4.雷神―8
考えている間にも攻撃が降りかかる。男の周りをウロウロと飛んでいた水銀のような何かは、近づこうとする恭介を牽制するように、その形状を一瞬で針へと変え、恭介に迫る。
針の長さには限度がある様で、恭介はそれらのぎりぎりの距離を見極めて、相手を牽制していた。
だが、拉致があかない。相手の周りには無数の水銀が浮いている。その全てが、正面の恭介を狙っている。距離が、詰められない。
だが、気付いた事もある。あの水銀のような何かは、男の周りにしか出現させる事が出来ないようだ。他の場所に出現させる事ができるならば、とっくに終わっているだろう。
あの、攻撃を避けるには、相手の意識外から攻撃するしかない。そう、気付いた。いくら浮いていて、攻撃が降りかかるからと言っても、男の指示あってこそ、攻撃が出てきているはずだ。
つまり、男を、『恭介に集中』させていれば良い。
恭介の身体から閃光がほとばしる。バチバチと空気を燃焼させ続け、恭介の身体の周りには青白い稲妻が這い回り続けている。
「なんだ? それで俺の攻撃が防げるつもりか?」
男が恭介のそれを見て、呆れたように言う。確かに、このままじゃ攻撃は防げないだろう。稲妻と金属の針が衝突したところで、どちらも使用者に直接繋がっている訳ではない。形を保ったまま突き進む事のできる金属の針が、恭介に突き刺さるだけだろう。
だが、そんな事はどうでも良い。
「これでいいんだよ」
恭介は言う。相手の視線の行き場を確認するように、しっかりと相手を睨んだまま、だ。
そんな恭介の言葉、様子、自信の在り方に男は疑問を抱く。そして気付く、こいつ、何か秘策でもあるんだな、と。
だが、
「うっ、」
男は、背後から近づいていた、既に戦闘を終えていた琴の存在に気づいていなかった。首下を叩かれ、男は軽々と落とされてしまった。小さなうめき声が、この部屋に一瞬だけ響いた。
男が倒れると、男の周りに浮いて、踊っていた水銀のような何かは消滅した。やはり、意思が強く関係する超能力だった様だ。
恭介が視線を部屋の隅にやると、ぐったりと舌を出して倒れている傷の男の姿があった。炎を操る超能力者だが、琴の前では手も足も出なかったのか。余りに酷い有様に恭介は眉を顰めた。
超能力を得た人間が、自分に力がある、と思うのは当然だ。故に、この世界では、威勢だけが素晴らしい人間も多い。そのため、実力が実に測りづらい。NPCやジェネシス直属の人間であれば、そうはならないのだろうが。
「きょうちゃん、琴ちゃん」
二人が部屋の安全を確認すると、部屋の入口から桃が、解放した婦警と一緒に出てきた。桃よりも頭一つ、二つ分身長の高い婦警だった。婦警は二人の事よりもまず、部屋の中の酷い有様と、先程まで自分を捉えていた敵二人のぐったりとうなだれた姿を見て、驚愕していた。そしてやっと、視線は恭介達に向う。
「大丈夫かな?」
まず、琴が口を開いた。その琴の質問に、婦警は数秒遅れてから、首をブンブンと縦になんでも振って答えていた。
「落ち着きなよ」
桃が横で婦警さんを宥める。
超能力なんてモノを見せられたばかりで、気が動転しているのだろう。婦警は視線をあちこちにやって、辺りの現状を何度も確認し、こんがらがった頭をスッキリさせようと必死になっていた。
婦警のその落ち着きのなさに、恭介と琴は思わず吹き出した。事が済んだ今、そんなに慌てずとも、ゆっくりすれば良い。
「な、なんで笑うんですか!」
婦警がそんな二人を見て、焦り出す。こんな状況でもまだ、警察としての威厳が、だの、守るべき一般人に、だの考えているのかもしれない。
もう、と婦警はそこで嘆息した。深く吐いた呼吸が、彼女を徐々に落ち着かせ始めていた。
「それにしても、」
暫くして、彼女が落ち着いてから、
「あの……、えっと。炎とか、水とか氷とか、なんかイロイロすごい事になってたけど、まさか、超能力とか言わないよね?」
婦警さんが首を傾げる。視線は恭介に向いていた。
何故俺を見る、と言った具合に恭介は視線を琴へと流す。隊長の判断に任せる、という事だろう。
視線の流れを受け取った琴は婦警を見て、言った。
「さぁ、どうでしょう。それはお任せします」
「な、何よそれ! 答えなさい!」
婦警が声を荒げる。そうだ。あれほどの光景を見てしまえば、その真相を知りたくなるのも当然だ。それに、彼女はこんな現場にいた、四課の人間。状況を全て、把握しておくのも仕事だというのだろう。
「……、霧島深月、二五歳」
そう言ったのは、婦警ではなく、恭介だった。これは、婦警の情報。突然、話してもいなかったはずの名前と年齢を当てられ、婦警は目を丸くして驚いていた。
「な、なんで名前を……!? っていうか年まで……」
「さぁね、なんでだろ」
ここでは、恭介もとぼけた。実際、五十嵐喜助から強奪した超能力である知識を使用して、彼女の名前と年齢を当てたのだが、それを霧島深月が知る方法はない。恭介の口から聞ければ別だろうが、恭介は今の所、言うつもりはない。
よし、と琴が声を上げた。
「霧島深月さん。貴方がここで何をしていたかは知らない。でも、とりあえず、今見たことは忘れて、大人しく職場に戻ってネ」
そして、笑顔。明らかに霧島深月の方が年上ではあるが、それでも、今の光景を見れば、琴の方が少しだけ大人に見えた。
そんな光景を見て、恭介は思うことがある。ここ最近で改まりつつある考えだ。琴に限っては、ギャルだの何だのなんて関係ないんだな、と。
「え? へ? えぇ……っと」
琴の言葉に困惑している霧島深月。
「じゃあ、きょーちゃん。桃ちゃん、行こうか」
そんな霧島深月はほうって置くのか、琴は踵を帰して部屋から出て行ってしまった。恭介達も当然続く。が、呆然としていた霧島深月は、ただ、その背中を見送ることしか出来なかった。詳細を突き詰めたい気持ちはあったが、恭介達には、今は何も聞けないと察していた。
15
麻薬組織はあっけなくも潰すことが出来た。そこで出会ったあの婦警が今、どうしているかは恭介達には分からない。
麻薬組織の連中の超能力の回収も、恭介は当然試みた。だが、連中は人工超能力者だった。それも、全員が、だ。
人工超能力の存在がある、ということは、ジェネシスが関与しているということ。恐らくだが、アルケミアの上に直接立っているのは、ジェネシスではなく、メイデンだと思われる。ジェネシスの孫請けの位置にあったのだろう。ジェネシスからメイデンに人工超能力が流され、メイデンからアルケミアに流され、といった具合に、人工超能力がわたっていたのだろう。
ここ最近、人工超能力に出会う機会がぐんと増えた。ジェネシスの人工超能力開発も実戦テスト段階に入っていると想定できる。その事実を受けて、NPCも焦りを隠せなくなってきていた。
未だ、NPCの力だけではジェネシスのそれを止めることはできそうにない。
現在、幹部格の琴は恭介と桃の隊長としてつきっきりで、雷神こと桜木はメイデンの調査で動いている。任務にまで、幹部格を動かさないといけない状態で、メインのジェネシス襲撃はまだまだできそうになかった。が、いずれは、人工超能力の開発が終わってしまう前までには、襲撃しなければならない。
桜木は今、メイデンのアジトの前にいた。山中に隠された外から見れば分かりもしない。あの木崎のアジトが会った場所と作りが似ている。山のそれこそ中に隠されたアジトだった。山梨県の某所で、休日を使い、桜木はそこに訪れていた。
押田護についていたヤクザ、そして麻薬を流していたアルケミアは既に潰した。情報も少しずつだが集まっていた。一歩ずつ、進んでいた。後はメイデンを潰し、情報を回収して、必要な情報を集め、今回のその事件と、ジェネシスの確かな繋がりを立証し、その証拠を警視庁総監に流せば良い。
当然、公にできる情報、出来ない情報はある。だが、それでも、一歩ずつ前進しているのだ。
ただ相手を潰す、そんな簡単な任務ではない挙句、失敗が許されない状態。故に、桜木のような幹部格が出ている。
「さて、と。ここさえ潰してしまえば後は林元総理の息子、林吉孝と、女雅美結衣の二人だけ押さえればいいしな。警察が動けるようならそっちは警察に任せてもいいわけだし……。とりあえず、ここを片付けて飯でも行こう」
桜木は、触れもせずに、扉のロックを解除して、扉を開けて、メイデンアジト内へと進入した。




