6.新体制―6
ふとした時にでも出てきてくれれば、なんて思い始めていた。三ヶ月音沙汰なしは、流石に辛かった。
そんな恭介を見て、琴はふと提案をする。
「あ、そうだ、きょーちゃん」
「なんだよ?」
缶コーヒーを啜っていた恭介は首を傾げる。
「デートしよう。デート。私今日もう抜けられるし!」
琴は明るい。恭介とは対照的に明るい。恭介も暗いわけではないが、決して明るいとは言えない状態だった。
「なんだよ。急に?」
「いやだってさ、きょーちゃん。私達付き合い初めてから恋人らしいこと全然してないじゃん?」
言われて、恭介は考える。琴と付き合ってから三ヶ月弱。思い返してみれば、大した事は何もしていなかった。それどころか、デートと呼べる様な事も全くしていなかった。恭介が闘技場に入り浸るタイミングと重なったため、タイミングが悪かったと言えばそうだが、言い訳はするつもりはなかった。
「そうだな。なんか放置してた。ごめん」
恭介は付き合っている、という事実を再確認して、素直に謝った。
「ううん。互いに忙しいしね、いいんだよ。ただ、気分転換も兼ねてどうかなーって」
琴は微笑む。その微笑みが、恭介の助けになっていた。
「そうだな」
そう言って恭介は姿勢をただして、
「どこ行こうか?」
訊いた。
訊いた琴は、うーん、と少し考える様な素振りを見せたが、
「あはは。どこもなにも、何処かへ行くってなったら、ここじゃ隣り街くらいしかないでしょ?」
そう言って笑った。
隣り街に恭介と琴は向かった。
特にやる事はなかったが、二人はアーケードをスルーして北の先にある大きな公園へと来ていた。ベンチに腰を降ろし、広場で遊ぶ人間達を眺めていた。
時間は夕暮れ前。この時期だからか、こんな時間でも薄暗くなってきていた。既に街頭の明かりは点火されていて、妙なムードが街に溢れていた。時間が時間なだけに帰りのサラリーマンも多かったが、公園内にはいなかった。
二人であったかい飲み物を手に、ぼけっとしていた。ただ一緒にいる。それだけで、十分だった。
「なんか悪いな。結局何もしてねぇし」
恭介は言う。
「あはは、そんな事ないよ。一緒に行動してるってだけで幸せよん」
笑いながら琴が言う。嘘は言っていない。事実だった。
そんな適当な会話をしているだけで、十分だった。十分だった、のだが。
正面、数十メートル先。公園の端から、歩いてくる二つの影に気付いた時、恭介と琴の会話は止まった。二人とも、その影を注視する。いや、琴はする必要すらない。千里眼ですぐに何者かと判断して、そして、
「典明君、香宮さん……!?」
琴が言いながらベンチから立ち上がり、恭介も立ち上がった。遠目に見ても、分かっていた。特に典明の影は、見慣れすぎたせいで、顔が識別できない距離でも、すぐに分かった。
恭介は眉を顰めた。なんで、今、こうやって顔を出しにきたのか、と勘ぐった。
二つの影――典明と香宮はあっと言う間に恭介達の目の前に到着した。
典明達は笑んでいた。不気味に。まるで、悪役のような笑みに、恭介達は眉を顰めるしかなかった。この表情を見て、分かった。二人共、ジェネシスの手に落ちたのだ、と。
「今更何の用だ。典明」
恭介の言葉から始まった。
典明は恭介のその問いには応えず、一人語るように話した。
「恭介に長谷さん。久しぶりだねぇ。いやいやいや、『全て』霧絵から訊いたぜぇ。NPCに、超能力に」
言い終えた典明は、なぁ? と香宮に視線をやると、香宮は不気味な程に落ち着いた笑みを見せたまま、頷いた。えぇ、と。
それに対して琴が言う。
「典明君。何か勘違いしてるよ」
「勘違いって何をだよ?」
典明はやたらと強気だった。目の前の琴が、NPCの幹部格であると分かっていてなお、といった様子である。
「お前がいつ立場は間違ってるって事だ」
恭介が宣告する。だが、典明は頷かない。
「それはどうかなぁ? ジェネシスの人工超能力の『商品化』、悪くねぇと思うがなぁ」
典明のその言葉に、恭介は反応した、が、言葉にはしなかった。
(やっぱり、商品化か……!!)
恭介の嫌な予感は、あたっていたわけだ。
牽制し合う状態が続く中で、典明が言う。
「恭介、宣誓しといてやるよ。人工超能力の商品化はもう『間もなく』だ。その間、俺は全力を持ってお前らの邪魔を阻止する。だから、邪魔をするな」
「言われて大人しくしてると思ってんのかよ」
恭介が典明を睨んだ。だが、典明は全く気にせず、高らかに笑ってみせた。
「はははははははっ! 言ってろ。絶対に、止まる事はないからな」
そう言った典明は、行くぞ、と言って香宮と共に踵を返してその場からさり始めた。恭介達は暫くその背中を見るが、追うに追えなかった。
久々にみた典明は、大分様子が変わっていた。それを把握するだけで、恭介達は一杯一杯だった。
「……香宮さんが、ジェネシスに典明君を引き込んだんだろうね」
そしてここでついに、琴が言った。
「香宮さんは私達が来るのとほぼ同じタイミングで転入して来たって話だし、恐らく、私達に接近してきたんだと思う」
「そうか」
琴の推測を訊いた恭介は、頭の中に残っていた香宮と異常なまでに話た記憶を辿って、マズイ事を言ったか、どうかを思い出して、特にマズイことは言ってないよな、と確認した。
だが、そうではない。恭介は、超能力の事は一切話してなくとも、身の周りの事を話過ぎた。恭介にとって一番大事なモノが何か、香宮は知っていた。
何か不安を引きずりながらだが恭介と琴は恭介の家へと戻ってきた。今日も琴が愛と一緒に晩御飯を作ってくれるという話になっていた。気分転換には良い。典明の事は考えなければならないが、これは個人的な問題でもあるが、NPCの問題でもある。明日、NPCにて話を進めなければならない。
琴と愛が料理を作っている間、恭介と大介は相変わらずテーブルに付いて、テレビを見ていた。時間が時間なため、自然とテレビにはバラエティ番組が映し出されていた。
暫くすると料理が完成して、食卓に料理が並ぶ。やはり、恭介が作るそれとは比較にならない程に、美味そうに見えた。
食事を勧めながら、ふと、大介が言う。
「つーかさ、恭介と琴さんって付き合ってんの?」
今更な質問。だが、言われてみて恭介も気付いた。そういや言ってなかったな、と。愛もその質問には目を輝かせて答えを待っていた。
「そーだよん」
琴が応える。
「マジで?」
「本当!?」
大介も愛も、恭介達からすれば今更なことに、目を見開いていた。大介は確認を求めるように恭介を見た。恭介は首肯した。
「マジか! おぉおおおおお……、琴さん。これからも恭介と俺達の飯をお願いします」
感動したような様子で、大介が頭を下げた。晩御飯、気に入ってもらえているようだ。続いて愛も頭を下げた。
「あはは、そんな気にしないでよ。料理くらいいくらでもするし」
そうは言うが、琴が照れているのがハッキリと分かった。
そのまま明るい雰囲気で晩餐は続いて、終わった。恭介と琴の関係はやはり、明るいニュースになったようだ。それに対して恭介は琴と付き合って良かった、と思った。
食事が終わって、恭介の自室に恭介と琴は上がった。二人はベッドの端に腰を降ろし、お腹いっぱいだね、なんて話していた。
「ところでさ、きょーちゃん」
琴が不意に言った。
「なんだ?」
恭介が隣りの琴を見る。相変わらず、美しい、柔らかい、見ていて安心するような笑みを浮かべていた。
そんな琴が、不意に、恭介の頬を挟むように両手を伸ばして、そして、
「きょーちゃん」




