5.臨戦態勢―5
この『一五人』の連中は、ジェネシス内では幹部と呼ばれる、NPCが『新兵器』と恐る人間達だ。エンゴとは、恭介に力を既に奪われたあの男の事である。
故に、連中はNPCに関しての情報を得ている。対NPC要員として、つい先日、目覚めさせられたのだから、当然だ。
今までは、神威家の兄弟だけで事足りていた。あの兄弟は強い。故に、他を必要としなかった。だが、現状は違う。目覚めさせられたのは、NPCに仕掛けるためだったが、結果的に、龍介が使い物にならなくなり、NPCも幹部格をまとめて動かし始めた。
ジェネシスも、動き出したのだ。
「とにかく、だ。我々はこれから、NPCの連中を倒す。簡単に言えばそういう事だ」
セツナが静かに言った。それに対して、それぞれがそれぞれの思惑を見せる表情で、頷いた。
20
十一月頭。恭介達の周りは慌ただしかった。学校の件は、まだどうにもなっていない。他の学び舎を探しているらしく、全員が学校を休んでいる状態だ。後数日もすればどうにかなっているだろうが、暇を持て余している生徒達もいた。
朝方の学校でのジェネシスの襲撃は、当然ニュースに取り上げられた。ある程度の報道規制はされているが、あれだけ目立ったのだ。メディアに出ないはずがなかった。
NPC日本本部は機能している。被害を被ったのは校舎だけだったのだから、当然だ。片付けや建て直しは一般の業者に計らってある。時間さえかければ、無事元通りになるだろう。
そしてその数日間はあっという間に過ぎ、翌日から隣り町の高校で、そこの高校の生徒と一緒に授業を受ける、という事になった恭介達。珍しく長かった休日の最終日、恭介は桃と一緒にいた。
二人がいるのは、恭介の自宅だった場所、そして、これから自宅になる予定の場所だった。つまり、琴の家の隣りだ。
二人は建設途中だが、もうほとんど、少なくとも外観は完成しているその家を見上げて、恭介は何かを感じていた。今まで長年住んだ家があった場所に、全く見た目が違う家ができたからかもしれない。そして、近い内にそこに住むからかもしれない。とにかく、変な感覚だった。
「もうすぐ戻ってくるんだねぇ」
桃がゆっくりと言う。
戻ってくる。そうだ。恭介の家を挟んで琴の家の反対側。そこは、桃の家だ。春風一家が住まう二階建ての極普通の家。隣りに住んでいた時は、よく互いの家にも行き来して、互いの両親とも面識があった。
「そうだな。あと一ヶ月……いや、二ヶ月か」
「家が燃えたのっていつだっけ?」
「夏休みの最終日だから、八月の最後だな。もう三ヶ月だ。あっという間だな」
「そだねぇ……。イロイロあったね。NPCの事もそうだし。出会いも沢山あったね」
「そうだな。あの日からがらりと生活が変わったよ。生活環境も、生活リズムも、何もかもな」
「っていうか琴ちゃんの家だよね。これ」
「唐突に話を変えたな」
おいおい、と恭介が桃を見ると、桃が琴の家を指差していた。
「あの家に一人で住んでるんだってねぇ」
「らしいな。一人暮らしで二階建ての一軒家だもんな」
二人して琴の自宅を見上げている――と、二階の窓に、歯ブラシを加えて、薄着でうろうろしている細い影が見えた。当然、琴である。琴もすぐに気づいて、窓から二人を見下ろした。窓を開け、歯ブラシを咥えたまま、
「ひょっほ、まっへへ」
と、叫んで、窓の奥へと消えていった。着替えて、降りてくるのだろう。言葉のまま二人は琴の家の下で待っていると、数分後、琴が降りてきた。対して着替えてようには見えないが、寒くなってきたからか、先程みた薄着の上から、パーカーを羽織っていた。
「やぁ、二人共」
琴はヘラヘラしながら手を振って、降りてきた。
「琴。休みも今日までだし、三人でどっか行こうぜー」
と、対して気持ちの入ってない声でそう言う恭介。彼は隣りで、実は不満に思っている桃の気持ちなんて気づけない。
が、琴は桃を一瞥しただけで気付く。桃は見た目は、普段通りだ。何も変わらない。だが、女だからなのだろうか、千里眼が関係しているのか、琴は見ての判断力が高い。桃が、二人でいたいと言っている様な気がした。
琴は、恭介に告白まがいの事をする程には、恭介を思っている。だが、今回だけは、いや、たまには、譲ってもいいか、と思った。まだ、恋人ではないのだし。そう思って、琴は首を横に振った。
「ううん。寒いから私は家でゆっくりしとくわー。誘ってくれてありがとネ」
琴は微笑んだ。桃に向って。
不自然に向けられた笑みに、桃は琴に『気づかれた』と察した。が、その動揺も顔には出さなかった。思った以上に桃はポーカーフェイスの様だ。
琴はじゃあねと家の中に戻って行った。
「仕方ないか」と、恭介は言って、「神社でも行くか」
そう呟いた。片桐愛理が龍介に連れ去られてから、何も言いはしなかったが、無意識に神社を避けてしまっていた。だが、良く考えれば行かない理由なんて、なかった。
無意識に避けている事をどうにかしようと、提案したのだ。
「そだね」
桃は頷いた。桃も考えはあるだろうが、やはり表には出さなかった。
そうして二人は神社の階段を上がる。
神社へと着いた二人は神主の家の軒先に腰を下ろした。神主は出かけているのか、声を掛けてみても出てこなかった。
不意に、桃が言った。
「最近さ。きょうちゃんさ」
「何だ?」
「琴ちゃんとばっかりいるよね」
言われて、指摘されて、恭介は、う、と言葉を詰まらせた。知らない顔をしていた訳ではない。だが、思う所はあった。考えなかっただけだ。考えないようにしていたわけでもない。席が近い、家も近い、NPCで一緒。そこまでは、桃も同じ。
だが、彼女は上司だ。最初は、そうだから、と指示に従う様な感覚で付き合っていた。だが、気づけば普通の友人――もしくはそれ以上として――として、付き合っていた。
思い返せば、琴が来るまでは、桃と一緒にいる時間が長かった。幼馴染ということもあって、性別なんて関係なしに一緒にいた。だが、琴が現れた事でそうはいかなくなった。
琴は、積極的だ。恭介も桃も、分かっている。桃には、その積極性はない。足りない所だ。
「うーん。まぁ、そうかもしれないけど……。俺がギャル嫌いなのは桃も良く分かってるだろ?」
恭介は言う。そうだ、恭介はとにかくギャルが嫌いだった。同じクラスだろうが、何だろうが、恭介は見た目がそれなだけで拒否してきた。恭介と仲の良い人間の間では常識とも言える情報だ。
そうは言うが、だが、恭介は、琴に関してはそうは思っていなかった。正確に言えば、思わなくなってきていた、だ。
最初は、それこそ上司だから、と一緒にいた。だが、長い時間一緒にいることで、それが揺らいできた。
琴は確かに見た目はそうだ。だが、中身が恭介の思うギャルのそれと大幅に違っていた。そのせいで、惑わされているのか、変化してきているのか、とにかく、恭介の琴に対する評価は変わってきていた。
それに、告白まがいの事までされて、意識が揺るがないはずがなかった。
桃は頷いた。
「分かってるよ。でも、それが何? そうじゃなくて、私は少し……、なんというか……、」
恭介の隣りで桃が視線を斜め下に落として、もじもじとし始めた。恭介はそんな桃を見るが、首を傾げる事しか出来なかった。そんな桃は、不意に恭介を見上げて、頬を朱色に染めて、声を荒げて言った。
「私の事、放置しすぎじゃないかな!?」
普段おっとりとした、ゆっくりした喋り方でしか喋らない桃が、珍しく声を荒げるものだから、恭介は思わず目を丸くして驚いた。神社を囲む森の中から、カラスが数羽飛び立った。




