4.雷神―5
桜木はさてと、と言い、辺りを見回した。そして、琴に問う。
「何か目立つモンはあるか?」
「ないねぇ」
千里眼で壁等関係なしに全てを見通せる琴が首を横に振った。
「じゃあ、手探りで探すしかないな。恭介、桃ちゃん。もう敵はいないっつっても、これだけ騒げば警察に通報がいってるはずだ」
「後一○分くらいでくるかもねぇ」
琴が遠くを見据えてそう言った。彼女には、向かってきているパトカーでも見えているのだろう。
「だから、それまでにここを探って、脱出する」
桜木のその指示で、それぞれがこの広い屋敷の中で散り、散策を始めた。今回の件に関わっていそうな証拠品は全て回収する。
今から確かに、通報を受けた警察連中が来るだろうが、問題なのはその一時だけで、後の処理は問題ない。何せ上からの圧力が掛かるのだ。そんなドラマのような話が現実にある、と桜木達は既に知っている。
結局、この極道連中が、芸能人兼歌手である、押田護との繋がり自体を証明できる証拠はなかったが、ここの組織が、ジェネシスの何らかの組織と、とあるバイヤーに繋がっているという証拠が、組長のモノと思われる携帯電話から出た。
13
「今回の任務だ」
翌日。NPC日本本部会議室。日曜出勤を課せられた恭介と桃、それに琴は会議室にて、流に資料を渡された。
資料を受け取り、それぞれが目を通す。
「これって、」
全てに目を通し終えた琴が言う。
「桜木君が動いてる任務の……?」
流は頷いた。
「そうだ。お前達が奇襲を駆けたあの極道組織との繋がりがあった麻薬のバイヤーの、組織だ」
恭介達が視線を落とす資料には、今回の目標となる組織の名前『アルケミア』という文字が書かれていた。そして、その下には、ジェネシスに関係する、超能力団体、とも。
「でも、これ、超能力団体って書いてあるけど」
恭介の突っ込みに、流はそうだ、と応える。
「世界中に超能力者はいるからな。NPC、ジェネシス、そのどちらにも所属してない便利道具として使われる人間だって大勢いる。今回のはそんな連中の集まりだろう。とは言っても、超能力を武器に無害な一般人を脅しているのは分かっている。悪用は許されない。思いっきり潰してこい!」
がはは、と笑って流は恭介の背中をバシバシと叩いた。
その後、三人はNPC内のまた別の小さな部屋へと移動し、今回の件のブリーフィングをする事にした。
資料を捲って目を通しながら、この班の隊長役である琴が話を進める。
「アルケミア……とやらを潰すだけの簡単なお仕事だねぇ」
その言葉に二人は頷く。
「まぁ、アレだな。木崎の時と同じで、潜入、撃破の戦闘で解決、になるんだろ」
恭介が呆れたように言う。また、戦いか、と言った感じだろうか。
「きょうちゃんの超能力を慣らすいいチャンスだねぇ」
「そうだね。きょーちゃんはこういう暴れる事のできる場所じゃないと思いっきり使えない超能力もあるだろうし」
「それもそうか」
練習場では、限度がある。確かに広い空間だが、他に練習している人間もいる。人を巻き込むような超能力は練習に制限がどうしてもかかってしまう。
その一方で、敵陣では思いっきり暴れる事が可能だ。つまり、超能力を制限なく、使える。慣れ、が成長の重要な部分を担っている超能力では、実戦での使用が一番良い、という事なのだ。特に、強奪はそうである。確かに協力な戦力となる強奪だが、弱点がある。それが、味方には使ってもメリットが全くもってない、ということ。味方だらけの練習場で、強奪を使う機会等ない。
強奪に限っては、敵との戦闘でのみ、成長するのだ。
故に、恭介『が』成長するためにも、恭介はこうやってどんどん進んで、任務にでなければならない。
強奪は特殊中の特殊な能力だ。超能力を奪い、相手を無力化しつつ、自身の所持する超能力を増やしてゆく、という聞こえだけで言えば最強の超能力である。対象の超能力を複製し、自身の超能力を増やす、という超能力者は存在するのだが、それでは相手を無力化出来ない。
今の所、唯一存在する、超能力者を『完全な』無能力者にする力なのだ。
誰もが恭介を重宝する理由が、これだ。彼のその力は、NPCの希望でもある。
麻薬密売組織、アルケミア。琴がこれについての情報を仕入れてくる、ということでその場はお開きとなった。
十月中旬。後半に差し掛かってきた辺りだ。学校では文化祭の準備が勧められ、皆の活気がたってきた。
恭介達も当然、その作業には参加する。学生である今は、あくまで学業を優先しなければならない。学生を辞めてNPCの所謂『社員』として過ごしても良いのだが、高校生だからこそ、できることもある。
疲れてきていた。今まで普通に過ごしていた、普通の高校生だったからだろうか、NPCとの両立で、少しだけ、本当に少しだけ、気が疲れてきていた。恭介も最近になって、それを自覚し始めた。
この前、疲れていると感じてNPCを休み、典明達と御飯を食べにいったばかりだが、また、もう一度ゆっくりしたいな、と思い始めていた。
だが、そんな時に限って、面倒事を持ち込む人間もいる。
「皆、聞いてくれ」
昼休みのことだった。いつのもメンバーで向き合って昼食を食べながら話をしていると、不意に、いつになく真剣な面持ちで、典明がそう話出して注目を集めた。
「いつになく真剣だな。どうした?」
恭介が眉を顰めて訊いた。どうせ、ろくな事ではないだろう、と思っているのだろう。
「お、なんか真剣だねぇ! 典明のくせに何抱えてんの?」
最近、また一段落して元気を取り戻してきていた蜜柑が問う。どこか嬉しそうなのは何故だろうか。
メンバー全員の注目を集めた所で、典明は一度の咳払いの後、深呼吸をまたいで、そしてやっと、言った。
「俺、彼女できた」
その言葉を訊いた瞬間、恭介の隣りでお茶を飲んでいた桃が吹き出した。
恭介は箸でつまんでいたプチトマトを弁当箱の中に戻すように落とし、蜜柑は何故か大笑いし始め、琴は目を見開いて驚いていた。
そして、
「まだ暑い日もたまにあるからな」
恭介が言ったその言葉を皮切りに、
「典明君、嘘は良くない。本当に」
桃が続き、
「あーはっ、ははははは! 典明ぃ、あんたなんでこんなタイミングで冗談突っ込んでくるのよ。あはははははは」
蜜柑が泣く程に笑い、
「まぁねぇ。そうだよねぇ。この国じゃあ幼年幼女とは付き得ないしねぇ」
と、琴が意味深な事を呟いて遠い目をしていた。
「なんで誰も祝福してくれないんだよ!」
典明が一番、泣きそうな表情はしていた。
典明が言う。
「いや……マジなんだよ。残念ながら。俺、一昨日から、彼女いるの。もう一回言うけど、マジで」
典明のその、辛辣な言葉に、ようやくこのメンバーばその真実というモノの存在を把握し始めた。全員が、無表情で固まっていた。全員、今、必死に頭を回転させて、現状の整理をしているのだろう。
ロリコンで有名で、その世界でも名を馳せているような男に、彼女が出来た。今までそんな雰囲気の相手がいたとも思えないような人間に、突如として彼女が出来た。
「典明、絵なり壺なり、売られそうになったら、言えよな。俺が友人代表としてとっちめてやる!」
「そんなんじゃねぇよ! 普通の彼女だっての!」
「あははははは! ひーっ、ひっひ、くふふ……。典明、捕まるよ?」
「捕まんねぇよ! 同年代だっての!」
「典明君、ついに人間を諦めて……」
「桃ちゃんいつになく酷いな!」
「典明君。それはきっと、誰かに魅せられた幻覚だよ」
「長谷さんまで何言ってんのさ!?」
とにもかくにも、典明の言葉に、信憑性がない、という事実だけは明瞭だった。




