6.新体制―8
だが、恭介はまず、と訊く。
「……、聞かせろ。零落希美は一体どういう状態にあるんだ?」
この台詞で、恭介が一歩でも進めようとしている、と霧島雅に思わせる事が出来た。が、まだ一歩。恭介も、賭ける覚悟は出来ている。
その台詞に、応えたのは霧島雅ではなく、キーナの方だった。琴が僅かに反応を見せたが、どうせ物理的にも、超能力的にも干渉が許されないバリアの中だ。どうあがいても、止める事は出来ないと諦めたのだろう。
「それについては私から説明する。NPC日本本部には、貴方達、」意味深に琴の方を一瞥して、「には知らない部屋がある。それが、超能力が暴走してしまった人間を隔離しておく部屋が」
「超能力が暴走……?」
これに関して、初耳である恭介は眉を顰めた。
キーナは頷く。
「天然超能力は慣れによって成長していくのは知ってるでしょう。その成長が行き過ぎた結果……、いや、もとよりそういう成長になるって決まってた、というべきか。超能力が自分の意図とは別に常時発動しちゃう状態で、それが、普通の生活ができなくなるほどの状態になったのを、暴走って示している」
そう言われて、少しだけ思い当たる節が恭介にもあった。
「零落希華……も、確かそうだとか」
その呟きには霧島雅が応えた。
「零落希華の方は、敵意を持って近づいた人間に対して自動的に能力を発動させるそれでしょう。普通の生活に支障が出るかと言えば、そうではない方に分類されるでしょう」
それに関しては素直には頷けなかった。
霧島雅は続ける。
「ただ、零落希美の方は比にならない程の状態にある。それこそ、生活しきれない程ね」
「それを訊きたい」
「燃え続けてるの」
「燃え続けてる?」
「そう」
恭介はイマイチ理解出来ていない。そんな恭介に分から焦るように、キーナが言った。
「零落希美は不死鳥。元獄炎の位置にいた。炎の超能力が、止まらなくなってる。それで、燃え続けてる。わかるかな?」
キーナの説明で、やっと、分かった気がした。
「……やけに詳しいんだな。お前ら」
恭介も、理解はしたまま詮索する。
「お前ら、やけにNPCについて知ってるなって言ってるんだ」
恭介が睨む。まさかの恭介の対応に霧島雅の眉が潜んだ。が、恭介は続ける。
「言っておくが、俺は敵がどうなろうが知ったこっちゃねぇからな」
言う。言い放つ。敵とは当然、典明と香宮の事であろう。それを察した霧島雅の表情が曇る。そもそも、霧島雅にとって、典明と香宮なんて、本当にどうでも良い存在で、殺す殺さない以前に関わりがない様な相手だ。それに、霧島雅も把握は出来ていないが、典明と香宮、あの二人は幹部格とは別の何か怪しい動きを見せている。勝手に殺せば、神威業火の処罰を受ける可能性を秘めていた。実際は、そうだった故の脅し、賭けだった。
賭けは失敗だった。だが、恭介の賭けは成功した。典明なんてどうでも言い、という発言。
言葉に詰まった。それを回避しようとしたのはキーナだった。
「じゃあ、殺すから。でも、君には協力してもらわないと困る」
キーナは、霧島雅の力、戦闘力を重要視している。幹部格にいてもらった方が良い、と考えているのだろう。そのためにはやはり、幹部格の力を使ってでも霧島雅の問題を片付け、霧島雅を幹部格に留めておくのがベストなのだろう。
「……帰ろう」
だが、キーナは言った。隣りの霧島雅は一瞬目を見開いて驚いたが、素直に踵を返してその場から去り始めた。続いて、キーナも踵を返した。
これは現実だ。上手く行かない事だってある。恭介はそう睨んだ。だが、まだ、何か考えているのでは、という警戒も怠らなかった。
32
ジェネシス幹部格は現在、霧島雅を含んだ一六人のメンバーで形勢されている。そして、その上に神威兄妹。神威業火が立つ。が、その中間に、一人隠されている事を、幹部格の連中は知らない。
NPCでいうところの、液体窒素。零落希華。彼女程の力を持った人間は――幹部格にはいない。相対出来るのは、そこにいる『彼女』だけだ。
そんな彼女の超能力こそが、神威業火が秘匿にし続ける、『ジェネシスにとって最重要』な超能力である。
その存在さえ知っていれば、霧島雅も、わざわざ恭介を脅しに行く必要がないのだが。神威業火は、霧島雅の事情を知っていても、その存在は絶対に秘匿にしていた。霧島雅よりも重要な存在だからである。
そんな彼女は今、珍しく、神威業火に呼ばれ、ジェネシス社長室のオフィスにいた。
広大な広さを誇るこの社長室に、神威業火とその女だけが、いる。周りのギラギラした棚等はこの場に必要なのかと思う程の薄い存在をしていた。
「亜義斗と菜奈が裏切った。止めに行ってこい」
神威業火は目の前に立ったその女に、ただそう言った。
「……殺してこいってことです?」
女は首を傾げた。止める、が殺す、という事になるらしい。その通りなのか、神威業火は首肯した。
「そうだ。もとよりアイツ等は『失敗作』だ。忠誠を誓えないならば、必要ない。殺せ」
「でも、貴方の息子娘では?」
「関係ない、殺せ」
「……わかりました」
恭介が自宅でぼけっとしているそんな日常。大介達は春休みでどこかへと出かけているし、今日は琴も来ていなかった。
そんな中で、恭介はリビングでテレビを見ていた。今日はNPCに行く気もないらしい。テレビでニュース番組を見ながら、自分で作った昼食を取っていた。こうやって久々に自分の手料理を食べると、琴の料理の上手さを思い知らされてしまった。
そんな中、インターフォンが鳴った。家には恭介しかいない。当然恭介が出ざるを得ない。
「誰だよ」
気だるそうにそんな事を呟きながら、恭介は昼食を進める手を止めて、玄関へと向かった。
はいはい今出ますよーと恭介が何の確認もせず、玄関の扉を開くと、そこには、大小の二つの見覚えのある影があった。髪の長い目つきの悪い男と、ツインテールにした小さな女の子。
一瞬で分かった。神威亜義斗と、神威菜奈。龍介を救出しにきた際に、対峙している。見覚えがあるのは当然だった。
玄関は閉めた。
「……!?」
恭介は焦っていた。パニックに陥りそうだった。
(なで神威兄妹が俺ん家に来てんだよ!?)
恭介は扉を無理矢理開けられない様に背中を玄関扉に預けた。その背中が揺れている。玄関扉が何度も何度も、激しく叩かれ続けている。そもそも、連中ならば超能力で玄関扉くらい引き飛ばせそうなモノだが、それでも、何度も叩かれていた。
「う、うるせぇええええ!! 何だお前等っ! なんだってんだ! 帰れよ!」
恭介が必死に叫ぶ。とてもじゃないが超能力者同士の、敵対する者どうしての対峙とは思えなかった。
「開けてくれ! 争いに来たんじゃない!」
扉の向こうから神威亜義斗の必死の叫びが聞こえてくる。
「うるせぇええええええええええ!! 俺はお前等と争う理由しか見つけられないぞ!」
「頼む! 話を聴いてく、……いってぇえええええええええええええええええ!!」
突如として、そんな悲鳴が聞こえた。同時、
「いったぁああああああああああああい!!」
菜奈のそんな声も聞こえて、扉をノックする音と振動が止まった。
「?」
恭介は不思議に思って扉から離れて、振り返って玄関扉を見た。確かに、叩かれていない。動きはなくなった。かと言って、開くのは抵抗があった。だから、数歩進んで扉の覗き穴に顔を近づけて、外を見てみると、そこに写っていたのは、琴のその姿だった。何かすごい怒りの表情を浮かべていた。
「琴?」
琴がいる、と分かって安心したのだろう。恭介が玄関扉を開けて外を見てみると、そこには、拳を掲げた琴と、その側に頭を抱えて膝を付く神威亜義斗と菜奈の姿があった。どうやら琴が頭を殴って黙らせたらしい。琴の表情にはうるさい、と書かれていた。
ここでやっと恭介も、超能力者同士の争いには思えないな、と思った。




