16.戦士達兵器達―5
間に合う。流は一瞬の内にそう思い、思ったと同時には既に動き出していた。
すぐ懐に潜ってきていたのは小さな女だった。年齢は流と同程度だろうが、いかんせん身体が小さい。今の一瞬の動きを見る限り、移動系の超能力者である。
が、彼女が流の懐に自信満々に潜り込んでいたその次の瞬間には、流の膝が腹部に叩きこまれていた。何の超能力も使用していない。ただ反射神経と素早い筋肉の反応が、その一撃を繰り出していた。
矮躯の女が身体をくの字に折り曲げ、血を吐き出して流の足下に落ちる前に、目の前から迫ってきていた二人と、後方の二人が流へと攻撃を仕掛けていた。目の前の二人はそれぞれ炎と氷をまとっていた。きっと二人で一組で普段から行動しているのだろう、と流は彼等を見て勝手に想像していた。
そして、後方の二人は、全身から棘の様な鋭利な何かを突き出して迫ってきていた一人と、筋力系強化と思われる一人が先に出ていた。彼等、最初に迫ってきていた連中はやはり、近接戦闘向きの超能力者なのだろう。
だが、負けない。流は既に、すぐ近くに迫ってきている連中だけでなく、この廊下に跋扈する連中を全て、見ている。
目の前の二人が炎と氷を同時に飛ばし、流の目の前でそれらをはじけさせた。目眩ましのつもりだったのだろう。だが、見えている。目眩ましは通用しない。それどころか、目の前で爆発する様に弾けたそれら二つに背後から迫りくる影、空気の動きが僅かに反射し、流に情報を与えてしまっていた。
目の前、迫ってきた二人に対して流はただ刀を振るって対応した。炎と氷の二人が上半身を裂かれる様に断ち斬られ、血を吹き出してその場に崩れ落ちる時には既に流は振り返り、目の前に迫ってきていた二人の眉間にそれぞれ一発ずつ拳銃から銃弾を撃ちこんでいた。二人とも、攻撃を届かせる事なく床に落ちる。更に、その二人を乗り越えて全身真っ赤に染めた一人が流へと真正面から突っ込んできていた。銃口だけをずらすように咄嗟に反応して、流はすぐにトリガーを引いた。
だが、放たれた銃弾は、外れた。いや、正確には、避けられた。
(こいつも移動系か!?)
身を僅かに低くして流の放った銃弾を避けた敵は、流へと全身真っ赤に染めたまま突っ込んできた。が、流へと衝突するよりも前に、流の目の前に出現した黒い何かに吸収され、その場から姿を消した。
更に、その間に迫ってきていた一人を流は振り向かないまま刀を背中に回し、振り上げる事で容易く屠り、正面から迫ってきていた数名を指を鳴らして飛ばした稲妻によって撃ち落とした。
が、まだ、止まらない。
(どれだけの数がいるってんだ)
相川高校校舎二階の廊下には、敵が犇めいている。そしてその全てが、流へと向かって迫ってきている。校舎の破損も気にかける流にとっては、最も戦い辛い場所となっていた。超能力の強大な力を振るって雑魚程度ならば全てまとめて屠る事が可能だが、それが制限されているのだ。かと言って、そう易々と負ける事もないのだが。
(くっそ……業火の野郎。手段を選ばないで来たか……!!)
流だって分かっている、自身の存在の重要性を。
流は強くなりすぎた。その強さは零落一族が認める程であり、そして、敵そのものも当然それは認め、理解している。故に、彼が負けた時の味方への影響が大きすぎるのだ。
敵を連続して屠り続ける。超能力と物理的な攻撃を組み合わせ、迫ってきていた敵を斬り伏せ、隙が出来れば遠距離に攻撃を飛ばし中距離まで迫ってきていた敵を殺す。
だが、まだまだ数は減らない『見えている』流には分かっている。今、この校舎の何処を見ても敵がいて、流へと迫ってきている事が。更に、ある程度身を闇に溶かして隠れながらではあるが、校庭内にも大量の敵が潜んでいる事が分かる。
相手は全力で来ている。業火が屋上で見下ろしているのは分かっている。それに、一部幹部格とまで言える程の実力者が迫ってきている事も分かっている。敵は、全力できている。きっと応援を阻止する事は出来なかったと分かっていて、応援が来る前に流を殺してしまおうとしているのだろう。
流は戦いながら業火を見上げる。
(――いない!!)
屋上から、業火の姿が消えていた。
と、同時、校舎の外も『視る』。そして重ねて気付く。応援が来ている事に。
(間に合ったか!!)
大軍勢と――呼んでも過言ではない程の影が見えた。
が、更に重ねて、敵を屠りつつ、流は気付く。夜中の街中を闊歩する大軍勢の内半分は、敵である、と。
業火が見えた。業火が引き連れている大勢の超能力者が見えた。そしてその向こう側に、味方達のその姿が見えた。
「最悪だ……」
思わずそう呟いた。
業火は容赦を知らない。そして、目的のために越えなければならない今度ないであろう最大の障害を目の前にして、手段を選ばない気でいる。街中での戦闘をも、行う気でいるのだろう。
応援は読まれていた。そして、プライドをも捨ててNPCを潰そうと狙う業火は、全力でその応援を叩き潰そうとしている。流を、
「ッ!! 来たか……!」
「良く受け止めた」
カムイという超人類に任せて、数百名の部下達と、二人の幹部格をもカムイの補助として付け、更に、残りの超大勢を自身と共にNPCの応援を叩き潰すためだけに用意しておいて、そこまでして、だ。
「邪魔をするな。奏ちゃん」
「私の台詞だよ。体調悪い中出てきてるんだから、邪魔すれば短時間で殺すよ」
奏率いるNPCの大軍勢は、街中で業火とぶつかっていた。が、田舎町の所々に使われていない建物がある程度の場所で、人通りは少なく、目撃者もあまりでないだろう、と奏は運にも頼っている。だが、仮に、一人でも目撃者が出てしまえば、奏達はどうしても目撃者を庇うし、逃がそうとする。だが、業火達は関係なしに殺すだろう。故に、不利である。
そして、流は更に悪い環境の中に身を通じている。
「ッ!!」
振り向きざまに咄嗟に刀で受け止めたのは拳だった。
確かに、刃は立てて、拳を真っ二つにする様に構えて拳を衝突させたが、拳の方が、固かった。
流が後方へと吹き飛んだのは、拳が振り切られるがまま。敵の大勢すらを巻き込みなが流は廊下の端まで吹き飛んで、壁に背中を激しく打ち付けて床に落ち、やっと止まった。
「が……、ぐっあ、」
吐血する。だが、立ち上がる。一体何が起きたのか、理解が出来なかった。
立ち上がったと同時、流の右手に握られていた刀の刃が、砕け散った。余りに綺麗な音を立て、あまりに綺麗に粉砕されたそれを見て、流は思わず溜息を吐き出してしまった。
余りに、理不尽だ。ありとあらゆる物体をその超振動により切断する、とまで言われていたこの刀が、ありとあらゆる戦場で活躍してきていたこの刀が、超能力まで斬れるはずのその刀が、たった一撃で砕け散ったのだ。
「……それ程の相手だって事か」
口元の血を拭って、流は呟き、柄だけになってしまった刀を投げ捨てて、ナイフを取り出した。
見える。大勢の肉の壁の向こうに、佐倉を殺したあの意味不明な強さを誇る男を見つけていた。
拳一つで、今まで数え切れない程の人数の血を吸ってきた刀を破壊する程の何者かだ。
(それに、あの男だけじゃねぇ。他にも何人から後から入ってきてるな。業火とタイミングを合わせたか)
視界に影響されない流は気付いていた。業火が応援に駆けつけるはずだった奏達を邪魔しに出たと同時、幹部格二人と、雑魚が入ってきている事に。
(窮地、だな。負けねぇけど)




