6.新体制―5
「はいはーい」
海塚の指示を受け取った琴はその場を跡にした。付近で海塚から距離をとって待機していた連中もその場から去り始めた。
これで、ジェネシス幹部は残り一四名となった。このままこのように数を減らし、神威業火を追い詰める。海塚は自身がNPC日本本部の頭でいる内に、全てを片付けてやろうと思っていた。
海外にもNPCは存在する。だが、ジェネシスは表向きの商品を海外で販売することはあっても、――少なくとも今の所は――海外で超能力関係の行動を起こしていない。
つまり、海外にNPC総頭がいようが、日本で型をつけなければならないのだ。
それに、急がねば、
(人工超能力が『商品化』される前に、全てを片付けてやる)
人工超能力が、一般人に浸透してしまう可能性だってある。
28
一月一○日。今日から学校が再開される。少し短めに感じた冬休みを終えてもまだ、相川高校の復活には時間がかかっていて、恭介達は明成高校へと通うのだった。
変わった事は特になかった。ジェネシス幹部の襲撃はなく、ミコとミメイが海塚によって殺された事は皆が知っていた。恭介は未だに闘技場に入り浸る生活で、力をつけていた。
ただ変わった事と言えば、桜木が怪我の治療を終え、通学を再開したくらいなモノだ。
だが、いざ通学してしまえば、変わった事が見えてきた。
「えー、朝からなんだが、増田と香宮が学校をやめた」
朝、担任からまずされた報告が、それだった。当然、恭介達は目を見開いて驚いた。
そのままいつも通りの日々が放課後まで続くのだが、恭介達は納得出来ない部分が沢山あった。恋人同士の二人が、一緒に学校をやめた。普通ならば、子供でも作ってしまったか、と思うところかもしれないが、いや、実際、恭介達以外の彼等の関係を知っている人間はすそう噂していたが。恭介達はそうは思えきれなかった。
嫌な予感がしていた。
放課後、恭介と桃、琴、それに蜜柑の四人で典明の家へと向う事にした。事情を聴こうと思ったからだった。
が、結局。事情を訊く事は叶わなかった。インターフォンを押せば典明の母親が出てきたが、典明は出て行ったの一点張りで詳細を教えてもらう事が出来なかった。幼馴染として、典明の母親との面識を恭介と桃は持っている。だが、それでも、教えてもらう事は叶わなかった。そんな典明の母親の様子がどことなくおかしいのは見てわかったが、今の恭介達には何も出来なかった。
帰路。
「一体どうしたんだろうね? 典明君」
琴が言う。
「さぁな。でも、俺達に何も言わなかったんだ。嫌な予感しかしねぇな」
「そうだね。典明、ちょっとした問題だったら私達に言ってくれてもおかしくないよね。もしかすると、」
蜜柑が推測した所で、桃が先に言った。
「超能力……、関係してなければいいけど……」
「関係してたら最悪だな。香宮さんも、ってことになるだろうしな」
恭介が言った。そこだった。
不思議なのは、香宮も一緒に、という所だった。もし、この件に超能力が関係しているのならば、それはつまり、香宮もまた、超能力に関係する人間だ、ということである。
それに琴は知っている。香宮も、また不思議なタイミングで明成高校に転入してきた人間である、と。その事実から推測できるのが、ジェネシスから送られてきた刺客なのではないか、という事。
だが、そこまで推測していてもまだ、琴はそれを話せやしなかった。まだ、あくまでも推測の段階だ。調査をするべきではあるが、予想を吐き出す段階ではない、と思っていた。
「二人共、何事もなく目の前に現れてくれればいいんだけどねぇ」
琴が言う。それは、単純な願いだった。むしろ子供でも作ってしまっていてくれ、と思っていた。
29
神威龍介が、死んだ、とジェネシス中に広がったのは一月十日の事だった。
その日一日は、神威業火は自室にこもりっきりだったと言う。
そして、その龍介が、神威業火が一番大事にしていた龍介という存在が、死んだ。その事実が、神威業火の暴走を加速させた。
「私は『約束』を実現させよう! もう時間は取らせない。ありとあらゆる手段を持って、人工超能力の商品化を実現する!」
神威業火のその雄叫びが、自室に響いたのは、誰も気づいていなかった。
30
三月後半。もうすぐ春休みだった。春休みを目前にして、恭介の闘技場での訓練は幕を下ろした。不本意なタイミングではあったが、仕方がなかった。
恭介が次々と超能力者の挑戦者の超能力を強奪してしまうため、現場は崩壊しかけ、ついには恭介が出入り禁止とされてしまったのだから。
闘技場に入り浸っていた約三ヶ月間。恭介は超能力を増やす事は出来なかった。相手の全てが、人工超能力者だった。だが、得たモノもある。次から次へとエントリーし、強奪を繰り返した結果。強奪が、熟練されてきた。
強奪の発現のために必要だった五秒という時間が、四秒程に縮まったのだ。
これは、大分大きな収穫だ。
海塚もたった三ヶ月での恭介の進化には喜んでいた。
強奪が進化しただけではない。闘技場という戦いの場、それも殺し合いの場に身を置いて、恭介の度胸と戦闘能力、判断能力は大幅に成長していた。
もう少しだった。彼が、郁坂恭介が、幹部格として琴と肩を並べるまで。
恭介は今日、NPCに来ていた。闘技場で連日戦ってきた恭介は休みをもらっていたが、まだ、それどころではなかった。
三ヶ月間。典明が行方不明になってから三ヶ月、まだ彼は見つかっていなかったからだ。
NPC執行部のエリアへと移動した恭介は執行部の休憩所にいた連中に声をかけてみた。
「増田典明の件、どうなってますか?」
その恭介の問いに、そこにいた連中はすぐに首を横に振った。
「いや、まだ入ってきていないよ。動きがあればすぐにでも見つけられる態勢は整えてるけどね。こうやって見つからないってことはやっぱり、引っ越したなんて話じゃなくて、敢えて身を隠しているんだと思うよ」
執行部の男の話を訊いて、一礼して恭介は自分達のエリアの休憩所へと移動した。今日、恭介は休み扱いとなっている。練習をする必要もなければ仕事をする必要もない。
休憩所には人はいなかった。テーブルと椅子、自販機が並ぶエリアに恭介は一人で突っ伏していた。
恭介が今、考えていることは一つだ。典明と香宮は、どこに消えたのか。
正月休みの間、恭介は闘技場に入り浸っていて典明と合う事はなかった。連絡もとっていなかった。当然、学校が始まればまた会えると思っていたからだ。だが、そうはいかなかった。学校が休みになる前まで、香宮とも沢山話していたが、変な様子を感じ取りはしなかった。普通だ、と思っていた。
だから、どうして消えたのか、分かる人間はいなかった。
執行部の人間が言っていた通り、引越したりしただけならば、その痕跡を辿ってどこにいるか、すぐに分かる。仮にジェネシス側につく事になったとしても、行動していればすぐに分かる。だが、わからない。つまり、身を隠している、という事。
はぁ、と恭介がうなだれていると、
「あれ、きょーちゃんじゃん。来てたんだ。休みだったよね?」
と、休憩所に琴が入ってきた。琴はそのまま自販機まで行き、缶コーヒーを二つ買って、恭介の下へと戻ってきて、一つを恭介に手渡して、恭介と向かい合うようにして腰を下ろした。
「さんきゅ。いやー、典明が見つかってねぇかと思ってさ」
「うーん。まだ見つかってないんだねぇ」
恭介が典明を心配するのは当然だ。友人であり、幼馴染である。琴だって心配している。だが、まだ、見つからない。




