5.臨戦態勢―6
その迫力に思わず恭介は言葉を詰まらせてしまったが、すぐに、咳払い。そして、言う。
「まぁ、そうだな。うん。悪かった」
素直に謝った。いや、謝ってみた、というのが正しい。恭介はどう答えれば良いかわからずに、そう応えたのだから。
冷や汗が垂れる。恭介はびくつきながら隣りの桃の様子を伺った。
桃は不満げな表情で恭介を見上げたが、すぐに視線は正面に戻して、恭介の肩に頭を預けるように、もたれかかった。その突然の行動に恭介は驚いたが、特に何も言わず、受け止め、天を仰ぐように顔を上げた。
木々の梢が視界の端に写っている。それに囲まれるように見えるのは、青い空。まだ明るい空。まだまだ時間はある。
恭介は何かを意識しないように、この後何をするかなぁ、と考えていた。
暫くして、桃が不意に恭介から離れ、立ち上がった。そして、
「さぁて。きょうちゃん。これからどこ行こうか。ずっとここにいるわけじゃないでしょ」
恭介も続いて立ち上がって、
「そうだな。移動するか、そろそろ」
恭介が歩き出し、桃も歩き出す。神社を出て、階段を降り、田舎のあぜ道へと出る。
この町にはエンターテインメントが極端に少ない。そもそも、田畑と住宅街が大半を占めるような町だ。エンタメは隣りや他の町にあるのが常である。
が、二人は今日、この町から出る気がなかった。隣り町の中心に行くまで、バスに乗らなければならないが、それが面倒だった。面倒だと思っていた。
だが、二人はこの町で育った幼馴染だ。この町が好きだった。
二人はふらふらと歩いてシャッター街とも言える商店街へと向かった。幼い頃、良く二人で来ていた商店街だ。
「なんかさ、」
商店街に足を踏み入れて、桃が呟くように言った。
「昔と比べて、やっぱり寂しくなったよね。ここも」
桃の視線は商店街へと向かっている。桃達がまだ物心付くかつかないかという時期。その頃はまだ、もう少しだけだが、店があった。だが、今は、本当に、寂れている。廃れてしまっている。
だが、変わらないモノも沢山残っている。
八百屋の前を通れば、店主が二人に声を掛けてきた。久しぶりだな、と。二人も当然店主を知っているし、挨拶をする。
そんな具合に次から次へと恭介達に声が掛けられた。この二人を知らない人間が、この商店街にいるのだろうか。
二人は様々な店の人間と喋りながら商店街を抜けた。語らいながら、足を止めながら、と進んだせいで、この小さな商店街を抜けるのにもそれなりの時間を要した。
気づけば、夕方になっていた。夕日をバックにした商店街を見て、二人は少し懐かしさを覚えた。たまには買い物に来ないとな、と思いながら、二人はそろそろ、と帰路に着いた。
当然帰りも歩く。そもそも、ここら辺にはバス停がない。バスが通ってすらいない。仮に通っていても、隣り町に行くバス停のような本数は絶対にないだろう。
二人で歩く田舎道。見慣れた光景だが、どこか懐かしく思えた。
最近、確かに桃といる時間が減ったな、と恭介は思い返す。琴が来るまでは、桃とばかりいたな、と思い返す。そこにもう一人の幼馴染である典明も加わって、三人で良く隣り町にいったな、と思い返す。
だが、最近隣り町に行くとなれば、もっぱら、琴と、だ。だった。
そして、気づいてしまう。自覚はする。だが、気にしないようにする。
(琴……、いや、俺が琴を……? いやいやいや)
恭介は思う。思ってみる。そういえば、と思ってみた。
隣りで歩く小さな影、桃に対して、幼馴染である、ずっと一緒に生きてきた桃に対して、『こんな感情』を抱いたことが今までにあっただろうか。そう疑問に思った。
だが、考えないようにしていた。した。
(……小っ恥ずかしいな。考えてるだけだってのに)
急に恭介が頭を振るものだから、隣りの桃は不思議そうにしていた。
21
隣り町の明成高校という私立の高校の教室を使って、相川高校の授業が再会されることになった。相川高校の全校生徒が少ないとはいえ、その全員が入るのか、という心配もあったが、問題はなかった。ただ、明成高校の生徒と混合で授業を受ける事にはなっていた。
面倒な事にはなったが、生徒達からすれば通う距離が遠くなった以外に特に問題はなかった。
一変した環境で授業を受けて、新しい友達も出来て、そして放課後はやっぱり、恭介達はNPCに向うのだが――、
「恭介、桃ちゃん、長谷さん、蜜柑。皆、聞いてくれ」
放課後、廊下に出て少し話していた四人の下に、典明が『女の子』を連れてやってきた。四人全員が、すぐに目を見開いた。
典明の連れてきた女子生徒は、明成高校の方の生徒だった。すらっとした、どちらかと言えば綺麗なタイプの女子で、年上の女性、といった雰囲気を醸し出している女子だった。
典明が女の子を連れて歩いている。という事実に恭介達は驚愕してしまって、言葉が出てこなかった。が、あまり典明については、他の三人よりは知らない琴が率先して問うた。
「お隣さんは? 何、もしかして典明君の……、」
途中まで言いかけた所で、
「そう。彼女。この前言ってた」
典明が上から自信たっぷりの言葉を、かぶせた。
どうやらその彼女、明成高校の生徒だったらしい。が、そんな見て分かる情報すら、今の恭介達の頭には入ってきていなかった。琴はともかく、三人は呆然としていた。
典明は自信たっぷりの笑みを四人に見せつけて胸を這っている。そして隣りの女子は、少し恥ずかしそうに視線を斜め下に落としていた。頬も少しだけだが朱に染まっていた。
「偶然にもこんな状況になったから、紹介しとこうと思ったわけ」
ふふん、と得意げに笑いながら典明が言った。言い切った。
事実を見せつけた。全員が疑って食っていた、いやそれどころか全く信じていなかった。そんな現実を、目の前に叩きつけられたのだ。呆然ともしてしまう。
「な……な、ななななぁあああ!? お前マジかよ!? 一体いくら払ったんだよ!?」
恭介の大音声が廊下に響いた。廊下に出ていた生徒達の注目を集めたが、視線はすぐに散った。
恭介は典明の肩を掴み、彼を前後に振りまくりながら悶えていた。
「まさか……、一体何が起きたというの?」
桃が絶望の表情を浮かべていた。肩をつつくだけでも崩れ落ちてしまいそうなほどに、絶望していた。
「……最近寒くなってきたね」
蜜柑は誰に言うわけでもなく、無気力にそんな事を呟いていた。続けてボソボソと何かを呟いていたが、誰にも聞き取れなかった。
そんな中、しっかりと自我を保っていたのは琴だけだった。
「ねぇねぇ。彼女さん? 典明君の何がよかったの?」
自我を保ってはいるが、僅かに混乱もしているようだ。琴の顔には社交辞令の笑みが浮かんでいるが、質問は鋭かった。
そんな琴の質問に女子は恥ずかしそうに、声を小さくして、
「あ、あの……私……、典明に、私が……一目惚れしちゃって……」
「馬鹿な、呼び捨てだと……」
絶望の表情を浮かべていた恭介が呟いたが、琴の言葉にかき消される。
「一目惚れ!? 典明君に!? 何がっ、一体何が起きているというのよ!?」
琴も限界を迎えたようだ。頭を抱えてうがーと叫んだ後、典明をぶんぶんと前後に振り続けていた恭介を引き剥がし、
「あぁああああ!! きょーちゃん! 私達は今、歴史的な瞬間を目の当たりにしてるよー!!」
と、今度は琴が恭介を前後に揺さぶり始めた。
混沌とした場を、収めたのは、数分間恭介を揺らし続け、やっと落ち着きを取り戻した琴だった。一度の咳払いの後、言う。
「いや、まぁ。なんでしょうか。そうだね。うん。とりあえず、お名前を伺って、おきたいかなぁ……と」
そう言って琴が典明の彼女を見つめる。




