6.新体制―3
恭介はバック転の容量でそれを交わし、愛佳から距離を取った。そうして見て見れば、愛佳の右手首の位置から、何か、鉄製の棘の様なモノが飛び出して来ていた。長さは三○センチ強。あの速度で出現し、刺されば人体を貫くというのは容易いだろう。
あぶね、と心中でとかした恭介は敢えて笑みを見せて、言う。
「それがお前の超能力か!」
「そうよ」
返事は早かった。そして、その返事と同時に歓声が沸いた。出たぞ、だの、触れる事の叶わないだの、恭介にとってはどうでも良い野次、煽りばかりが飛んでいた。これでアイツの勝目がなくなった、という叫びだけは妙に耳に残っていたのだが。
言った愛佳は一瞬。ほんの一瞬だけだが、全身のありとあらゆる場所から、鉄の棘を出現させ、戻した。
「これが私の超能力。絶対に触れさせないから」
「言っとけ……」
そう言いながら、恭介は愛佳を見て探った。衣服が破けていない。という事は、身体が変化して棘を出現させているのではなく、体表面の一定の場所に鉄が出現して、棘になるという形なのか、と。
それが愛佳の攻略に繋がるかは別として、頭に入れておいた。
相手が超能力を発現させた以上。恭介も攻撃しない理由はなくなった。
そして、場はいきなり転換する。
恭介は瞬間移動をした。そして、一瞬の内に愛佳の背後へと回った。
(意識していない背後なら、一瞬でも隙が見えるはずだ)
そう思っていたが、恭介が愛佳の背後に出現したと同時、愛佳の背中からハリネズミのように、無数の鉄の棘が出現し、恭介を襲った。恭介は更に瞬間移動を重ね、愛佳との距離を取ったため、それをなんとか回避した。
触れる事が出来ない。物理的に触れる事が叶わない。意外にも面倒な超能力だった。
が、これで相手は恭介が瞬間移動の超能力者だと認識した。それが、まず隙である。恭介は複合超能力者だ。近距離の攻撃だけでなく、遠距離での攻撃だってある。それを防ぐ事が出来ないというならば、漫画やアニメの様な雑魚相手の無駄な戦闘なんて、必要ない。
愛佳が余裕綽綽の笑みで振り返ったと同時だった。恭介から、稲妻が飛ばされた。
雷撃。恭介が一番最初に強奪で手に入れた超能力で、任務でも一番に使用している超能力である。
バチィ、と空気が炸裂する音が轟いた。その弾ける様な音が歓声をかき消した。恭介から愛佳へと一直線に飛んだ稲妻は、一瞬で愛佳の身体へと突き刺さり、全身に高圧の電流を走らせた。
そして、沈黙。唸る暇もなかった。振り向きざまの愛佳は稲妻を受け、一瞬にして意識を飛ばし、そのまま、リング上に落ちた。
愛佳が床に落ちてすぐは、歓声が止まっていた。だが、すぐに歓声は上がった。新参者が、経験者に容易く打ち勝って見せたのだ。当然、賭けに勝った者は歓喜の雄叫びを上げたし、負けた者も一部は、新参者の圧倒的力に悲鳴めいた声を上げて場を盛り上げたのだった。
歓声が止まぬ中、鉄柵が天井へと引き上げ始めた。
恭介はその間に倒れた愛佳の下へと駆け寄り、死んでいない事を祈って愛佳の背中に手を置き、強奪。
五秒後、恭介の頭の頭の中に、恐ろしい程の超能力の情報が流れ込んできた。が、予想通り。
「チッ……人工超能力か。どんだけ広まってるんだよ。人工超能力は……」
愛佳の力もまた人工超能力だった。
恭介は立ち上がり、リングから出て、控え室へと歓声に背中を押されながら、出て行った。
控え室でベンチに腰を下ろした恭介は考える。
人工超能力が、どこまで広がっているのか、と。恭介立ちの任務で相手する超能力者も、ここの所ほとんどの相手が人工超能力者だった。
(人工超能力を開発、って訊いた気がするな。開発、なんていうくらいだから……誰でも使えるようにはするんだろうよ。恐らく、現状で完成じゃなくて、今はきっと……そう。試作段階だ。βテストってところか。きっと、このβテストが終わったら何かがあるはずだ)
恭介はそう読む。そして、その読みは、外れていなかった。
27
流という『封印』の超能力者がいなくなって、それに関する問題も起きていた。零落希美の様な暴走してしまった超能力者は世界中に存在する。そんな連中を、一緒にいる間だけでもただの人間に戻す事が出来ていたのが、ただ唯一、流だった。そもそも、街中で超能力を暴走させた場合、目撃者云々より、それをどうやって安全な場所へと運ぶか、が問題になる。今までは流が行けば良いだけの話だったが、今はそうはいかない。
NPC日本本部本部長に就任したばかりの海塚は、その穴を埋める役割を、恭介が負えるのではないか、と見込んでいた。
恭介の超能力は強奪。相手の超能力を奪い、相手を無能力者にしてしまうという、最強最悪の超能力だ。今は確かに、五秒間も触れていなければそれを発現する事は出来ないが、今すぐでなくとも、いずれ、熟練した先。強奪が進化した先、それが可能になるのではないか、と見込んでいた。
他のアテがあれば、今すぐにでもそっちに手を回しておきたい状態だったが、アテは全くなかった。そもそも、人の超能力に干渉する、という超能力は珍しい超能力なのだ。郁坂家はそれに関する超能力を有する血でも引いているのか、家族がそうであるが、それは本当に有数な例なのである。
強奪に始まり、複製、や能力移動。それらは確かに力を持っている。故に、奏は九州本部長となったし、NPC総頭のメイリア・アーキもその超能力『複製』を最大限の武器として誇っている。
挙句、恭介は強奪だけでなく、金井雅人から奪った能力移動も保持している。更に、これから先、まだまだ超能力を増やす事が可能なのだ。
海塚は言いこそしないが、恭介に恐ろしい程期待していた。そして、彼こそが、救世主ではないか、とまで思っていた。
そんな事を考えながら海塚伊吹は新宿の街中を歩いていた。今日は新宿のとあるビルの一フロアを借りて、関東地方の支部の連中との集会が行われるのだ。
時刻は昼過ぎ。会社員が休憩から戻る様子が多く見られた。
そんな街中を歩く海塚は、姿だけ見れば他と変わらない休憩時間外に出ていたサラリーマンそのモノだったが、確かに『見られていた』。
そして、海塚もそれに『気付いた』。
海塚は歩道の真ん中で立ち止まり、ふと、大分離れたビルを見上げた。そこは余りに遠すぎて、ビルの形しか分からない様な場所。だが、そこに、確かに、
「!?」
人がいた。そしてその人物は、超能力『鷹の目』を使って、確かに街中を闊歩していた海塚を見ていた。
鷹の目、ミコ。ジェネシス幹部の女だ。零落希美を見つけたのも彼女である。
ミコは高層ビルの屋上に足を広げて座っていた。そして、そこで超能力鷹の目を使用してどう考えても、何の超能力もなしでは見つける事の出来ない範囲にいる海塚を監視していた。
だが、どうしてなのか、気づかれてしまった。
「にゃにゃ!? なんとまぁ、まさか気づかれるなんて」
気付いたミコは立ち上がり、ズボンをはらって耳に付けたイヤホンの外側に付いているボタンを押しながら、胸元に付けたマイクに向かって言った。
「なんか気づかれたっぽいんだにゃあ。『ミメイ』、気をつけてねぇ」
言うと、イヤホンの向こうから返事が返って来る。
『ミコ。どうして見つかったの? 私の超能力ならそうそう見つかると思えないんだけど』
「違う違う。見つかったのは私」
『なんでそうなるのかな。ミコは見つからない距離にいるんでしょう? それに、事前の情報じゃ、あの海塚って男の超能力は、見る超能力じゃなくて戦闘用だったはずだけど』
イヤホン越しの女の声は鋭い。ミコは目を細めながら、
「そうは言ってもにゃあ、見つかったモンは仕方がないでしょー? あ、もう歩き出した。でも、まだ『ミメイは見つかってないみたいよん』」
『そう。なら、ミコは場所を移して。私は彼の跡を『追う』から』
「にゃはは。分かったよん」
ミコは通信を終了すると、立ち上がったそのまま、そのビルを後にした。
ミコ、ミメイの二人。彼女らはジェネシス幹部の中でも、特に諜報用超能力を持っている存在である。
鷹の目、ミコ。そして、意識外行動、ミメイ。
だが、鷹の目に匹敵する超能力者が、NPCにも、存在する。
『海塚さーん。遠くから見てた卑怯者は移動を開始したね。で、後方三メートル弱のはまだ、つけてるよ』
海塚の耳に隠されたワイヤレスのイヤホンから、長谷琴の明るい声が聞こえていた。




