよ。本当」
その亜義斗の言葉に菜奈はうつむいた。過去を思い出してでもいるのだろうか。
「人工超能力が使える段階になってやっと、俺達に人権が生まれた。もう息子娘だなんて関係なかった。一応にも神威家の息子で、俺達は人工超能力を複数持つ許容力が多かった。だから上の方にいた。それだけなんだ」
亜義斗の説明に、恭介は頷いた。
「よし、わかった。事情はな。じゃあ、どうして、NPCに願えるのか、だ」
恭介が睨む。亜義斗は確認の頷き。
「……単純なことだ。俺達はいずれ、父上――神威業火に殺される。それがわかったから、わざわざ敵地に乗り込んできたんだ」
「殺される?」
琴が眉を顰める。
それには、菜奈がうつむいたまま応えた。
「私達は、もう、必要ない」
「何故だ?」
「幹部格が動き出したからだ」
「幹部格がお前等より強いってのか」
「違う。だが、父上はそう判断した」
はっきりした話が見えない。恭介が眉を顰めていると、亜義斗が生唾を飲み込み、意を決した様に一瞬の間を溜めてから、吐き出す。
「ジェネシスには、幹部格や、俺達じゃ比にならない力を持った存在がいる。『彼女』が、動き出したんだ」
「……なんだそれ」
恭介が更に疑う。亜義斗は説明を続ける。
「俺達にさえ、その力は秘匿にされている。存在は幹部格にすら伝えられていない。それほどの存在だ。分かってるのは、女というだけ。そいつが動き出した。それはつまり、龍介以下の存在は必要ないってことだ。幹部格はジェネシス用に動かしている。父上は幹部格の力は幹部格で買っている。女が動き出したんだ。その理由を探った。それで分かってきたのが、女は俺達を殺そうとしている、という事。ほとんど、推測混じりの事だが」
亜義斗の語尾が小さくなる。気弱、という印象が強く滲み出ていた。
そして、その時だった。突如としてなるインターフォンの音。琴が、恭介は話しているから、と立ち上がったが、
「ダメだ!」
亜義斗が、琴を止めた。
「何?」
「ダメだ」
亜義斗を見下ろす琴は亜義斗のその真剣な目を見る。嘘を付く様な目ではない、と本能は察した。だが、現状が現状なだけ、理解が及ばない。
琴が亜義斗の腕を振り払ったと同時だった。
恐ろしい程の衝撃音。そして、廊下に、ひしゃげた玄関扉が吹き飛んで転がってくるのがみえた。鉄屑と化した玄関扉は一瞬で二階へと続く階段をかすめ、奥の方へと消えていった。脱衣所辺りに突き刺さった事だろう。
「!!」
一瞬で警戒態勢。琴が千里眼を発動する。
「女が一人!」
女、という単語を聴いて、恭介達もすぐに席を立った。警戒。脳内でサイレンがなっているかの様だった。まだ相手を見ていないが、相手がやばい、という事はすぐに分かった。
「女って、まさか」
恭介が亜義斗を見ると、亜義斗が頷いた。そして、菜奈が恭介の視界の隅で目を見開いていた。
そしてすぐに判断。
「琴、下がってくれ」
恭介が琴の肩を引いて下がらせる。戦闘用超能力がない琴に、相手をするには重すぎる。見てすらいなかったが、間違いなく、そんな存在だと思えた。
緊張が張り詰める。
「亜義斗君に菜奈ちゃーん。いるんでしょー? 殺しにきたよー?」
なんとも率直な言葉。間抜けな言い方と言えばそうだが、恭介達に戦慄を走らせた。そもそも、玄関扉を吹き飛ばす様な人間が、危険でないはずがない。
恭介達が警戒し、構えていると、廊下から、一人の女の影が見えてきた。若い。琴とどことなく雰囲気の似ている人間だった。身長はすらっと高く、スマートという印象。だが、琴の様な派手さはなく、大人しめに見える。見えるが、この現状で浮かべている笑顔が、恐ろしく、恐ろしい。
「てめぇ、新築だぞ」
恭介が凄む。相手が異常な人間だと言うことは分かっていた。だが、
(気持ちで負ければ最後だ)
恭介は勢いを保つ。
「あ、ごめんね。請求はジェネシスにしてね。私から話しておくから」
そうあっけなく言って、女は一歩前に出た。亜義斗と菜奈が一歩引いた。
女は、亜義斗、菜奈と視線を移してから、そして、恭介を見て、わあざとらしい、演技めいた一礼。顔を上げて、
「私は『零落』希紀。よろしくねー」
その自己紹介に、違和感。幹部格はその存在すら知らず、亜義斗や菜奈も性別しかしらなかったその存在が、あっけなく、自己紹介をした。
そして、気になるその苗字。
「お、おい、今零落って……、」
聞き覚えのある苗字。当然、恭介の頭に浮かんでいたのは、零落希華の顔と、零落希美というその存在。
だが、零落希紀はにっこりと場違いな笑みで、その恭介の質問をなかったことにした。
「私の名前を聴いた人は沢山いるんだよ。実は。でも、知って、生きていた人間は一人もいないから。つ、ま、り。そういう事だから。覚悟してネ」




