4.雷神―12
とぼけ顔の恭介を微笑ましげに見ている琴。くすくすと見た目とのギャップが酷い上品な笑いをしながら、
「私が何か作ってあげる!」
「ありがたい。だが、何かが違うんだ」
「何かって何よ?」
「なんだかなぁ」
そして、沈黙。琴は不満げに恭介を見ていた。
暫く沈黙が続くが、その間、恭介はずっとうんうんと唸っていた。何か思いつめているようにも見えるのだが、その内容は大した事ではない、と琴は気づいている。
そんな琴がよし、と話を変える。
「せっかく二人でいるんだから、何かしよう! きょーちゃんももう愚痴もたっぷり言ったしね!」
そう言って立ち上がった琴を恭介はぼけっと見上げた。後に眉を顰め、まぁ座れ、と手招く。招かれるまま、琴は卓袱台を半周して恭介の隣りに寄り添うように座った。
「待ちました」
「近い」
「これくらいが丁度良いのよ」
「零距離がか」
腕に当たる柔らかい感触に恭介は意識を取られないように考えを何故母親がタイミング良く家にいないのか、という考えに集中していた。
(なんでこいつこんな細いのにこんなにあるんですかねぇ)
この年齢だと、思う事も、妄想することも多々ある。が、自我も育ち盛りな年齢。理性と欲望が混沌としていた。
話題を変えないとまずい、と思った恭介が立ち上がり、言う。
「よし、デートだ。デート。隣り街に行こう」
前から、琴と出かける際にデートという単語でまとめていたからか、恭介もそれを口にすることには抵抗をなくしていた。
「お、きょーちゃん。デートと認めたか!」
嬉しそうにそう返して、琴も立ち上がった。
恭介は準備をしてくると言い、部屋の奥に消えた。仕切りを締め、着替え、荷物をポケットにねじ込んで数分もしない内に戻ってきた。
「よし、行こう」
二人はいつも通りの道で地元のバス停に向かい、バスに乗って隣り街へと向かった。
隣り街には普段の通りに着いた。今更新鮮味も何もないのであった。
「きょーちゃん? ところでどこに行こうか?」
バス停に降り立ち、琴がそう首を傾げた時だった。恭介のポケットにねじ込まれていた、携帯電話が着信の音色を鳴らした。
誰だ、とポケットから取り出し、その画面を見てみると、蜜柑、という文字。
「……蜜柑? 何だ、珍しい」
そう言いながら通話ボタンを押そうとした所で、琴に手を止められた。顔を見てみると、笑顔ながら何処か不満を隠しているような顔が、目の前にあった。
「私とデート中に他の女の子からの着信を取るの?」
その言葉に、恭介の動きは一瞬止まった。だが、
「いやいやいや、蜜柑は連携者だろうが。何かあったらどうすんだよ」
そう言って、恭介は電話に出た。隣りで琴は恭介の言うことは正しいとわかっていながらも、不満な気持ちを隠しきれないようで、バツが悪そうにしていた。
「はいはい。もしもし、俺だ」
『あ、恭介!? 今さ、隣り街の、北アーケードの北村ビルってところの前にいるんだけど……』
蜜柑の様子がおかしい。声色から、焦っている様子が感じ取れた。
何かあったと察して、恭介の表情が曇る。電話に出て、正解だったな、と。
「うん。どーした?」
『そのビルに入ってく連中がいたんだけど、その連中が、ゴールドラッシュの跡を継いでるとか言ってて、ちょっと調べてみてんだけど、どうやら、あれ、関係してるみたい』
「……!!」
蜜柑が言う、アレ、とはやはり、超能力だろう。
蜜柑には、ここ最近合った事は話してある。ゴールドラッシュという単語を聞いて、何か察したのだろう。連携者として、初の仕事が出来ているわけだ。
「わかった。偶然ながら今、琴と一緒にいるから、二人でそっちに向うよ。蜜柑、サンキュな。蜜柑はNPCに報告だけ入れて、その場から離れてくれ」
『はいはーい。仕事した気がするよ!』
「おう、じゃあな」
蜜柑がまだ話したりない、という雰囲気を察して、恭介は半ば無理矢理に通話を終了させた。蜜柑は超能力者ではないが、NPCの関係者だ。今初めて連携者としての仕事をして、興奮しているのだろう。恭介はそれを察した。
携帯電話を再度ポケットにねじ込み、不満げにしていた琴に言う。
「仕事かもな」
「あれ、本当にそーなっちゃったんだ」
琴は眉を顰めている。せっかくデートだったのに、と呟いたが、恭介には聞こえていなかった。
二人は蜜柑に指示された場所へと向う。
アーケードに並ぶビルの一群の一角。アーケード北の中央より僅かに下に位置する場所だった。一階にはテナント募集の文字。中は全て撤去されていて、廃墟のようになっているが大した広さがないので怖くもない。
二階には小さな会社のオフィスが入っているようだった。見ただけではそれがどんな会社のオフィスなのかまでは分かりそうにない。
そして三階。
「怪しい連中ってのは怪しい所にいるもんだな」
恭介が下からビルの最上階を見上げて呟いた。
「そだね。金井兄弟と戦った時もこんなビルだったね」
琴が頷いて賛同した。
ビルの最上階は、看板がない。それどころか窓は黒く塗りつぶされているのか、黒いカーテンで仕切られているのか、全く中の様子が見えない。こんな場所を、そんな雰囲気に仕立て上げる連中なんてモノは限られている。
恭介達はビルの脇にある階段を登り、真っ直ぐ三階を目指した。
三階に到着した二人はすぐに目の前に立っていた扉を蹴破った。激しい蹴りの音が鳴り、中にいた人間の目を一斉に集めた。
中は極普通の部屋、と言った雰囲気で、ちょっと広めの個人の部屋、という見た目だった。テレビあり、キッチンあり、机に椅子に箪笥あり、という生活感が感じられる部屋だった。
その部屋の中央で、ガラスのテーブルを囲んで座っている五人の男達がいた。見てくれは確かに、金井兄弟を思い出させるようなそれだが、何分迫力がない。金井兄弟と対峙した時の、あの迫力がなかった。
「何だァ、お前ら」
男達は立ち上がり、目を細めて恭介と琴を睨んだ。が、やはり、足りない。
「……、」恭介は連中を見回して、「…………、」特に言うことが見当たらず、沈黙していた。ただ、見ただけだった。
もし、相手が超能力者でなかった場合は、手が出せない。ここは上手く立ち回ってくれる琴に任せた、という事なのだろう。恭介は隣りの琴を一瞥した。
視線を受けた琴は仕方ないなぁと呟いて、言った。
「えーとぉ。あんた達、ゴールドラッシュ?」
琴は笑っていた、本人はこれで良いと思っていた。単刀直入。恭介が思う程、彼女は考えていなかった。
「あぁ? てめぇ、舐めてんのか!?」
会話が成立しない。
「舐めてないよ? 私が舐めるのはきょーちゃ、」
「それ以上は言うな」
「何いちゃこらしてんだゴラァ!」
そこまで言ってからだった。二人の態度が連中を舐めている、と見えた。連中も、舐められている、と思ったのだろう。連中は、殺しちまえ、と判断を決した。
血の気の多い連中である。
「ふざけやがってよぉおおおおおおお!!」
と、雄叫びを上げた男が、右手をバチバチとさせながら、恭介達に向かって来た。
そう、雷だ。雷撃と同様の効果を見せている。だが、その見てくれだけで判断しても、明らかにその男は、恭介のそれよりも、格下だと分かった。
向かってきた男は、恭介の首根っこを鷲掴みにし、そして、雷撃の全力を放った。男の手からは稲妻が拡散する。琴はいつの間にか距離を取っていた。
「おぉおおおおおおおおおおお!!」
男は叫び、その全てを出しつくそうとする。だが、その限界はあっと言う間に見えてきた。男がいくら叫ぼうが、雄叫びをあげようが、電気の出力も、電圧も上がる様子はない。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「…………、」
「おぉおおおおおお、お、おおお、ぉ、おぉおおお……?」
その光景を遠巻きに見ていた連中は既に気づいていたが、恭介を掴む男は、今やっと、気付いた。
恭介が、男を覚めた視線で見下ろしていた。そして、溜息までついていた。
「え? は? うぇ、いやいや。何で効いてねぇんだよ!!」
稲妻を光らせながら、男は叫んだが、その弱々しい叫び声は雷鳴にかき消されていた。




