5.臨戦態勢―10
そして、更に高い、多くの歓声が湧き上がった。当然、郷田に賭けていた連中はあっと言う間に立ち上がり、落胆の声を漏らしながらとっとと会場から出て行った。
実況役が何か騒いでいたが、霧島雅は興味を持っていなかったため、聞いていなかった。
霧島雅は特にアクションを起こす事もなく、盛り上がる客席を一瞥して、すぐに鉄柵を乗り越え、脇の道から控え室へと戻って行った。
控え室に戻ると、先程あった死体は消えていて、その代わりに、また別の影が立っていた。
霧島雅は目を細めるが、それが知り合いである事に気づいて、はぁ、と溜息を吐き出した。そして、言う。
「セツナ……何の用なの」
セツナ。新兵器、ジェネシス『幹部』のその男である。
セツナは壁に背を預けて腕を組んでいた。霧島雅が入って来るのを確認すると、背を壁から浮かせた。
そして、言う。
「どうだ? 業火様から貰った超能力の具合はどうだ?」
言葉そのまま。そうだ。霧島雅は衝撃砲という人工超能力を、ジェネシスから渡されていたのだ。
霧島雅がフレギオールでの一件で、恭介達の下から去った後、彼女は『目標』のために、ジェネシスへと手を延ばし、その力を得ていたのだ。当然、そこには、龍介が連れて行った連中も関わってきたが、霧島雅は連中をも見下す程の実力者である。そして、人工超能力を手に入れ、実際に、先に超能力を持っていた連中さえも、凌駕した。
そして、力を手に入れていた。故に、セツナとの繋がりが出来ていた。彼女はジェネシスの幹部格と対等に語る力を持つ。
霧島雅は両手を軽く広げて、何かを確認する様な仕草を見せながら、言う。
「最高。私は格闘家だからね。銃は使えないし。いや、そもそも使う機会もそうないけど。遠距離でも攻撃ができるっていうのはすごい。近距離でも威力が上がってる様なモンだからね」
「そうか。一応ながら今日の戦いも見せてもらった。そこで、提案がある」
言って、セツナは纏うスーツのポケットに突っ込んでいた写真を一枚取り出す。そして、渡す。
それを受け取った霧島雅はそこに写る男を見るが、知らないのか、首を傾げていた。
「その男の名は、エンゴ。幹部格の人間だった者だ」
「そのエンゴとやらがどうにかしたの?」
まだ、分からないようだ。霧島雅は訝しげにセツナを見上げていた。
そんな視線を受けて、セツナはやれやれとは言わず、しっかりと『勧誘』する。
「幹部格の席が一つ空いた。その、エンゴがNPCに囚われたせいでな」
「NPCって、確か。郁坂君とかがいるとかいう」
「そうだ。我々の敵だ」
それはまた別の話だ、と言って、セツナは言う。
「幹部格の席が空いている。そこに入らないか? お前なら力量は十分だ」
幹部への、勧誘だった。
幹部格の仕事はただ一つ。邪魔者を殺す事。細かいことは全て下っ端やデスクワークの連中に任せれば良い。つまり、戦力が必要なのである。その戦力が足りている、と霧島雅は判断されたのだ。
だが、霧島雅は首を横に振った。
「悪いんだけど、私にはやる事ががあるから。そのために人工超能力も手に入れて、闘技場で戦う力もつけてきた」
「だとしても、だ」
セツナが言葉を遮った。
「その目的とやらにも、幹部格の力を使えば良い。言い方は他の連中に悪く思われるかもしれないが、便利だ。我々は。戦闘用の超能力保持者以外にも、様々いるからな。例えば――『鷹の目』のミコ。彼女は詮索能力に長けている」
「詮索能力……?」
霧島雅が反応を見せた。
セツナは頷いて応える。
「そうだ。お前の目的――『零落希美』は、既に見つけてある。それも、敵陣の中にな」
「!!」
霧島雅が反応を強く見せた。眉尻がぴくりと動く。
「零落……希美」
セツナが頷く。
「そうだ。既に居場所は見つけた。必要ならば、舞台も整えよう」
当然、幹部格になる事を条件にな、と付け加えて、セツナは霧島雅を睨むように見た。
それに対して、霧島雅は、ただ、頷く事しか出来なかったのだった。
23
超能力は何も便利だとは言い切れない。人間に+αされるモノだけでない。例えば飯島はその能力を発現したばかりの頃は、全身大火傷を負って慣れるまでは大変だったらしい。琴だって発現したばかりの頃は多くのモノが見えてしまうという異常事態に困惑していた。また逆に、零落の様な熟練者でも、敵意を持って攻撃を仕掛けてきた人間を気づかない内にでも、氷漬けにしてしまうという不便さもある。
その通りで、それは超能力が万能ではない事を示している。
つまり、超能力は発現した時点で、『人間を殺す』事もできる。
零落希華は、NPCの最深部にいた。NPC日本本部の受付の左側の扉の奥。通路を進み、一番奥の扉を超えて、その先にある下りの階段を下った、その先。そこは、一部の人間にしか立ち入りが許可されていない程の、特別なエリア。一部の人間しか入れないというのは、それを知れば、その光景を見てしまい、超能力の事実を知れば、超能力を使う事ができなくなる可能性もあるからだ、だ。滅多にない現象が、そこには閉じ込められている。
その最深部は『治療室』と称されている。が、そこにいる超能力者の全ては、治療出来ない状態に陥っている。監獄、という表現か、若しくは、死体置き場の方が正しいかもしれない。
部屋には入口から真っ直ぐに伸びる通路と、その両脇に、四つずつのガラス張りの部屋があった。計八部屋あるそれだが、実際に使用されているのは、右の二つと、左の一つだけだ。
左の使用されている部屋には、炎があった。一○畳程の部屋の中央。そこで、轟々と燃え続けている炎があった。規模はそんなに大きくないのだが、どうしてか、その炎は消えそうにない。
その部屋のガラス張りの扉に背中を預けているのが、零落希華だった。零落はその炎をただただ眺めていた。
それだけで数分が経過していたが、特に零落は動きを見せなかった。ただ、眺めていた。
そして更に数分経過してからだろうか。零落は、呟くように言った。
「また明日、来るから。『おねえちゃん』」
そう言って、零落は部屋から出た。反対側の二つの使われている部屋に目をやる。一つの部屋には、ただ、黒い点が、部屋の中央に浮いているだけだった。それは動きもせず、ただ、その位置に置いてあるように、浮いているだけだった。
零落はそれを見た後、次に視線をやる。もう一つの方は、人が一人、部屋の中央に座っていた。意識はない。ただ、そこに存在するだけの様な状態だ。その人間の、女の口下には呼吸器の様なモノが取り付けられていて、そこから管が伸び、天井に突き刺さっていた。
零落はそれも見るだけ見て、すぐにこの場を去って行った。
そう。ここは、超能力に呑まれてしまった人間を、隔離しておく場所である。
あの意識のない女は、その超能力によって、考える事全てを、物体として出現させてしまう『実現化』と呼ばれる超能力の持ち主である。意識があると、言葉そのまま、考えた事を全て。物体として生み出してしまうため、こうやってあの部屋で眠らされ続けている。
そして、あの黒点だけが浮かんでいる部屋には、男がいる。まだ推測でしか分かっていない超能力だが、あの超能力は『重力関係のモノ』であると言われている。一定の距離のモノを吸い込んでしまういわばブラックホール。それに、自分の力に、その男は飲み込まれてしまった状態である。一定の距離にまで近づかなければ吸い込まれないため、あの部屋に放置されている状態である。
そして、燃え続ける女。零落希華の実の姉、零落希美。




