4.雷神―10
だが、彼は雷神である。こんな所で、たかが鉄くずの塊に、負けて良いはずがなかった。
「ッ、お、おぉおおおおおおおおおおお!!」
桜木は、勝ちに行く。彼は防御に回していた腕を解き、攻撃を正面から受けた。攻めに転じるためだ。
男の鋼鉄の拳が桜木の鼻面を思いっきり叩いた。桜木の顔は激しく横に揺れ、鼻血が吹き出した。だが、倒れない。桜木は全体重を持って踏みとどまった。次の攻撃が腹部に突き刺さる。だが、それも耐えた。
耐え切れる痛みではなかった。吐血しつつも、それでも、桜木はこのチャンスの為に耐えたのだ。痛みなくして、勝利なし。
桜木は雄叫びと共に、鋼鉄の男に向かって飛び込んだ。体重一一○キロの肉塊が鋼鉄の男に突っ込んだ。
「ぐおっ!?」
突然の攻撃への転換に、鋼鉄の男は対応しきれない。
一般的に、筋肉は脂肪の三倍重いと言われている。男は桜木よりも筋肉質だった。そして現在、その身全てを鋼鉄にして、体重を増加させていた。だが、それでも、突如として攻撃に展示、全体重を掛けてきた桜木は受け止められなかった。もし、これが恭介だったら、いくら突然のタックルだとはいえ、容易く受け止めていただろう。だが、相手は0.1トンを越えた男、桜木だ。
「うっ」
男の短い悲鳴が漏れる。
桜木が、男に馬乗りになる。男は当然、抵抗を見せるが、桜木が即座に相手の両手首を抑えにかかったことで、それは制された。
「このマッチョデブが! 雷神の力、舐めるんじゃねぇぞ!」
桜木がそう怒声を上げて、叫んだと同時だった。空気が爆発した。そして、視界が消滅した。
電気なんて生易しい音じゃない。落雷が、続いているような恐ろしい状態だった。桜木の身体から放たれた恐ろしい程の電流は、部屋の中にあったありとあらゆるものを溶かし、炭と化し、それでもまだ、止まらなかった。
そうだ、目的は鋼鉄の男を倒す事。
電流が流れるだけでは無意味。ならば、破壊してしまえば良い。数億ボルトの稲妻がずっと、男に落ち続けている状態だった。部屋は既に崩壊を始めている。青白い光が部屋を支配し、桜木以外では目も開けられない状態だった。
数億ボルトもある電流を受ければ、鋼鉄だって――容易く溶かされてしまう。
数分。数十分はかからなかったか。部屋に広がる桜木の余力が消えるよりも前だった。ドロドロに溶けた鋼鉄がマグマと化し、床に、穴を開けた。
「ッ!?」
突然の事だった。床が溶けて高熱の塊となった鋼鉄によって落ち、桜木がその下に『隠されていた』部屋に、落ちたのは。
桜木も予想が出来ていなかったのか、それとも男を殺す事に集中しすぎていたか、落ちた際に受身は全く取れなかった。数メートルの落下で、背中を盛大に打ち、桜木は悶絶した。
「ッいってぇ……。やりすぎたか……」
暫く悶絶した後、やっと、立ち上がる桜木。致命傷にはなっていなかった様だ。辺りを見回す前に、まず上を見上げた。天井に、ぽっかりと穴が空いていた。穴の淵はオレンジ色に燃え上がっていて、どうして落下してしまったのか、と桜木に知らせていた。次に、足元を見た。確かに、鋼鉄だった、男だった、それが、辺りに散らばっていた。急速に冷凍されたわけでもないが、大凡十数度のこの部屋の室温にさらされ、熱は冷めてきているように見えた。
次にやっと、周りを見回した。上の階の電力は完全に消えている。そもそも、電力を使う機器も全て灰と化しているのだ。上から降り注ぐ光はない。だが、この部屋は電力が取っているようだった。薄暗い部屋だが、部屋の壁、足元に並べられた白いライトが付いているのが確認できる。
(あれだけ暴れたんだ。施設の電気は全て落ちててもおかしくないはずだが……。ここだけ、独立しているのか?)
この部屋は圧倒的に雰囲気が違った。薄暗く、ライトの配置も敢えて薄暗くなるように配置してあるように見える。部屋は広く、規則的に、カプセルが並んでいた。人間が入る大きさのカプセルだ。足元に這う白い煙が足元の視界を悪くしていたが、桜木は一番近くにあったカプセルへと近づいた。
「何だこれは……?」
カプセルには、何か液体が充満していた。カプセルのカバーの色が緑の蛍光色で、液体自体の色はわからないが、気泡が下から上へと登っているのを見て、ただの水という事はないだろうと思った。
そして、その液体に浸かっている――人間。
全裸の男がいた。見た目は三十代の筋肉質な男だった。口下には呼吸器のようなモノがつけられ、そこからカプセル内部上の方に向かって管が伸びていた。
男は眠っているようで、桜木がカプセルに触れても男は全く反応を見せなかった。
まさか、と桜木は思い、この場にある全てのカプセルを見て回った。そして、確認してしまった。
この部屋には全部で一六のカプセルが存在した。そして、その全てに、人間が、入れられていた。老若男女問わず、様々な年齢の、性別の、容姿の、日本人が一六人、確認出来た。
背筋が凍った。何だこの状況は、と戦慄した。
(何の設備だこれは……!? それに――人体実験か!? メイデン、本当に最近出来たばかりの新米組織だっていうのか!?)
疑いばかりが浮かび上がって来ていた。
そして、そんな桜木を急かすかの如く、機械音が部屋に響く。
「!?」
桜木は即座に音のした方を向いた。一番最初に覗いたカプセルの方だった。見れば、中に充満していた液体が、下へと消えていく光景が確認できた。できてしまった。
その光景を見て、まず桜木は、ヤバイ、と吐き出した。そしてその言葉の後に続くように、カプセルの、緑の蛍光色のカバーが、上にスライドするようにして、開いた。
「ヤバイヤバイヤバイ!!」
桜木は、幹部格としての勘で、察していた。中にいた人間。連中は只者ではない、と。中の人間がどんな人物なのか、超能力者なのか、無能力者なのか、なんてことはただ見ただけでは分からない。だが、本能が叫んでいた。ここは引け、と。
桜木は辺りを見回した。すると、扉を一枚見つけた。鉄製の、重そうな扉だった。桜木はそれを見つけると、周り等気にせず、残っている僅かな体力を引き絞り、出すように全力で走った。
その間に、カプセルの中にいた男は目を開いて、ドスドスと走りさる桜木を視線で追っていた。
桜木は扉を突き破る勢いでその先へと出た。目の前には階段があり、とにかくそれを駆け上がった。
(とにかく今は撤退だ。この情報を流さんに渡さなければ!)
桜木があの部屋から去ってから、男はやっとカプセルから出た。
「誰かいたな」
静かに、低い声でそう呟くが、追おうとはしなかった。そして、彼に続くように、次々とカプセルが開かれていくのだった。
16
「分かった。桜木君。幹部格数名を集めて、そこの調査に当たる。君は大分負傷しているようだ。とにかく休んでくれ」
流のオフィスには、流と、全身痣と腫れだらけの桜木がいた。桜木はあの時の事を全て報告し、流に調査隊の編成と迅速な行動を求めた。
あの施設で、桜木は暴れ過ぎた。あの部屋が全く別の電力、設備で動いている可能性があっても、あれだけの状態になったのだ。いつ移動してもおかしくない。故に、迅速に。
桜木の状態を見て、話を聴いて、幹部格を動かさなければならない、と流はすぐに判断した。
(一人二人じゃダメだな。桜木君は休暇に回すとして――液体窒素には今別の任務に行ってもらってるから……、獄炎。風神。閃光の三人に頼もう。琴ちゃんにはまだ、恭介達を見張っててもらわなければならない)




