15.再始動―7
そんな流の度胸を、真正面から見て、生意気なガキだな、なんて思えなかった。目を見ればわかる連中だ。流がいくつもの死線をくぐってきた事は、すぐに分かった。
が、この時、音色は口にしなかったが、奏の中に眠っている違和感に気付いていた。千里眼の効果だ。はっきりと何がおかしいと気付ける状態ではなかったが、何かがおかしいのは間違いない、と言い切れる状態ではあった。
その後、書類だの何だのを作成し、より細かい話しを固めた後、流達は長谷夫妻の元から出発した。
想定していたよりも幾分も早く事が片付いたため、どこかに寄ってから帰るか、と思いながら車を走らせている中、暫く『待っていた』流だが、奏が意図的か、無意識か触れなかったため、流は運転しながら敢えて話しを聴く事にした。
「ところでさ」
「何?」
「NPCって何」
単刀直入に聴いた。今更遠回しに問う理由もないだろう。
問われて、あー、と考える様に少し唸った奏は、数秒してから応えた。
「急いで考えたんだから笑わないでよね! 名前がないと示しが付かないって思ったから」
「だから何だよ。別に笑わないよ」
「……えっと、流と、瑠奈ちゃんと、純也君の頭文字とって、NPC」
「は?」
「流、ポンチョ、チェイサー」
「…………、」
「…………、」
「あ、あぁ……」
「なんでこんな辱められなきゃいけないのよ」
身悶えしそうな謎の恥ずかしさを感じながら、奏が溜息を吐き出すと、フロントガラスが一部分だけ曇ってすぐに晴れた。
「なんで奏の頭文字は取らなかったんだ?」
「あーうん。急いで考えたから、自分を外しちゃったのかも。外したっていうか、考えてなかったっていうか」
「そうだったのか。まぁ、助かったよ。俺は正直戸惑ってた」
「あはは。それに、私はいずれ、流と結婚するから。ひとまとめにしてもらっても良いでしょ?」
「ん、あ、あぁ、そうだな……」
結婚か、と思った。
そう遠くない昔、そんな話しをした様な気もした。全てが終わったら、と条件付けした記憶もあった。
(全てが終わる時っていつなんだろうな。っていうか全てが終わった時、どうなってるんだろうな。俺自体も、社会も、超能力も、記憶も)
そう思ってしまう程、どれくらい先の事になるのか分からなかった。
「いつ、結婚するかなぁ……。なんだかんだ、村から出て一般社会に紛れてるからな。手続きさえすればすぐだろ。金はあるし」
「全てが片付いたら、とか言ってなかったっけ?」
「あぁ、そうだけど、そもそも……全てが片付いた時って、いつ、どんな条件が揃った状態なのかな、って思ってさ」
流の言葉で、一瞬間が空いた。奏もそこについてはやはり、明瞭には出来ないでいるのだろう。
暫くして、車が信号に引っかかって停車した所で、奏が口にした。
「そうだね。全てが終わった時って、もしかすると誰かが死んでるかもしれないしね。私か、流か、もしくは両方か。そんなの嫌だし、……そうだねぇ……」
「何だよ。どうした」
「決めよう。私、結婚したい。女の子だし」
「何だよ。何か様子がおかしいぞ奏」
妙に浮ついている様子の奏にどことなく愛おしさを感じながらも、流もそう思った。
金はある。社会的立場も一応にある。家もある。結婚、という設定ができるだけの状況は揃っている。形だけで良ければ今すぐにでも出来るくらいだ。だが、今すぐにした所で、落ち着いて暮らせるはずもない。今は危機的状況だ。業火達が何かをしでかそうとしているのだ。
絶対に、良くない何かだ。それを阻止する事で一杯一杯で、他の事を考えている余裕なんてない程に。
「そうだ。うん。じゃあ、決めるね」
「決めるのか」
「うん」
「で、何だよ」
(プロポーズもくそもねぇな)
「……うーん。考えとく。でも、できるだけ早い内にしとく」
「結局決められねぇのかよ!」
二人はそう言って笑った。そんな形だけのモノ、名前だけのモノが、実際に欲しいわけではなかった。既に結婚している様なモノだ。そういう類の一歩進んだ信頼関係は既に出来がっている。
後は、戦う必要のない環境が、欲しかった。ただ、それだけだった。
NPCという名前が看板として掲げられ、流達は動き出していた。僅かに、ではあるが、離れた土地で同じ名前で活動する長谷達がいるために、よりその名前は浸透していた。勝手な想像も勝手に広がり、NPCという組織が急速に日本各地に勢力を広げている、という話しまで出てきていた。が、関東近郊の人間には当然、まず郁坂流という名前が出ている。
郁坂碌の名で売れた、郁坂家の郁坂流という人間が、超能力制御機関に売って変わろうとしている。という話しが出始めていた。
当然その話しは、広がった分、様々な組織の耳にも入る。
業火はもとより、今、流達と逆の立場にある人間達にも、だ。
流達がこのタイミングで上へと上がろうとしている。が、超能力制御機関のいない今、抑止力のないこのタイミングで、力を振るう側で、名を売ろうとしている者達がいる。
超能力制御機関と、リアル、リベリオンと変わらない。郁坂流、NPCという名前をその手で消滅させる事で、一気に名前の価値が跳ね上がるのだ。
今度は、直接狙われる。超能力制御機関という名前も、神流川村という隠れ蓑も、アジトすらない。あるのは数名の人数と自宅。それだけだ。
が、そんな事、流達だって十分承知している。
「アジトを、作らなきゃならないな」
晩食の場。リビングで流がまずそう呟いた。それぞれ奏の作った晩御飯を目の前に、食しながら話しが進む。
皆、いつ敵が襲ってくるか分からない、という状況を知っているからこそ、皆が頷く。
「そうだね。でも、いくら田舎って言っても、ここ都内だからね。そうそう作れる場所が近くあるとは思えないけど……」
純也が言う。現実だ。そもそもそれだけ広大な土地が売ってない。流石に今の流達に都が抑えている土地を買い奪う事は出来ない。
それを踏まえた上で、瑠奈が問う。
「前のアジトは結局どうなったの? あれ以来どうなったのか知らないけど」
「あそこは一旦、優流さんが全拒絶で数えきれない程の死体を片付けて……、で、封印されてるんだったはず」
奏が応えた。それは流も知らなかったようで、封印? と首を傾げた。
「うん。封印。っていうか、場所が分からない様に、誰も入れない様に、いつか、使う日が来るかも知れないからって一応存在自体は残してあるみたい」
「うーん。だとすれば、前のアジトには手を出したくないな。優流さんも何か考えているのかもしれないし、それを邪魔したくない」
「そうだね。やっぱり新規作成だよ」
「うわー。場所探しと手続きだけだけで相当時間が掛かりそう……」
「候補探しからか? ツテやら何かないかな」
流も深刻にこの問題について考えている。時間はないのだ。いつ、敵が襲ってくるかも分からない。ただ単純に、折角購入した一軒家を壊されたくもなかったし、安住の地にしておいてゆっくり生活をしたいという気持ちもあった。
だからこそ、
「堂々と事務所を構えちゃったら? なんかヤクザみたいだけど」
瑠奈があっけらかんと言う。
そんな馬鹿な事を、と思ったが、そこから、話しが広がるのだ。
「いっそ、堂々とした施設の裏にでも隠すか。そうすりゃ手も出せないだろ」
「いやいやいや。流、流石にそれは無理だって」
奏ですら呆れる提案。だが、できれば良い事は分かっている。
「堂々と名前を出せて、且つ、敵が攻撃出来ない場所っていうのはわかるけど、ねぇ」
瑠奈も流石に、とそう呟く。
「でも、これから規模もどんどん大きくなっていくだろうし、それなりの敷地があった方が良いね。練習場みたいなのも併設するなりしてないと、超能力が発現したばっかりの人達の処置も出来ないだろうし」




