4.雷神―7
そして、氷の塊は反対側からも猛スピードで跳び、恭介の脇から仕掛けようと接近していた男を吹き飛ばし、叩き、壁に叩きつけて潰した。一見して、死んだと分かる具合に、だ。
残るは恭介の正面に立つ怪力の男が一人。互いとも既に距離を縮めていた。男の豪腕が恭介の顔面に迫っていた。だが、恭介は身を翻してそれを交わし、右手で男の顔面を鷲掴みにして、雷撃で一蹴した。
あっという間に恭介達の周りには死体が転がった。
琴は戦闘用の超能力を持たない超能力者だ。唯一の非戦闘超超能力の幹部だと言っても良い。
だが、彼女にはその戦力を補う程の体術がある。相手が超能力者だろうと、触れる事さえ出来てしまえば、なんて事はなかった。
丁度、恭介が最後の一人を倒したと同時だった。恭介の肩にポン、と手が置かれた。恭介が振り返ると、そこには琴の笑顔。
「おつかれさん。さぁ、奥に進もうか」
そう。この数、この状況でも、琴の方が素早く敵を片付けていたのだ。彼女の実力はそれほどにある。いくら恭介の超能力が増えるとはいえ、暫くは彼女の強さには及ばないだろう。
全てが見えている琴に先導され、恭介達が続いて奥の部屋へと行くと、小さな応接室のような場所に、見つけた。
縛られている、婦警。まだ、若い。口下をガムテープで封じられていて、発言はできそうにないが、意識はしっかりしている。部屋に入ってきた三人に、視線を向けた。
そして、そのすぐ側。二人の男がいた。見てくれはいかにもな二人組。この麻薬組織アルケミアの幹部格以上の人間、というのは風格と雰囲気ですぐに察する事が出来た。
二人と人質の視線が、恭介達に突き刺さる。
嫌な雰囲気だった。明らかに敵対している、ぶつかる視線の数々。
「超能力者……NPCってやつだな」
男の内の一人が言った。睨んでいる。三人を。
「その婦警さんはどうしたのかな?」
冷静に、琴が訊く。
「四課の人間。それだけ言ってりゃ分かるだろう」
もう片方が唾を吐き出すように、言った。
「四課……?」
恭介が首を傾げて琴に説明を求めるが、
「きょーちゃん。後で説明するね。それより今は、あの婦警さんを助けるのが先。もう超能力を見てるみたいだから、暴れていいよん」
琴はそう言って説明は後に回した。
四課、単純な話、裏に関わる連中のことだ。
「暴れるのは構わないけどよぉ。俺達に勝てると思ってんのか? あぁ?」
片割れが一歩前に踏み出す。良く見れば、顔に傷がある。何かで切りかかられた経験でもあるのだろうか。調理中の怪我、では済まされないような傷だった。
傷の男はその両手を広げた。そして、そこから――発火。ごう、と音を立てて、両手の掌の上で炎が踊り始めた。恭介が保持する超能力、着火の熟練度が高いそれに見えた。
そしてもう一方の男の手には、――鉄、か。銀か。鉛か。一番近い表現が、水銀か。何か、銀色に輝く液体のようなモノが、彼の手の上で球体となって踊っていた。
なんだ、あれは、と初めて見るそれに恭介は目を凝らす。
ビー玉大のものから、ソフトボールの球くらいの大小様々な大きさの水銀に見える球体が、掌で回転したり、移動したり、と踊っている。見ただけでは、どう使うのかも、どういう効果があるものなのかも、検討がつかなかった。
傷の男は即座に駆け出して、恭介達に迫ってきた。だが、完全に距離を詰める気はないようで、ある程度距離を詰めた所で、その両手を振るい、その手中にあった炎を増大させ、炎の波を恭介達にぶつけた。
周りの壁から家具から何から何まで燃え上がっていた。
が、それに迎え撃つは桃。水の超能力。桃が氷にしての使用ばかりするが故、その造形の正確さや、威力、美しさから、周りからは『氷華』と呼ばれるその超能力だ。が、正確なそれ、として名付けられた彼女の超能力の名は、『水分圧縮』。
桃が両手を広げると、どこからともなく大量の水が出現する。それは、決して空気中の水分を集めている、圧縮しているという現象ではない。超能力は、科学では説明のつかない現象なのだ。
その、どこからともなく出現した大量の水分は少し進んだ所で一瞬にして氷へと変化し、恭介達を守る壁となる。
炎と氷が衝突する。と、今までに訊いた事がない程大きな蒸発音が部屋に響き続け、更に、相手側には水蒸気が大量に発生しているようだった。
暫くは、どちらとも動かなかった。氷の壁にぶつかる炎の壁のせいで、恭介達から相手の様子は全く見えなかった。
硬直状態。かと、思われた次の瞬間だった。
先に動いたのは桃だ。氷の壁を――水に戻した。すると、炎による蒸発の速度に負けない量の水が、相手側に思いっきり降りかかった。まるで、波打ち際にいるかのような波の音が、部屋中に響いた。
超能力で出現させたその水は敵二人と縛られたままの婦警を壁に打ち付けた所で、波が引くように消滅した。桃の出現させた水による被害は部屋にはなかったが、壁際の窓数枚が、先程の吹き続けていた炎によって溶かされ、急に降りかかった水により冷却され、変に歪んで固まっていた。
相手が立ち直るよりも前。恭介と琴が連中に接近していた。
琴は炎を使う、傷のある男の方へと、そして、恭介はあの謎の力を使う男の方へと。
四人が、衝突した。桃は即座に直進し、縛られた婦警の下へと駆け寄った。
桃は彼女を捕まえると、立ち上がらせ、そのまま部屋の外まで導いた。
その間にも、事は動き続ける。
恭介が態勢を立て直したばかりの男の両手首を押さえ込んだ。あの謎の球体は掌の上で踊っていた。掌から出現させるモノだと思ったからだ。
飛びかかった勢いのまま、恭介は相手を押し倒し、馬乗りになって、手首を押さえ込んでいた。相手は掌を向けなければ、あれを使う事は出来ない。そう見えたから。
だから、そのままの流れで恭介は雷撃を放った。両掌からだ。
雷撃で放たれる電流は恭介の腕から、相手の手首を伝って相手に流れ込むはず、だったが。
どうしてなのか、相手は身体を痙攣させやしない。それどころか、馬乗りになった恭介を睨んで見上げ、そして、彼の顔の横辺りから――先程見た、ビー玉大の水銀に似た何かが出現した。
「!?」
その水銀のような何かは、その形を一瞬にしてぐにゃりと変化させ、そして、恭介の顔目掛けて突き刺さるかのように、棘となって伸びてきた。
恭介はギリギリの反応でそれを避けた。が、それによって結果、恭介はその男から飛び退く事になり、彼の動きを解放してしまった。
咄嗟の判断で恭介はバックステップして相手との距離を取った。そして、相手を見ると、彼の周りに、大量の大小様々な水銀を浮かばせた状態で、ゆっくりと立ち上がっている男の姿が見えた。彼の超能力は、何も掌上のみで発現するモノではないらしい。
「くっそ」
恭介が吐き捨てる。
今の時点で分かるのは、あの水銀のようなモノは自由に形を変化させるという事。そして、それが攻撃方法になる、という事。
今の男は、身体の周りに無数のそれを浮かばせて、躍らせている。恐らくあれは金属で、恭介の雷撃もあの塊が盾になる事で防がれてしまう。
触れる事が難しい相手。そして、相手は遠距離でも多少なら攻撃を届かせるだろう。
(また面倒なのが現れたな……ッ!!)
恭介は、どうするか、と考える。超能力を奪うにしても、何の動作もなしに、あらゆる報告から攻撃を仕掛けてこれる相手に五秒間も接近して、触れていなければならない。故に強奪は相手を無力化するまで使えない。




