16.戦士達兵器達―2
邂逅に気分を高揚させた朱乃に半ば無理矢理食事に誘われ、連行された燐は、近くにあった個人経営のカフェへと入り、いやいやながら昔話に華を咲かせる事になった。あの二年間はまだしも、その前までは本当に燐も、極普通に過ごしていた。その時の話しをする事事態は苦痛でもあったが、抵抗はなかった。
人の脳を食って超能力を得続けていたここ最近の事を、過去の事を話す事で忘れる事なんて出来やしなかったが、結果的にそれは燐の息抜きとなっていた。
心が浄化される、と言えば言い過ぎだと思えたが、悪い気はしなかった。
会話の流れでここ最近の話しにも当然なってしまったが、上手く誤魔化す事に成功した。
「じゃ、またね。燐」
「元気でな。朱乃」
連絡先を交換した事は、後悔していなかった。二年間引きこもり、その後異常な生活を続けていて、友人も失っていた。少し愚痴を漏らす事が出来る相手がいても良いだろう、と思っていた。
超能力制御機関の存在や、超能力社会の存在こそ知ってはいても、彼は結局まだ超能力社会に足を踏み入れた程度で浸かっているわけではなく、その危機感を抱ききれていないのが現状で、皆が抱く一般人を巻き込まない、一般人と交わらせないという覚悟は抱けていなかったのも事実だった。
「やほ」
「あぁ」
再度、朱乃と燐は会った。今度は偶然等ではない。連絡を取り、日時を決めて場所を決めて、会話をする、という理由でしっかりと予定通りに会った。
一般人と同様の日常を、徐々に取り戻していくという感覚に、燐が溺れ始めていた。
だがそれでも、定期的に燐は捕食を続けた。超能力制御機関の目を避けながら、その名、その存在を極力知られない様に、そして、一般社会の社会的立場も失わない様に徹底的に行った。
完璧だ、と自負していた。
だが、一方的にそう思い込むだけであり、完璧なんかではなかった。
人類に完璧なんてない。そこに超能力が加わり、超能力を使用する事で人間は超能力者となって完璧に近づく。だが、それも場合による。捕食では、超能力を得るという意味では恐ろしく貴重な存在ではあるが、その能力では、その痕跡を消す事までは出来ない。捕食により得た新たな超能力を重ねるごとに完璧へと近づくが、その道中、過程がどうしても存在する。
燐が捕食するのは超能力者だけだ。それ故に一般の範疇から漏れない警察連中は動きづらく、動けない。だが、捕食対象は超能力者だ。超能力者の内の大勢がどこかしらの組織に所属しており、組織として情報共有は当たり前だ。形は明確にならずとも、燐の存在が行動を重ねるごとに徐々に浮き彫りになってくる事は避けられなかった。
ある時から、ずっと目を凝らして探されていた。ある時から、その存在のみしか情報がなかろうが、指名手配を配備された。情報に賞金を付けられた。それが、燐が捕食によって完璧に痕跡が消せる様になる直前だった。間に合わなかったのだ。
いつからだろうか。燐はその始まりには気づけていなかった。被害者は燐をおびき出すための釣り餌として奴隷同然の能力者が情報と一緒に投げ出され、それにおびき出された燐が目撃され、捕食現場が目撃され、その後も後を付けられ、情報が一気に拡散された。
これが一般での出来事であれば、脳を喰うキチガイが出現した。ネット上でゾンビだの何だのと騒がれた少し奇妙な事件で終わっただろうが、超能力社会だ。燐が様々な能力を使って現場で人を殺し、喰う瞬間を見れば、複合超能力者であり、脳を喰う目的があると明確に分かってしまう。そして、どの程度危険な人物か、とも浸透する。そして、対策を練られる。
この場合、敵には猶予がある。いつ襲うか、どのタイミングで襲うか、等、燐が連中をマークしない以上は、一方的に、十二分な準備と観察を経てから襲撃を行う事が出来るのだ。
そして必然的に、朱乃が狙われる事になる。
超能力者は、一般社会に溶け込んでいれば溶け込んでいる程、人との繋がりを必要とされ、そして、無能力者という超能力者から見ればただの弱者が、弱点となる。燐の様に一般社会に重きをおきながらも超能力を振るっていれば尚更だ。
結果として、朱乃は囚われた。当時、関東近郊で一番の人員と力を保有していた『アルケミス』という団体に拉致され、人質として燐にのみ提示された。
人質である以上は当然、交換条件が出される。
派遣されたアルケミスの部下づてで燐へと提示されたその交換条件とは、燐のアルケミスへの所属である。それも、永久的に働け、という条件だった。燐の力を欲したのだろう。複合超能力者でありながら、その超能力を増やし続ける事が可能であり、且つ、奪った超能力者は必然的に死ぬ、こんな好都合で強力な超能力者はいないだろう。
考えてみれば、欲する気持ちも分かった。
だが、現実だ。人間は死ねば全てが終わるし、その後があったとしても現実世界に干渉出来る可能生は圧倒的に少ない。
「……殺す」
怒りに満ちた燐から漏れた声はただそれだけだった。
現実だ。結果として、力こそが全てである。『有り得ない』話しだったとしても、人を自分と必要な数以外を殺せば、それだけでその者の圧倒的な勝利が提示されるのは間違いない。提示する相手は、既にいないのであるが。
その力を、燐は持っていた。
だが、経験は少ない。
行動と存在を秘匿にするために一人のみを一方的に相手してきた燐にとって、団体、組織が相手になる場合の戦闘経験なんて、あるはずがなかった。
指定された場所が都内の発展した場所だった事を知って燐は眉を顰めた。今まで超能力社会をはっきりと知らなかった事で、こんな人目につく街中にあるのか、と驚いていた。
だが、関係ない。
既に万能へと極力まで近づいていた燐からすれば、現場に到着する十数キロ前から朱乃の正確な位置と現状を把握する事なんて容易かった。
結果として、燐は一瞬の内に朱乃を助け出し、力の限りを振るって当時最大勢力であったアルケミアを一時間もしない内に壊滅させたのだ。
この事件は超能力制御機関が滅びるまで結局、その犯人が燐である事は知られる事がなかった。つまり、生存者は零。目撃者も零という完璧な状態を作り上げたのである。
この一件で、燐は対団体との戦闘経験も得た。そして同時、朱乃に超能力の存在を知られてしまった。
超能力社会に未だ浸っていない燐は素直過ぎる程正直に全てを朱乃に話した。燐自身の捕食の事もだ。
引かれるだけでは済まないと思っていた。最悪社会的にも殺され、朱乃との友情も崩れると思っていた。
だが、拉致された経験が彼女に人間としての本質と、死の恐怖を教えたのだろう。一般的に言えば、朱乃は狂った。超能力社会的に言えば、彼女は進化した。
故に、否定も拒絶も一切なかった。友情ではなく、愛情であった。
「超能力って、すごい綺麗だなって思えた。燐を見てるとね」
それから数年間は、燐は徹底的に超能力社会から身を隠した。超能力制御機関はもとい、全てからでもある。それは、朱乃と共に幸せを勝ち得るためだ。
が、この時点で燐は、この時代からとっくに存在した超人類の例の団体から、目を付けられていた。超能力制御機関から見つからなくとも、彼等はまた上の存在。その目から逃げ切る事等叶わない。
だが、燐は超能力の数を増やして超能力者という枠から外れかけはするが、結局、超人類には到達しなかったのだ。故に、団体からの監視は意味をなさなかった。
朱乃と共になって二年目には、業火が生まれていた。
業火が燐の血を引いて、超能力者となる事は生まれて初めて目にした瞬間から分かっていた。




