14.最後の防衛―10
流が、出る。
刀を携え、武器を携え、流は鈍っていた身体を奮い立たせる。
「業火の野郎……ッ!!」
玄関を出た時点で、流は大勢の視線を集めた。敵の大勢も、味方の大勢も。
味方達は、歓喜した。死にかけとまで言われていた仲間が目覚めたのだ。嬉しくないはずがなかった。が、対照的に、敵達は恐怖していた。ブリーフィングの時点で、死にかけている、死んでいると聴いていた畏怖の対象とも言える相手が、生きていたのだ。見た目、何の変化もなく、だ。
ただでさえ異常な噂が流れている男だ。それを見せつけられたようで、敵達は言葉にもせず、態度にもしないが、間違いなく、畏怖していた。
流が一度玄関前で立ち止まり、敵を見下ろすと、はっきりと分かった。
目だけは、誤魔化せない。視線を重ねれば分からないはずがない。畏怖の念を抱く、敵達のその心情を。
「雑魚が」
そう忌々しげに流が呟いたのは、誰も、聴いていなかった事にした。
流は玄関から前へと降りながら、優流に言う。
「奏を助けに行きます」
ただ、それだけを、強く。
「あぁ、かまわんよ」
優流は分かっている。止めてはいけない、と。
そもそも、止める理由なんてない。
そもそも、止める必要なんてない。
流の中で起こってしまった変化に、気付いていたのは流自身。たった一部だ。気付いていない方が大部分を絞める。だが、重要な事に、流はついに気付いた。
「あまり調子に乗るなよ、ボケが」
歩きながら、優流の側まで来て、敵を見渡して流が吐き捨てた言葉は、それだった。
ついに、表情に出てしまった。
敵は理解の出来ない恐怖の対象に恐れ慄き、思わず怯んでしまった。
が、そんな事は関係ない。
今の流にとってただ重要なのは、敵が、いる、という事実。
が、手を下すまでもない。流は既に気付いている。
「優流さん。もう阻害者はいません。後は頼みます」
そう言って、
「佐倉、急ごう」
流と佐倉の姿が、その場から消えた。
一体何が起きたのか、その場で的確に言い当てる事が出来る人間は、一人としていなかった。
(阻害者は、もう、いない……?)
そうであれば、もう、戦う理由なんてない。
優流の目つきが変わった事に、敵は全員気付いた。むき出しの敵意を感じ取って、再度、怯えた。
そして全拒絶が発動された。
(瞬間移動……? いや、僕も巻き込んだって事は転送系……?)
佐倉は瞬きした次の瞬間には、全く反対の村の入り口に移動していた事には素直に驚いていた。用意してある車が目の前にあり、流が運転席に乗り込んだ流れで助手席に乗り込んだ。
(いや、でも、転送系だとしても、だったら何で車に乗るんだろう)
気になる事は多かったが、佐倉は車が発進しても、敢えて何も自ら聴く事はなかった。流も話す気はないのだろう。それについては運転の最中、触れる事はなかった。
片道、通常であれば二時間近くかかる所を、一時間で流は到着させた。
流がブチ切れている事は、隣にいる佐倉が一番わかっていた。話し掛ければ答えるし、冗談にだって多少笑う。だがそれは、流が佐倉を仲間と認識しているからであって、今さら言い訳をしようと逃げる事の出来ない業火が相手であれば、また別の話だ。
「ここって確か……」
佐倉が見上げたその建物とそれを囲む外壁は、リアルの支部だった、場所だ。
「あぁ、俺が暴走したらしい所だ」
リアル町田支部。流の内に眠る力が、流の意識を越えて暴走してしまったあの場所だった。
それ故か、敢えて、流は言う。
「安心してくれ。もう暴走はない。それに、いざとなったらどうにかしてくれるだろうと思った事もあって、佐倉、お前に頼んだんだ。期待してるからな」
冗談を言う余裕があったのは、ここまでだった。
「任せてよ」
「任せたよ」
そう言って、一度流は目を伏せた。それを隣で見ている佐倉は、間違いなく感じ取っている。超能力発動の気配を、だ。
そして、次に流が目を開けたと同時に呟いた言葉は、
「見つけた」
だった。
見つけた。当然、奏を、だ。
二人はすぐに駆け出した。最早一秒たりとも無駄にする理由はない。
「来たか……早すぎるな」
ドクトルからの内線で、業火には出撃命令が下された。当然、侵入者である流と佐倉の迎撃のためである。
業火一人では不安要素があるため、他の協力者にも向かわせた、と聴いていた業火だったが、『この時点で』、一人でも大丈夫だ、という自信は持っていた。
だが、ドクトルにそういった事を言う必要もないだろうと、敢えてただ頷いた。
「大丈夫なの? 本当に」
怜奈が心配をかける。当然だ。まだまだ『日が浅い』。
「大丈夫だ。心配するな。すぐに戻ってくるから部屋で待っていてくれ」
そう言って、一度深呼吸をする様に深く息を抜いた後、最後に、業火は名前を付け加える。
「玲奈」
問題はなかった。
圧倒的だった。自分がいなくても大丈夫だったんじゃないか、と佐倉は思わず漏らしそうになった。
流は、強すぎた。
そこまでの数がいないのだろうが、敵は確かに道を塞ぐ様に襲い掛かってきていた。が、流が全部、斬り捨てた。ただ、邪魔な足場を乗り越える様な感覚で次々と超能力者という種類の人間を斬り殺す様は圧巻だった。
思わず、興奮する程の光景だった。
こういう男と戦いたかったんだ、と改めて佐倉は実感した。
だが、ついに、邂逅する。
「流、そこまでだ」
狭い通路で、前からやってくる男が一人。いや、先頭の業火に続いて、後ろにまだ二人いた。
「言わなくても大丈夫だと思うけど、後ろの二人は僕が引き受けるよ」
珍しく、佐倉が戦闘において、気をつかっていた。これは完全に相手が流だからこそ、であり、他の人間と一緒の任務だったとしたら、彼は既に動いていただろう。
佐倉が刀の柄に手を掛けた流の前に先にでた。すると、向こうも分かっているのだろう。業火の前に、後ろにいた男二人がでしゃばってきた。
そして、三人で、その場から瞬時に消えた。一人が転送系の超能力者だったのだろう。この距離で、互いに望んでいるため抵抗もなかった。ステージが低くとも三人程度転送する事は容易いだろう。
業火と流は動かなかった。
先に、流が口を開く。
「なんで奏を拐った」
「未来のためだ」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
一瞬の間。互いに、その短すぎる間の間でも互いを見定め、牽制し、且つ、狙う。
その短すぎる一瞬にも見たない一瞬の後、流が、言い放つ。
「時間がない。手短に殺す」
「やってみろ」
抜刀。居合。
流の踏み出しは恐ろしく早く、そして、それは、超能力の付加、を受けて、人知を超えた攻撃とまでなった。
気付けば、構えたばかりの業火の後方数メートルの位置に、流はいた。刀は振り切られ、今、鞘に納められる。
が、しかし、
「ッ、」
刃に、亀裂が入った。甲高い音を狭い通路へと一度響かせたかと思うと、一瞬の間を空け、その音は連続した。その音が鳴るという事実になぞって、刃に入った亀裂は蜘蛛の巣状にどんどん広がり、そして、完全に、砕けた。
理解が及ばなかった。業火が超脚力で防いだ様子なんてなかったし、そんな感触もなかった。
だが、やられた。
だが、対処は速い。
刃のない方ななど武器にはならない。振り返り様に刀を投げ捨て、代わりにサブマシンガンを一丁取り出して、即座に業火へと銃口を向けた。
「遅い」
だが、既に業火は流の懐へと、潜り込んでいた。サブマシンガンを構え、持ち上げた右手は弾かれ、手からサブマシンガンが落ちる。
「ッ!!」
ここでやっと、流は業火の変化に気づく事が出来た。




