16.戦士達兵器達―8
「ふん、ならば殺すまでだ」
業火のその言葉を聴いて、奏は本当に、改めて、理解する。業火はもはや、業火ではないのだ、と。
奏には見えていないが、業火には流達がどうなったか、しっかりと見えている。
たった数秒目を離し、再度戻せば、業火は笑む。
(流石だ、カムイ。譲った事は少しだけ後悔しているがな)
業火は、流の死を確認した。見るだけで生きているか死んでいるか判断する力だってある。業火は、流が死んだ事を確認し、この戦いの勝利を確信した。
今更、奏を実験台として生け捕りにする理由なんて全くない。業火は容赦なく彼女を殺す事で、全てが片付くと思っている。
だが、業火のその笑みを、許さない女が、目の前にいるのを忘れてはいけない。
業火の笑みを見て、奏は爆発的に加速していた。業火が奏に視線を戻したその時には、奏の飛び蹴りが業火の頬を叩いていた。
「ッぶ、」
業火の身体が放られたボールの様に飛んだ。が、奏が着地したと同時、業火はまだ、床に足をつけていないというのにも関わらず、空中で体制を立て直し、そのまま、跳ね返る様に、稲妻と共に奏へと突っ込んできた。
真正面からそれを受け止めた奏は、突き進む業火と共に一瞬にして後退させられる。一直線の道の端から端を一気に駆け巡る様に奏と業火は飛んだ。
業火が急停止すると、奏のその矮躯だけが一気に吹き飛んだ。電柱へと叩きつけられ、地面に奏が落ちると、業火が既に彼女の目の前に立っていた。彼女を容赦なく見下ろしていた。
奏は、立ち上がれない。いくら衝撃を相殺したところで、その矮躯には限界がある。業火の容赦無い超能力をいくつも重ねたその攻撃に、その小さな身体は耐えられない。
起き上がれない。顔も、やっと持ち上がる程度だ。
業火は奏が既に動けない事を察した上で、一度、首だけで振り返る。振り替えって様子を見る。
(海塚か……?)
月夜の淡い灯りに照らされて、宙に無数に浮かぶ何かが確認出来た。が、それは業火達を狙っているわけではなく、離れた位置での戦場に降り注いでいるようだった。また別の場所を見ると、炎が立ち上ったり、台風の様な目に見えるハリケーンが確認できたりと、それぞれが必死に戦っている様子が伝わってくる。
が、業火が一気に距離を取ったため、まだ、奏を守りに走ってくる影はない。
視線は奏へと戻す。今度は奏は迫っていない。それどころか、僅かにしか動いていない。指先一本程度の機微な変化しかそこにはなかった。
瀕死だ、と業火は判断した。見てその通り、瀕死だった。全身の強打。人間である以上、死因としては十二分だ。
「恨みはないが、邪魔なのだ。悪いな」
業火は一応に、とそう呟いた。彼の右の掌は、奏へと向けられている。
そこから放たれるのは、範囲の設定が出来るマイクロウェーブ。電子レンジのそれであるが、科学的技術力を持ってしても反射一つでムラの出来るそれとはレベルが違う。全てが正確に、奏の体中の水分を振動させ、摩擦熱という言葉だけでは想像出来ない程の摩擦熱を起こし、それによる圧力の変化が皮膚を突き破り、肉片や内臓等、ありとあらゆる人体部位を爆発四散させるだろう。
これが、徹底的に殺す、という手段だ。跡形も残さず、消す。存在を殺す。誰がどうやっても、回復手段なんて生み出される事のない殺し。
これでこそ、完璧が徹底されたといえる。
故に、業火は容赦をしなかった。
だが、知らなかった。
奏が、死ねない事に。
業火が流の死を確認した時に、奏も気付いていた。流が終わった事に。そして良く理解している。超能力には、回復それは一切存在しない、と。
だからこそ、無我夢中で、頭が良く回っていなかった。業火を素早く殺し、すぐに流の様子を確認しに行く事で頭は一杯だった。だからこそ、最初の攻撃のその後の対処ができていなかった。そして、この様だ。
痛みはなかった。身体は動く気がした。だが、動かす気にはならなかった。顔も持ち上げたくなかった。耳に確かに業火の存在を知らせる様々な音が響いていたが、それに対しての反応をする気になれなかった。
これが、死期か、と思う程だった。
だが、そもそも、死ねない、という設定を埋め込まれた『この女』は、何があろうと文字そのまま、死ねないのだ。
だが、全身の血を抜かれようが、首を飛ばされようが、肉体を引き裂かれ用が、死なない、というわけではない。
神は、死体を蘇らせる事は出来なかった。近い事は可能だったが、あくまで別人を生み出すに過ぎなかった。そのため、彼女の創りだした死なないという設定は、死に繋がる状態に陥らない、というモノなのだ。
業火は、眉を顰めた。目に見えない超能力ではあるが、発動しているという事は自身が良く知っている。だからこそ、疑いつつ、疑えなかった。
奏に変化が一切ない事に。
それどころか、立ち上がったその光景を、現実だと受け入れる事が出来なかった。
散々投薬した。ドクトルがまだ未完成だから止めておけと止めたその言葉さえ振り払って自らが実験台として人工超能力の実験をこなした。そして、成功させた。それはただの運であり、業火自身がどうこうできたモノではない。
そこまでして、かけた運命だ。そうして手に入れた極限の力だと業火は自負する。
するからこそ、疑う。疑えずとも、疑ってしまう。
奏のその存在を。自身が手に入れてきたその力を。
「はぁ……」
その溜息を聴いた時、業火は戦慄した。
これは、最終手段であると同時に、『神からの』最終警告でもあった。
「……私と奏の幸せだ。それを壊そうとするならば、私は容赦しない」
見た目こそ変わっていない。だが、『気付いた』。何故、今までずっと、気付けなかったのかは、その姿を見れば明らかだった。
「神……三郷祈里か……!?」
姿は、変わっていない。あの時見た、三郷祈里こと神と何一つとして変わっていない。奏とは真逆な、美人という印象の凛々しい雰囲気を漂わせる、不思議な美少女。だが、今の今まで、どうしてか、その存在を奏として認識していた。
一体何がどうなっているのか、詳細まではわからない。だが、気付くと同時に、思い出していた。
奏は、殺されたという過去に。そして奏がいつから村へと戻っていたのか、思い出せない事に。
神が何かをした、それだけは気付いた。だが、何をしたかはわからない。そもそも、何をしたのか知る必要はない。
目の前にいるその存在は、奏ではなく、神であるという事実だけが重要だ。
だが、そこで留まれない。留まる事なんて出来やしない。
(玲奈……!!)
自身もまた、似たような罪を犯してしまっていたからだ。
業火は記憶改変を利用して怜奈を玲奈へと変えた。現実から目を逸らさずに、可能な限りの幸せを手に入れたと本人は考えていた。
だが、目の前の、その似た例を見ると、言葉にせず、考えもせずだが、どうしてか、胸が苦しくなった。
場は一転した。
だが、
「神か。久しいな」
カムイが、到着した。
業火は焦りのあまり背後に迫ってきていたカムイに気付けなかった。その言葉を聴いてやっと、隣に並んだかと思うと、業火を庇う様に前へと出たカムイに気付く事が出来た。
カムイは、ここで初めて、覚悟を決めた。カムイだって知っている。神には、負ける可能生がある事を。
だが、覚悟は最初から出来ているのだ。業火を守り切るというその覚悟は、だ。
「業火、ここは退け。郁坂流は死んだ。その事実は神でも覆す事は出来ないだろう。この勝負は私達、お前の勝利で終わる。お前がこの場で死ぬ理由はない。後は部下に任せろ」
「ッ!!」
業火は、言葉と同時即座に移動した。神の目から届かない所へと移動し、連続して移動し、一気に距離を取った。それでも、神の手からは逃れられない事を知っている。カムイに、頼む事しか出来ないと分かっている。
「……流が、死んだ?」
神が首を傾げた。




