14.最後の防衛―5
雪の降りしきる外へと落とされた貴音の死体は、すぐに真っ赤な跡を遺したが、それもすぐに降り積もる雪へと隠されて消えた。
貴音を投げ捨てた男はすぐに助手席へと戻った。後部席の田口は、少しだけ不機嫌そうにしていて、それをルームミラーで確認すると、男はモニターへと視線をやった。が。やはり、しっかりと映りはしない。映像自体に不備はなさそうだが、雪が濃すぎるため、下の光景がはっきりと映らないのだ。
田口の不満は、そこではない。
察した運転席の男が問う。
「移動しますか?」
「いや、良い」
否定。
田口の不満は、当然、敵がここまで到達した事にある。
村からジャマー等を探して飛び出す連中を潰すためにわざわざ強者達を村の集会に大勢配置したのだ。その結果が、これだ。敵が、逃れてきている。
インカムで状況把握はある程度出来ている。故にカメラはあまり気にしていない。
(外回りに配置した内の数名がすでに殺されているようだな。どうするか、『増員』を、送り込むか……。予定よりは少しばかり速いが)
と、考えた田口は、インカムで連絡を取る。
「私だ。そっちの様子はどうだ」
返事は、一瞬のノイズで始まり、
『こちら、「アジト内」に潜入後、既に多くの超能力制御機関のメンバーを処分。ですが、最深部にて零落一族と思われるメンバーの抵抗を受、」
ノイズで終わった。
「…………、」
(流石に、零落一族には手を出さないでおくべきか。……そうだな。全滅させずとも、数さえ減らせば勝ちなのだ。殲滅にこだわる必要はないだろう)
増援を、用意している。増援は、待機させている。強力な転送系超能力者の側に、だ。すぐにでも増援は派遣出来る。
田口当初の予定では、先に超能力制御機関のアジトへと送った軍隊に増援の一部分を送り、その後、神流川村の方へと大勢を送り込み、止めを指すつもりでいた。
が、今、悩んでいる。
田口の想定以上に、事が上手く進んでる。
村の周りに配置した人間の減りだけが、想定以上にマイナスに傾いてしまっているが、それ以外は概ね好調であり、増援が必要かどうか、判断を下す事を迷うところまで来ている。
が、そもそも、迷う必要なんてなかった、と改める。
「そうだな、アジトの方は限界だろう。零落一族がまさか一部とは言え非難しているのは想定外だ。撤収させるか」
独り言の様にぶつぶつと呟いた後、インカムのチャンネルを弄って変更し、即座に命令を下す。
「増援は全軍神流川村の方へ向かえ、予定変更だ。アジトに向かう予定だった部隊も全投入だ」
『了解』
命令は、即座に行使される。
深く腰掛け、背中を背もたれに預ける。
(概ね好調。……、このまま戦場は私がかっさらう……が、問題があるな。一つだが)
問題が、一つ。
当然それは、一切傷つく事のない目覚めぬ郁坂流の存在だ。
(先ほどの女の超能力か……? だとしたら、直に行くしかないな)
田口は、再度悩んでいた。
郁坂貴音に銃撃が通用したのは、田口という存在に、直に触れたからである。
ずっと秘匿にしてきた。能力が故、隠し通す事は容易かった。
『阻害者』ステージ2。
田口宗一は、超能力者である。
故に、他の金で超能力者達の助力を買う連中よりも、より超能力の世界に近づいているのである。
皆が探していた阻害者は、田口張本人であり、故に、誰もが気付け無い。
腕を組み、俯き、人差し指で腕を叩いて苛立ちを表現する。
暫く無言で幾度か頷いて結論を導いた彼は、顔を上げる。インカムは全員へと音声が届く様に設定した。
「場を片付けろ。私が歩いても安全な様にだ」
覚悟を決めた。戦場へと赴く覚悟は決まった。
阻害者の力を行使し、直に触れる事で流に掛けられている超能力を阻害し、解除して、殺す。
それが出来るのは田口だけだ。田口が、動く。
手枷足枷をかせられた巨大な鉄のベッドに横たわらされたまま眠る奏の姿を見て、業火は表情を変える事はなかった。
ドクトルは次々と奏の額、こめかみへと電極を張り付けていく。それらが終わると、鍼治療を連想させる様に細い何かを腕、足、心臓周りと刺し、最後に腹部に巨大なマットの様なモノを貼り付けてた。
これらの装置を使って脳の稼働モニターを取ると同時、超能力を強制的に発動させ、更に、業火も知らない所で開発されていた『試薬』を少しずつ筋肉に投入する、という。
更に、結果が得られない場合は、血液にも注射を開始するが、被験体が想像以上に少ないため、慎重に行う、とドクトルは業火に説明をした。求めていたわけではないが、そういう風に見られていたのだろう。
説明を聴いた業火はただ、頷いた。
言葉ではでなかった。だが、自然と死ぬ可能生というのは連想していた。
試薬だ。どんな効果が出るかも想像出来ない。
「…………、」
自分が連れ去った時に使った薬に、更に足され、あれから一度足りとも意識を取り戻していない奏を見て、業火はまだ少しだけ、心臓を鷲掴みにされる様な痛みを覚える事が出来ていた。
「お待たせ」
ドクトルがガラスの向こうへと消え、入れ替わる様に怜奈が、業火の隣にならんでいた。
「あぁ。……、」
一瞬の迷いの間が合った後、業火は、問う。
「村の方はどうだった」
「どうだろう。……気付かれるのは分かってたから、すぐに逃げてきたから分からないかも」
「そうか」
そこまでで会話は終わり、怜奈もガラス越しに奏の現状を見た。今は、ドクトルが実験の準備をしているようで、機材を動かしたり、器具を用意したりと非情に遅い速度で動いている段階である。が、天井から、機材から伸びて奏に繋がる器具の多さを見れば、自然とこれから命の保証がない事は察する事ができた。
視線は、逸らした。
止めたい気持ちもある。見知った人間だ。私生活の中で助力を散々してくれた相手だ。何も彼女じゃなくても、と思う気持ちはあった。
が、業火以外が見抜けなかっただけで、彼女は最初から、村に来る以前から『狂っていた』。
だからこそ、関係を持っていなかった。最後の最期で、玲奈は命を落としたその時まで、彼女に何かを頼もうとはしなかった。
視線を逸らせば、大した事なんてない。
(ま、仕方ないよね。複合超能力者なのが悪いんだし)
ドクトルが、複合超能力者に目を付けるのは当然だ。複合超能力者というのは、一人でいくつもの超能力を使用する事が出来る。それどころか、他人から超能力を複製までする場合もある。
そもそも、通常であれば、超能力を人から人へと移動させる事なんて出来やしない。だが、複合超能力者は種類によりけりではあるが、可能とする。奏の様な複製の場合は、見たモノか、触れたモノか、明確ではないにしろ、自身の中に新たな超能力を生み出し、溜めてまでいるのだ。
そこに、超能力を生み出す鍵、保持したままにする鍵、等があると考えるのは通常だ。
「さて、始めるか」
準備を終えたドクトルは、奏と向き合う。
彼は、奏はこの場で死ぬ、と考えている。何故ならば、犠牲は結果のためにはつきものであるし、そもそも、最初の被験体だ。試薬の改良は彼女の反応から始まるのだから。
既に、業火と怜奈は実験室前の部屋を出ていた。自室へと二人で戻っていた。
想定よりも幾分も早まってしまったが、彼等には、今のごたごたにまぎれて、やらなければならない事がある。
それは、神流川村へと再度赴き、希砂悠里を捉える事である。
彼女の存在が必要になる理由とは、決してドクトル達には関係なく、この任務に関しては、業火達、と、燐の友人であったあの男のみが動く事になっている。
「見つけたぞ、希砂悠里だな」




