5.臨戦態勢―7
その琴の質問に、恭介はそうだ、とひらめいて、すぐに『知識』を発動させて、典明の彼女を見た。知識であれば、周りから見ても超能力だとはわかるまい。
恭介が見た、彼女の名は、
「あの、私、皆と同じ学年の……香宮霧絵といいます」
そう言った香宮は、一礼して、照れくさそうに笑った。
「おいおいおい。可愛いじゃねぇか!」
その一礼に、蜜柑は大興奮のご様子で、私は近藤蜜柑! よろしくね。と進んで自己紹介し、香宮の手を取って握手していた。
「私は春風桃、よろしくねぇ」
まだ落ち着きは取り戻していないようだが、挨拶だけは、となんとか冷静さを見せている桃が言った。いつもどおりの喋り方、声色にも聞こえたが、どこか落ち着きがなかった。
「私は長谷琴ね。よろしくー!」
琴は通常通りだ。もう大分落ち着いたのだろう。
「で、俺は、」
恭介が言いかけたが、
「あ、郁坂恭介君、ですよね。あの、典明から聞いてます。お聞きしてた通りの人で、見てすぐにわかりました」
と、香宮が手を合わせて恭介に微笑みかけた。
「か、可愛いじゃねぇか」
と、呟いた恭介の頭が琴に思いっきり叩かれた。が、何事もなかったかのように、恭介が言う。
「余計な事訊いてなけりゃいいけどな。まぁ、そういうわけで俺です。よろしく」
全員が挨拶を済ませた所で、調子に乗った典明が再興の笑みを浮かべながら、
「まぁ、そういう事ですから! もう疑うなよ!」
じゃあな! と決め台詞のように吐き出して、香宮を連れて廊下の奥へと消えていった。香宮が最後に一礼したのが、やたらと印象についていた。
嵐が去った後に残された遺留品こと四人。四人とも、暫く呆然として動けなかった。まさか、本当に典明に彼女がいるとは、とある種の絶望を抱いていた。
だが、そう上手くいくのだろうか。
四人も、典明もまだ、気づいていない。別れ際に香宮が、心中で『接触はした』と呟いた事に。
学校が始まってから三週間程がごくごく普通に流れた。NPCの方もそれなりに仕事があったが、新兵器連中の所在はまだ掴めていなかったし、向こうから堂々と姿を現す事もなかったため、恭介達よりも上の人間が調査に動いているため、恭介達は普通の任務を熟すばかりだった。
そして、学校の方。
特別な問題はなかったのだが、一部の人間、いや、一人、問題を抱えそうな人間がいた。
「うむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむぅううううううううううう!!」
唸るのは、琴だった。教室の後ろ隅の自身の席で、教室の前の方の席にいる、恭介と――香宮が楽しそうに話しているのを見て、唸っていた。
初日では気づかなかったが、香宮は恭介、琴が新たに入ったクラスと同じクラスだった。典明と蜜柑はまた別のクラスで、桜木はまた別のクラスに配属されたらしいが、桜木はまだ学校に来ていないため、正確な情報とは言えない。
琴から負のオーラが漂っていた。学校に来たばかりの初日は、琴はその美貌から男から恐ろしい程の人気を集めていたが、翌日には恭介の存在が知られて男連中も諦め、そして、今は、その余りの負のオーラの量に、誰も近づけないでいた。
「くっそう……、どうしてこうなったのよ……。香宮さんって典明君の彼女じゃないの……、全く。一体なんで、こうなったの」
糸切り歯を剥き出しにして、二人を睨むその姿は、今まででは絶対に見られない琴の姿だった。
「うん。そうかぁ。まぁ典明とは最近は登下校は一緒だな。地元は一緒だし、家もちけぇし。こっちに来る道なんて限られてるからな」
「そうなんですか! やっぱりお二人は中がいいんですね」
「幼馴染だしな」
「親友だって言ってました!」
「まぁ、そうなるのかな。桃と典明と三人、幼馴染だしな」
「ということは、蜜柑さんは違うのですか? 長谷さんは転入生だとは訊いてましたけど」
「蜜柑と会ったのは高校が最初だよ。席近いし、蜜柑はあのノリだしな。すぐに仲良くなれたけど」
と、こんな具合に二人の会話は進んで行く。
運が悪かった。席が隣り同士で、友人の彼女、彼氏の友人という関係だ。話が進むのも有り得ない話ではない。
そして、運悪く、琴は教室後方に席を配置されてしまっていた。
二人の仲良さそうな光景を忌々しげに睨んでいた琴に、クラスメイトの女子が一人、やってきた。
「やぁやぁやぁ。琴ちゃん嫉妬中?」
女子生徒。元々明成高校にいた生徒である。見た目は琴のようなギャルで、女子生徒が移動初日に琴に話掛けたことで、仲良くなっていた。彼女も当然、琴の恭介に対する思いを知っている。
「そぉそぉ琴さん嫉妬中」
琴はそこでやっと視線を二人から外し、近づいてきた女性生徒を見上げる。
「あの子、彼氏いるんだよね。分かってるんだけど、でも、なぁんか、取られてるような気がしちゃうんだよねー」
「あは。でも琴ちゃん、まだ付き合ってるわけじゃないんでしょ? えーっと、なんだっけ、郁坂君か」
「そーそー、きょーちゃん」
そう言って、視線を楽しげに話す二人に戻した。まだ、話していた。談笑していた。チッ、と琴が舌打ちしたのを、側にいる女子生徒は知っている。
「琴ちゃん怖いねー。っていうか、琴ちゃんも確か転入生だったよね?」
「も? 美紀って転入生だったけ?」
琴が美紀と呼ばれた女子を見上げて首を傾げた初対面の時に、ある程度の挨拶を交わして話をしたが、そんなことは訊いた覚えがなかった。
美紀は違う違う、と首を横に振った。
「私じゃなくて、香宮さん」
「香宮さんが転入生?」
何か、違和感。琴は香宮に視線を移す。典明に一目惚れしたという香宮に、視線を突きつける。
「ふーん。そーなんだー」
が、言葉は気が入っていない。どうでも良い、と言わんばかりの態度に美紀はおかしそうに笑った。
「あはは。琴ちゃん興味なさすぎでしょ。でもま、私も香宮さんと、増田君だっけ。なんか釣り合ってない気がするねぇ。あんまり関わってないけど、確かに香宮さん、見た目もイイし、the女の子って感じで中身もおしとやかなイメージだしねぇ。それなのにどこか年上っぽいし」
「どうせ私は落ち着きのない見た目ギャルの女の子らしくない人間ですよ」
「そーやっていじけないのー」
「あぁ! もう!」
少し声を荒げて、琴は席を達、美紀に「お手洗い行こう!」と言って半ば無理矢理に美紀を連れて教室を出た。
だがまだ、恭介達は仲良く会話を交わしていた。香宮が話題を振るのが上手で、且つ、聞き上手だった。だから、中々会話を途切れさせないのだろう。
「そういえば、ですけど。『恭介君』と長谷さんってやっぱり、そういう関係なんですか?」
その質問に対しては、流石に恭介も眉を顰めた。その恭介の表情を見て、やってしまった、と香宮は思ったが、謝罪を入れる前に恭介が先に首を横に振っていた。
「違う違う。良く言われるのは事実だけどな。付き合ってもねぇよ。ただの友達」
ただの友達、そう言う自分が、すこしもどかしかった。言っておいて、恭介は少し違うかもな、とは思った。当然、その気持ちを口にすることはないが。
「そうなんですか。余計なことかもしれませんけど、二人はすごいお似合いだと思いますよ?」
「まぁ、中々上手く行かないこともあんだよ。俺も琴の事は嫌いじゃないけどな。付き合うとか、そういうのは『まだ』ないんだ」
「なるほど……。うーん、なんかもったいないですねぇ」
恭介は顔には出さないが、うんざりしていた。ここ三週間で、様々な人間に琴との関係を聴かれた。当然、返す答えは同じだが。その答えが勝手に広がってくれれば良いものを、広がるのは恭介と琴が付き合っているだのいないだのの噂の方だけだった。




