15.再始動―5
「ありがとう、ございます」
と、静かに、千佳が頭を下げた。市華も続いた。市華も、千佳も、不安だった。
超能力が発現してから、リーダーと出会ってリーダーに導かれるまま動いていたのだろう。だが、超能力社会に足を踏み入れてから、頼りだったリーダーを失ったのだ。不安で、仕方がなかっただろう。場合によっては後悔もしただろう。こんな世界に足を踏み入れるべきではなかったと。
だが、今、彼等は一歩、自ら進んだのだ。まだ、命のやりとりの覚悟が出来ている様には見えないが、それでも、一歩進んだのだ。これから更に邁進すべく、彼等はもっともっと、先に進む。
ICを取り込んだ事で、ICリーダーである島流水樹を含め、流達は七人の団体へと一歩進んだのだった。
ICを取り込んでからは、先の事を見据えるのを第一と考え、任務に出る回数は多少減らし、ICメンバーの任務に出れるまでの特訓を積ませていた。と、同時に、新たに、協力者を探す事にした。
ICメンバーが増えてからもそうだが、やはり、人数がいる事に越した事はない。ICメンバーが任務に出れる様になってから、やはり手を伸ばせる範囲が広がっていた。その効果は少数であっても絶対的で、流達は判断し、団体を増やす事の優先順位を上げる事にした。
敵が流の噂を聴く、と同じで、流も超能力社会にいる以上は、他の超能力者の話題を耳にする事がある。
ここ最近、良く耳にするのは『千里眼』という名前だった。恐らくは超能力名なのだろう。見る力である事は間違いなく、後援役でここまで名が知られる超能力者は、珍しく、流以外の大勢も千里眼には注目していた。
注目されるには当然理由がある。多くの要因、理由があるが、その中でも群を抜いているのが、血筋全員がその超能力を保持しているという事だ。必ず受け継がれる、という零落一族とはまた少し違う超能力一族である、という事だ。
「千里眼か……」
自室で一人、純也に頼んで出してもらった資料を見漁って、流は溜息を吐き出した。
今の流にも、見る力は備わっている。それも知る限り、相当強力なモノだ。
必要なのか、どうかは、問題ない。流は千里眼と接触すると決めていた。強力な超能力者を放置していれば、単純に、どんな場合であろうと、業火が仲間内に引きずり込んでしまうかもしれない。今もなお、業火は自身の目的のために手段を選ばずに人員を増やしているだろう。雑魚ならともかく、強力な人員を増やされるのはまずい。守りを固められればそれだけ、攻撃が仕掛けにくくなるという事だ。
見る力だ。絶対的な監視能力。それをみすみす手渡すわけにはいかないだろう。
千里眼がいるとされる場所は、運良くも関東近郊。車を出せば数時間で近辺には迎えるだろう。が、問題はある。
千里眼が組織に所属していない、という事だ。組織に所属さえしていれば、頭一人を言葉、最悪力で丸めこめば良いが、フリーとなればそう簡単にいかない可能生がある。
それは、超能力者であり、人間であれば、わかる。死を覚悟していれば、最悪だ。人間である以上、生物である以上は、死ねば全てが終わってしまう。どれだけ強がっている人間でも、その内の多くが死ぬ直前で今までその口で吐き出していた事のほとんどを虚実だった、と、認め、必死に命乞いし、どんな過酷な取引条件でも呑む様な状態に陥るが、死こそ全ての終わりだ、と気付き、覚悟している人間は、超能力者、無能力者関係なしに、厄介な事この上ない。
死ぬ覚悟のある人間は、目を見ればわかる。人を殺した人間も、わかる。生き物は目を見れば、語るべき事がわかる。語りたい事もわかる。そこまで気付いている人間は、極少数だ。だが、その内の大勢は超能力者であり、そして、それを知っているからこそ、強くなる。故に、強者が、死を本当の意味で覚悟している事が多い。
今回は立場や関係上、最悪殺してしまっても問題はないのだが、可能であれば、人員を増やす事も兼ねて仲間内に引き入れたいと思うのが、当然だ。
手元の資料をデスクの上へと置いて、流はパソコンの画面に視線を移した。明日以降のメンバーの決まっている分の、ある程度の行動予定が入っている。大まかに打ち込まれたモノばかりだが、一目見て、わかる。
「仕方ない。明日、俺だけで行ってみるか」
「どこに行くの?」
呟いた流に、タイミング良く部屋に入ってきた奏が問うた。
「千里眼の所に、だよ。最近良く話題になってただろ?」
「あー……うん。なんか最近良く聴くよね。美人だとか」
「美人? いや、それは初めて聴いたんだが」
「ま、冗談はともかく、」
「……冗談?」
「見る力だったっけ。名前の通りの。ここ最近、その力で何かと顔出してるみたいだね」
「そうみたいだな。話しを聴く限り、俺達と同じように行動していると思いたい。少なくとも、業火と手を組んでるとは思えない行動だ。動くなら今のうちだろうと思ってね」
有名になる理由は、いくらでもある。先のそれにもプラスして、名前を自ら売っている、という事もある。だが、姿はあまり知られていない。何故か、本当に、名前だけを売っているからだ。
仲間が、いるのだろう。フリーとして動く千里眼の持つ、何かしらの目的に強力をする、協力者が。彼等を使って、数々の組織の行動を邪魔しているのだ。その組織についても純也は既に調査済みで、流はその情報を持っている。いずれ、流達ともぶつかるであろう組織ばかりだった。
故にきっと、志は同じだろう、と思いたいのだ。
「そうだねぇ……でも、仮に、敵だったらどうするの? っていうかまた一人なの? たまには私も連れてってよって」
「いや、お前まだ体調良くないだろ……」
「いいから。明日は連れてってね」
「……あぁ、分かったよ。無理はすんなよ」
「無理させないでよね」
「…………、」
奏はずっと抱いていた、待っている不安、というのを打破するために、自らそう、行動を起こしたのだ。流が断れないのは承知の上で、無理は自然に通したのだ。分かった上で、ついていくと言ったのだ。
奏も、動かねばならない。自身のためにも、だ。
「千里眼、ねぇ……」
ドクトルはあまり興味を示していなかった。
「お前はもう少し後援役の超能力者、超能力にも興味を持つべきだ。攻撃系の超能力者ばかりじゃないか、研究対象も」
呆れた様に言って、眉を顰める業火は、壁に寄りかかったまま腕を組み、ドクトルの実験を見ている。
ここ最近は業火では見るだけでは分からないような薬品の取り扱いや、それに伴う超高級な機械を操作して、とあったが、いくら保存してあるとは言っても、日々劣化する素体を放置は出来ないのだろう。一日最低でも一人は実験材料にはしているようである。
ここまでで、既に『試験段階』は突破していた。後は、形にするだけだ。
「そういえば、俺に頼みたい事がある、と聴いていたんだが」
「あぁ、そうだった」
手を止めず、ドクトルは業火に呼び出した理由を話す。
「とりあえず、その千里眼とやらはどうでも良い。お前達に任せるさ。それより、だ。半分は提案なんだが、……どうだ、表社会にも土台を置かないか」
「表社会に土台?」
何を言っているんだ、と業火が眉を顰めたが、返事がない事で察したのだろう。ドクトルは自ずと語りだした。
「単純な事だ。会社をつくろう、と。金はある。田口の名前等を無理矢理使って規模を大きくするための時間は一般人だけで使ったそれよりも圧倒的に早いだろう。会社を大きくして、業火でも、誰でも良いから名前も売るんだ。会社と同じな。そうすれば、一般人には知られる。そして、一部の上に潜んでいる人間から、声がかかる。そうなれば、超能力制御機関の様な組織でさえ、手が出せなくなる。何故今までそうする組織がいなかったのか不安に思うくらい良い手だと思うんだが」




