6.新体制―1
恭介は琴の顔を見る。琴は既に見ている。微笑んでいた。僅かに首を傾げ、どうかな、と問うた。
「えっと、あの、その、」
戸惑った。今までにない程に戸惑っていた。今までも告白めいたことはされてきたが、今まで以上に戸惑っていた。それに、今回程にストレートな告白はなかった。
そして、恭介の心境が揺れているこの時に、言われるとは思わなかった。
流の死もそうだが、恭介の琴に対する心境。それが、揺れている今、そんな事を言われるとは思っていなかった。まだまだ考えていたかった。
だが、決心すべき事もあるのではないか、という考えもあった。
明るいニュースも欲しかった。それに、恭介は長く琴と一緒にいて、彼女の良い部分を知っている。そして、やはり、自覚している。琴に気持ちが揺るいでいる、と。
だから、恭介は、
「……そうだな」
頷いた。頷いて、すぐに恭介は視線をゲームに戻して再開させた。突然ゲームが再開された事で、琴も慌てて視線をテレビ画面へと戻した。
「え、ちょ。え、何。おっけーってこと?」
今度は琴が戸惑う番だった。
琴の車は最下位を走っていたが、先が見えていない。次の車も大分先に行ってしまっているようだ。追いつける気がしなかった。
「そうそう、俺達付き合おうかって」
恭介の車が先に、ゴールインした。歓声が画面から上がる。琴はまだまだゲーム画面から目を離せなかった。恭介は先に立ち上がり、部屋から出て行った。
「え、ちょ、きょーちゃん!?」
数分遅れて琴がゴールインして、琴も慌てて立ち上がった、ところで、恭介が茶菓子を乗せたトレイを持って戻ってきた。
「何もだなさなくて悪かったな」
と、恭介は一度床にそれを置き、部屋の隅にあった小さなテーブルを部屋の中央に設置して、その上に茶菓子を広げた。
そこに二人は腰を下ろす。
「お気づかないなく……って、そうじゃないでしょ。きょーちゃん!!」
琴がハッと言う。茶菓子を手に取りながら、琴は恭介を見た。その表情はどこか落ち着きがない。
今日何度目か分からない「なんだよ」を言った恭介は、琴に対して首を傾げる。
「なんだよ、じゃないよ! え、何。人が付き合うのってこんなあっさりしたモンなの!?」
「ん、そうじゃねぇのか」
「いやいやいやいやいやいやいやいや。なんだろう。このスッキリしない感じは」
「まぁ、いいだろ。それで」
恭介だって、今、気持ちが昂ぶっている。だが、敢えてのこの態度だった。付き合う、とやらがイマイチ分かっていなかった。分からなかった。言ってしまえば言葉を交わして約束を取り決めただけの状態だ。気持ちが昂ろうが、見えている現実自体はそう変わりはしないのだ。
25
NPC日本本部の頭は今まで流が勤めてきた。世界中に存在するNPCの総頭である流が、だ。そのため、NPC日本本部には次の総頭になるNPCロサンゼルス支部のメイリア・アーキと呼ばれる女性が行くか、という話になったが、結局、NPC日本本部には、日本本部の頭を置けば良い、という話に落ち着いた。当然と言えば当然だった。NPC日本本部はNPC設立して早い段階で設立されたため、設備が少なく、古い。仕方がないと言えば仕方がないのだった。
そして、NPC日本本部の頭として置かれた人物は、
「海塚伊吹だ。よろしくたのむ」
三十代前半の若く見える男だった。出来るサラリーマンという印象の男だ。
NPC日本本部の全員を練習場に集めて、海塚はそう説明した。NPC福岡支部からの移動だそうだ。つまり、奏との入れ替わりでここまで来たそうだ。
誰も意義は立てなかった。彼を知る人間は多かった。恭介達が来る前、NPC日本本部にいて、幹部格として零落希美なんかと一緒に働いていたらしい。実力は、明らかだった。
そうして態勢を取り戻したNPC日本本部。恭介達の活動も再開される。休んでいた分、任務も溜まっている。
が、海塚が恭介達に、いや、恭介に出した任務は、
「郁坂恭介」
「なんでしょうか」
流が使っていたオフィス。そこに今は、海塚がいた。そこに、恭介だけが、呼び出されていた。まさかの単体の呼び出しに恭介も思わず驚いていたが、表情には出さなかった。
初めて顔を合わせた訳ではないが、どうにも会話はなかった。
任務の話が淡々と進んで行く。
「君の強奪に、注力したいと思っている。これからジェネシスと戦う上で、君の相手を無能力者へと化してしまう超能力というのは最大の戦力になる。だから、」
「だから?」
海塚は表情を渋くして、言う。
「ジェネシス幹部格に新たに加わった人物、わかるな?」
恭介ははっとして、すぐに応えた。
「霧島雅ですな」
「その通り」
海塚は首肯し、続ける。
「その霧島雅が超能力を得る前から、力を鍛えていた場所がある」
「闘技場」
「その通り」
恭介はフレギオールの件で霧島雅と対峙した時のことを覚えていた。彼女が、『裏』の世界で活躍していた事は、彼女の口から聞いていた。
海塚はさて、とパソコンのモニターをしかめっ面で見ながら、言う。
「現場は分かってる。そこで、今は、超能力者同士の戦いが始まっている事も分かっている」
「…………、」
訊いた恭介は、なんとなく、察した。
「そこで、鍛えてこいって」
「その通り」
海塚は頷く。表情は相変わらずしかめっ面であった。
「そこには超能力者が跋扈している。もしかすると、天然超能力者もいて、君の持つ超能力を増やす事が出来るかもしれない。それどころか、人工超能力者相手でも、君の強奪は使用は出来る。慣れる。君の超能力は特別だ。三級に力をつけなければならない」
と、いう事だった。
恭介は暫く任務から外され、単身、闘技場へと乗り込む事になってた。琴と桃は、暫くは二人で進むらしい。前衛一人に後衛一人のツーマンセルで、恭介が戻るまで誰かを加える、という事はしないようだ。
その話をして、翌日から放課後、闘技場に赴くという事が決定して、恭介は一時帰宅した。帰宅すると、大介が玄関へと走ってきた。
その大介の焦った様子に、恭介は首を傾げた。
「ご主人様わんわんって感じか? 犬かよ」
「何言ってんだよ? そうじゃなくて、今日、飯!」
うん? と首を傾げる恭介。大介に言われて、そして、気付く。リビングの方から漂って来る妙な香りに。
気付いた恭介は、問う。
「ん? なんだ。今日は作ってくれてるのか?」
「いやいや、そうなんだけど、そうじゃなくって」
「どういう事だよ?」
と、恭介が靴を脱いで、家へと上がった。
「愛が作ってんだよ。飯」
「愛が?」
両親を失って、この郁坂家では、家事をメインでやっていた人間がいなくなった。奏は今NPC福岡支部にいる。故に、恭介が帰ってきてから、それらをこなしていたのだが、どうやら、
「ふぅん」
今の現状を兄妹も把握している。それぞれが、それぞれの役割を熟さなければならない、と分かってきたようだ。
が、恭介は対して気にしていなかった。二人がやらなければ自分がやり続けるつもりだったし、二人がやるというなら、任せても良いと思っていた。
だから気にはならなかった。それより大介も何かしろ、と思っていた。思いながら、リビングに入ると、
「ただいまー」
「あー。お帰り。きょーちゃん」
愛と並んでキッチンに立つ、琴に驚く事になった。
恭介の手に持たれていた鞄がボトリと床に落ちた。恭介は間抜けな表情で唖然としていた。
「な、何やってんだ。琴?」
「愛ちゃん一人じゃ大変そーだからねぇ。お手伝いだよん」
そう微笑んだ琴は、愛に様々な指示を飛ばしながら晩飯を作っていた。作り方が分からなかった愛からすれば琴の助けはありがたいようで、愛は嬉しそうに返事をして、動き回っていた。




