5.臨戦態勢―9
霧島雅は数歩駆けた所で、急停止。向かって来ると踏んでいた郷田はその急停止に僅かに身体が引っ張られるが、態勢を崩す事はない。
と、同時。霧島雅は、そこで、相手との距離がまだ二メートル程あるそこで、蹴りを放った。蹴り上げる様な、打ち上げる様な蹴りである。だが、距離は二メートル。相手にその足が届くはずはないのだが。
「ぐっ」
男は、まるで、恐ろしい力で蹴り上げられたかと思う程、身体を浮き上がらせた。
当然、霧島雅はまだ、郷田の二メートル先にいる。
だが、追撃。霧島雅はその場で相手を突き飛ばす様な拳を振るう。当然それも、相手に届くはずがないのだが、どうしてなのか、郷田は後方に吹き飛んで金網に背をぶつけて悶えた。
その不可思議な出来事に――会場は沸いた。
『「先に」仕掛けてきたのは霧島雅だ!』
と、実況が響くように、ここでは、『超能力が認可』されている。
当然、無能力者の参戦も可能であるが、今や、無能力者で勝ち上がれる人間は少ない。
そうだ。霧島雅は『目標』を達成していた。
「ッ……くそ!! お前超能力者に『なってた』のか」
態勢を立て直した郷田が、口下に垂れた血を拭って、霧島雅を睨んだ。睨む先の霧島雅は得意げに笑んでいた。負ける気はしない、と言わん具合の得意げな笑み。
「そうだね。今はもう無能力者じゃないよ。無能力でもそうそう負けてないけど」
霧島雅はそう言ってフンと鼻で笑うと、両手をパーカーのポケットに突っ込んで、そして、蹴り上げる。当然、蹴りは空を切る。郷田が大きく後方に跳んで金網まで動いた事で、二人の距離は三メートルはあった。だが、それでも、霧島雅の攻撃は、
「ッ!!」
察して、横に飛んだ郷田。すると、郷田がいた場所の、金網が、激しく揺れた。衝突音もしたし、衝撃も拡散していた。
これが、霧島雅の手に入れた人工超能力『衝撃砲』である。
霧島雅の攻撃は、その攻撃を衝撃に変換し、距離があろうが、そこにその威力、衝撃を叩きつけるという、近接型にして、遠距離型な格闘用、戦闘用の超能力である。
霧島雅はその力を試すように攻撃を次々と続けてゆく。その間、郷田はその攻撃を見切り、避けていた。そのため、衝撃は郷田がいた場所、その攻撃の軌跡の先、鉄柵に衝突して、鉄柵を何度も何度も激しく揺らしていた。その度、鐘を打つ様な音が会場の歓声を押していた。
だが、郷田もまた、この闘技場に立つ人間。そして、『挑戦者』である。
すぐに霧島雅の攻撃を見切っていた。故に、避け続ける事が出来ていた。
(霧島の攻撃は直線的だ。攻撃を打った方向にしか衝撃は飛んでこない。相手を良く見ておけば、攻撃は避けられる!)
そして、郷田はリング中央から攻撃を続ける霧島の周りを周るように攻撃を避けながら、攻撃を仕掛けるタイミングも図っていた。
超能力が認められているこの世界。郷田もまた、超能力を持っていてもおかしくない。
霧島雅の蹴りによる衝撃を避け、そして、郷田は反撃を再会する。
「ぐぬ、ううぅううううううううううううう!!」
郷田が目の前に腕を掲げ、そして、力強く唸った。と、同時だった。
二人を囲む鉄柵が、恐ろしい音を立てながら。バキバキと形を歪め始めた。骨が折れる、光景を見てそんな雰囲気を感じ取った。
ベコベコと奇怪な音を立てながら鉄柵は凹んでゆく。この状態は好ましくない、と察した霧島雅は即座にポケットから両腕を抜き、拳での衝撃を郷田に向かって放った。
が、鉄柵の一つがバキバキと音を立てて郷田の前に出現して、その衝撃を受け止めた。
「ッ……!! 金属を操る超能力なの……!?」
糸切り歯を剥き出しにして、舌打ちをした霧島雅は移動を開始した。横にずれるように移動して、郷田の隙を狙おうとした。
が、リングの中央からそれて端に行くと、一本一本がバラバラになった鉄柵が近づく霧島雅に遅いかかってきた。霧島雅はそれを避けたり、衝撃砲の攻撃によって塞ぎながらリング中央に飛ぶように戻される事になった。
気づけば、リングの淵は鉄柵の追突によって穿たれていた。荒地のようにまでなっていた。
逃げ場はない、そういう事だった。
天井まで伸びていた鉄柵は当然、リング中央にも届くリーチを誇っている。攻撃はリングの外から次々に振り落とされた。霧島雅は経験を誇ってそれを避け、受け止め、衝撃砲でそれぞれを破壊してゆく。
そうして、歓声と悲鳴が入り混じる中、それを続けていくと、時間こそ必要としたが、確かに、鉄柵は幾度の衝撃によって破壊され、そのリーチを失って行く。
気づけば、リングの上は鉄柵の破片で一杯になっていた。
「これでもうおしまいだね!」
鉄柵の全てのリーチを叩き切った霧島雅は攻撃を再会した。その場で周る様な演舞。その攻撃が衝撃となって連続して郷田に向かって襲いかかるが、まだ、無駄。
忘れてはいなかった。自身の推測を。
郷田の超能力は、人工天然は分からないにしろ、金属を操る超能力だ。
リングに散らばっていた無数の鉄屑が、一瞬にして郷田の前に集まり、巨大な盾となり、その連続して襲いかかってきた衝撃を全てを受け止めた。
そして、鉄屑はバラバラと散らばり、郷田の周りを富裕し始めた。
客席の歓声が大きく上がる。霧島雅はその過去の実績や実力から、郷田よりも賭けで人気を出していた。故に、今の状況、郷田が有利だという状況に、レートの高い方に掛金を払った人間の歓声がどっと上がったのだ。
鉄柵がなくなった事で客席が大分近づいた様な気がした。
「面倒な超能力……」
そう呟く。当然霧島雅の言葉だった。
面倒、そうはいうが、無理だ、と弱音ははかなかった。単純な事。面倒だが、無理ではない、突破は不可能ではない、と霧島雅は思っていた。
郷田が最初、肉体戦で挑んだのは、やはり、今までの霧島雅を見てきたからだ、と言える。今までの霧島雅は、確かに闘技場で猛威を振るってきたが、今までは無能力者だったため、その肉体のみで踏破してきた。
その情報しか、郷田は知らなかった。故に超能力では対抗しない気でいたのだろう。この、挑戦者は。
だが、今や両者とも超能力者である。これは、今までの殺し合いとは違い、超能力による殺し合いである。
この闘技場は当然、秘密裏な存在である。故に、殺す殺さないの話も、当然ある。
死ねば、控え室にその死体を放り投げられ、掃除役の人間が掃除するだけである。そんな世界が、実際にある。それが、現実なのだ。
郷田が手を掲げると、郷田の周りに浮遊していた鉄屑は一斉に動き出し、斜め上の位置で霧島雅を円形に囲み、そして――振り落ちる。
霧島雅は飛んだ。前方にだ。そして、それは一瞬の応酬。霧島雅のいた場所には、ザクザクと鉄屑が突き刺さる。それらは、すぐにリングから抜け、前方、郷田に向かって駆け出した霧島雅の背中を追うが、追いつくはずがなかった。
霧島は一歩踏み出すと同時、まず、床を蹴るその一歩に、衝撃を発生させた。その衝撃は霧島雅の移動を一気に加速させた。ドッ、と恐ろしい程の瞬発力で、霧島雅は郷田へと接近したのだ。つまり、鉄屑が突き刺さって、そこから抜けた時点で、霧島雅は既に強奪の目の前に到達していたのだ。
そこから、霧島雅の一撃が、油断しきっていた郷田の顔面に突き刺さった。通常の攻撃が、郷田に突き刺さらないのはわかりきった事。故に今度は、手加減をしなかった。
霧島雅の攻撃は郷田の顔面を正面から叩き、そして、衝撃砲が放たれた。
鮮血と肉片が、客席に向かって飛び散った。吹き出した。当然、次の瞬間には、悲鳴と狂気の歓声が上がり、同時、郷田の『頭部』を失った身体は容易く、霧島雅の背中まで迫っていた鉄屑と同時、リングの上に落ちたのだった。
『勝者、霧島雅』
アナウンスが流れる。




