14.最後の防衛―3
その言葉の通り、佐倉は既に、勝っている。
既に、見た。既に、発動した。
佐倉の超能力、それは、
「ぐ……ぬ……?」
敵が、糸を使って木から生える太い枝に着地したと同時だった。
動けない。幹に触れた手は離せない。足は枝から離れない。それどころか、しゃがんだ状態で、僅かに触れた太ももの裏とふくらはぎの裏が何故か、離れない。
これが、佐倉の超能力。
生活でも、実はそれなりに役に立つ超能力で、発現したばかりのステージが低かった頃は、彼も任務では散々苦労をしてきた。が、それあっての、今の彼だ。
『接着』。ステージ7。
このステージまで来た所で、その発動条件から接触は外された。そして、更に、誰一人として、その接着の効果から、逃れる事の出来た人間はいない。接着された状態で燃え上がろうと、接着された状態で物体として消滅しても、何がどうなっても、ステージ7まで駆け上がった彼の接着からは、逃れる事が出来ない。
余りに、普通。だが余りに、理不尽。
それが、接着。
そして、接着が戦闘にて、使い物になるまでの間、自身をひたすら鍛え上げてきたそれこそが、佐倉藍斗という恐ろしく恐ろしい男の強さである。
佐倉は走らない。非情にゆっくりとした速度で歩いて進む。無造作に走る木々を一切気にせずに歩き、そして、立ち止まり、見上げる。
樹の枝の上から一切動けずに、ただ焦っている敵の男を見て、佐倉はただ、嘆息した。
この程度の連中が、調子に乗るな、とただ、呆れていた。
それからは、佐倉は走った。すぐに村を囲む様に配置されている次の強敵を目指して駆け出した。
スパイダーは、鼻も口も目も全て使えなくなり、最後の数十秒間、絶望の中で、息絶えた。
村の現状は良くない。再興を考える余裕なんてない状態であるのは間違いなく、戦況もよろしくない。
そんな状態で、明らかに村の中で一番奥にあり、一番目立つ様な豪邸とも言える郁坂家に到達する敵は、それなりにいた。
門が破壊され、玄関が潰される。
クローン三名が郁坂家へと侵入した。それぞれ分かれて家の中を破壊しながら進む。
そして当然、最初の一人が、流の部屋の扉をぶち破って部屋の中へと侵入し、ベッドの上で横たわったまま動かない郁坂流を見つけた。呼吸はわかる。死んでいるわけではない。
が、クローンだって馬鹿ではない。この状態で目覚めずに寝ているにはそれなりの理由があるはずだ。そして、暗殺者を派遣したのは田口であり、その部下であるクローンはそれを知っている。
「郁坂流、生きてました。ですが昏睡状態にあるようです。早急に始末します」
インカムで的確にそう皆に伝えたクローンは、言葉の通り早急に手を下す。クローンの超能力は島田が推測した通り、硬質化系統のモノである。が、より正確に分類すれば、それは『鉄化』である。硬質化もあり、そして、重量も増す。
右手にだけをそれを発動させ、そして、ただ流の顔面へと、それを迷いなく振り下ろした。
が、砕けない。触れる事すら、叶わない。
「……!?」
クローンは、手に残らない感触に違和感を抱きながら、再度手を振りかざし、振り下ろした。が、やはり、流に触れる直前で、それは止まった様に感じる。
正確には、触れている。だが、触れるまでしか、叶わない。
それが、郁坂貴音の超能力である。絶対に、現状が崩れない超能力だ。
「……応援求む。郁坂流は、何かしらの超能力によって護られているようである」
「さて」
ドクトルは業火にご苦労とだけ伝えて奏の動かない身体を受け取り、普段業火は余り見ない屈強な見てくれの部下に担がせて奥へと奏の身体を運ばせた。
「奏ちゃ、奏をどうするんだ」
業火は聴いた。車内では、絶対に何も聴かない、と何度も何度も、確かめる様に自身に言い聞かせたというのに。まだ、覚悟が鈍っている様に思えて、決してそんな事はないというのに、と、もどかしくてしかたがなかった。
覚悟は実際決まっている。業火が玲奈の理想を叶えるという見ている未来は揺るがない。
だが、長年共に戦ってきた仲間、という認識がまだ、業火の中にどうしても残っていしまっているのだろう。あれだけ否定していたというのに、勝手に、口を開いていた。
疎ましげに、眉を顰めて振り返って視線を向けたドクトルを見て、業火は我に帰ったが、それでも、ドクトルは答えた。
「どうするって何だ。今までと何も変わらん。実験だよ。彼女は被験体。今まで、散々使ってきたあれらと何も変わらん。細かい事をいうならば、彼女は複合超能力者だ。多少は実験に変化もある。お前からもデータは取った。それを有効活用するつもりでもあるし、それに、」
「分かった。何でもない。野暮な事を聴いて悪かった」
長広舌を振るいそうだったから、でも、何でもない。ただ、聴く必要はなかったな、と改めた所で彼から覚悟を示し直しただけだった。
足早に去ろうとする。ここに留まれば。何かが狂ってしまう様な気がしたから。
が、
「何処へ行く。今、田口一派が神流川村を襲撃しているのは知っているだろう? 現状は定期的に入ってくる様にしてあるが、このまま行けば、間違いなくお前達超能力制御機関は負けるだろう。お前は戻る必要なんてないだろう」
「…………、」
「安藤怜奈、だったか。お前のガールフレンドももうすぐこちらに到着するだろう。どこに行く必要がある。お前達の部屋も施設内に用意しておいた。それもお前の指示だっただろう。折角だ、実験も見学していけ」
「分かった。分かっているさ」
ドクトルとの会話は苦手だった。雰囲気こそ似ていて、仲間内の関係ではあるが、実際には対照的な存在でもある。それ故だ。が、仲が悪いわけではない。
業火は上着だけ投げ捨てて、男に続いたドクトルへと続いて施設の奥へと続いた。
(早速、なのか。準備は整っていたという事か)
時間が、ない。
「このままじゃ、普通に戻るにも早くて数日を要するようですね」
薬師寺が嘆いていた。
無人島だ。春風の話しでここが太平洋上に浮かぶ何かだと推測はされたが、その情報を確かめる術すらない。
現地の情報も入ってこない。鬼気迫っている。それだけは感じている。分かっている。理解している。だからこそ、焦る。早く戻らねば、自分の力でも、一人でも仲間は多い方が良い、と現状を理解している。
(島田さんが、無茶してなければ良いけど……)
当然、薬師寺は島田を良く理解していて、しているからこそ、周りから見れば異様な程、心配する。
島田は強い。分かっている。が、冷静でいる方が、より強いと知っている。
だからこそ、
「くっ……か、」
島田は、薬師寺がいかに自身を援護していたのか、と思い知った。いや、知っていた。既に何度も助けられ、諌められ、助けられてきた。知っていた。
だからこそ、
「悪いな、最期まで、手間掛けちまってよ」
生きる事に誰よりも忠実な島田は、完全にお手上げな状態、全くどうする事も出来ず、可能生すら見いだせなくなったこの局面で、最後の最期に、自身に着いてきてくれた、薬師寺に対するその言葉だけを吐き出した。後は、あの世で、待っている人達に吐き、その内追い付いてくる連中には、その時に吐く。それだけで良い、と島田は、恐怖は抱かなかった。
敵からすれば、片足の無い人間なんて、相手にすらならない。視界に入れば殺すだけの存在であり、手をかける事もなかった。
村の外周に張っていた田口一派の強者の一人が、触れる事なく島田を殺し、続けて、飛び出してきた超能力制御機関のメンバーを一人、斬り刻んだ。




