4.雷神―4
巡回か、と気づいても既に遅い。じゃきり、と銃を構えて後頭部につく付けられる感触があった。――のだが、
「ちょっと静かにしててくれ。デブは繊細なんだ」
桜木がそう言った瞬間だった。静電気が起きたその程度の小さな音が、弾けてそれに続くように、どさどさと人が倒れる音が聞こえてきた。
後頭部に銃が突きつけられた違和感がない。一瞬にして消え去った。
横を見て見れば、極普通に琴が立って鍵を開けようとして玄関に向き合っている桜木の手元を覗き込んでいるその姿が見えて、恭介と桃もやっと振り返った。
振り返って見えてきた光景は、転がる人間のその姿。計五人の気絶しているんだか、死んでいるんだか、の影が、足元に転がっていた。その全員が手に銃を握っている。
「これが、雷神の力なの?」
桃が訊いた。
「そんな感じだよね」
琴が振ると、
「雷神なんて大げさに呼ばれてるけど、基本的な能力は恭介が持ってる雷撃と変わらないけどな」
どうにかしてドアを開けた桜木が素っ気なくそう応えた。本人は、自身の力に対して特別だとは思っていないらしい。だが、周りから見れば特別だと言える程の力なのだが。
桜木が先行して玄関の中に入ったか、と思ったら、顔だけ恭介達に向けて出して、
「そうそう。俺は正面突破するんだけど、お前達は裏から回って雑魚狩りしてくれ。数は多いからな。ぶっちゃけ俺一人でもどうにかなるが、目立ち過ぎるからな。頼んだぞ、あと、琴ちゃんの指示はしっかり聞けよ!」
そう一方的に言って、桜木は玄関の中へと消えていった。
手伝いの必要はあったのかよ、と恭介は少しばかりうなだれた。
「まぁ、幹部と一緒に動いてみなってことでしょ」
琴はのんきにそんなことを言って、足を進めた。玄関横から広い庭に入り、そこから裏手へと周る。
「琴も幹部だろ」
「言っても、私は能力的にやっぱり、諜報向きだからねぇ。私以外の幹部は全員戦闘に使える超能力だしね。そう言った意味で経験なんでしょ」
玄関の位置から比べて真後ろ。小さな扉がある。いかにも裏口、と言った雰囲気の木製の古い扉だった。
玄関の方からは既に、悲鳴や近所迷惑な程の怒声が聞こえてきていた。
今更、身を隠す理由はないだろう。恭介は扉を思いっきり蹴破った。扉が真っ二つに折れ、部屋の中に転がり、ぶつかる大きな音が広がり、中にいた連中の注目を集めるのは必死だった。
裏口の扉入ってすぐの部屋は、昔ながらの台所にも見えた。が、機能はしていないようだ。その場に人がいたわけではないが、扉が起こした大きな音に気付いた連中が数名、その場に流れ込んできた。
三人は即座にそれに対応する。
恭介は雷撃を宿した拳で飛び込み、一人を叩き、感電させ、その横から桃が氷のハンマーを繰り出し、二人の敵を巻き込んで壁に叩き潰した。そして琴が恭介の隙間から抜けるように飛び出して、最後の一人の首を叩き、気絶させた。
あっという間の出来事だった。その間まさに二秒。三人の成長は著しい。
たった二秒の間で四名の下っ端を台所に転がした。桃が叩いた二人は確実に死んでいるだろう。振り返って確認して見れば、腹部から下半身に掛けてが潰れてしまっているその二つの死体を視界に入れる事になる。
三人は振り返らず、すぐに台所から出て縁側の廊下に出た。先に通った広い庭がすぐ目の前に見える場所だった。
先の方からは、相変わらず怒声が聞こえるが、その数は先に訊いたそれより圧倒的に減っていた。
が、それを察した琴は、
「手加減してるね、無能力者相手だからって」
そう言いながら笑った。
これじゃ雷神の本気は見れないよ、と笑う琴のそれを聴いて、恭介達はその本気を見てみたい、と思った。
先の気づかぬ内に、振り返りもせずに数名の巡回していた連中を倒した光景でさえ、恭介達からすれば圧巻の光景だった。理解の範疇を越えた、超能力者の本気を見た気がするくらいだった。
だが、それも、あの光景ですらも、雷神からすれば遊び程度の事だったのだろう。雷神が本気で戦闘をする時。それは、想像もつかないような光景を見れる時なのだろうか。
敵が、次々と湧いてくる。この広い屋敷にどれだけの人間が詰め込まれているのか想像もできなくなる程に、次々と敵は現れた。だが、全員無能力者だ。超能力も合わせて戦いに挑む戦闘慣れした三人にすれば、体力を消耗するだけで倒せる相手達だった。
通路で何人も屠り、三人はあっという間に雷神、桜木がいる広間へと出た。
桜木は、一人の厳つい男と向かい合っていた。
男は辛辣な表情で桜木を睨んでいたが、一方で桜木は、特に何も考えていないように見える無表情で、その男と向かい合っていた。
部屋に入ってきた恭介達を見て、男は、下っ端が全滅した、と気付いたのだろう。更に表情を歪めていた。
桜木も視線をやりはしないが、恭介達がここまでたどり着いた事を察したのだろう。笑みを浮かべ、男に言う。
「さて、詰みだ。今回の事件に関する情報を今ここで、全て吐け。吐かないならすぐに殺す」
笑みこそ浮かべているが、言葉は恐ろしかった。すっと殺す、という言葉が出てきた事には、恭介と桃も言いこそしないが違和感を覚えていた。ただのクラスメイトだった人間が、こんなにも次元の違う位置にいたなんて、と。
幹部格の人間が請け負う任務は、隊長や隊員が請け負うそれとはレベルが違う。故に幹部格が動くのだ。幹部格が動くような任務を続けているのが、幹部格。隊員レベルの人間から見れば、世界が違うのは当然だ。
だが、これが現実だ。現に今、相手にしているのは超能力を持たない無能力者である。ヤクザ、と称される裏の人間で、それが、テレビで良く見る芸能人や歌手、それに政治に絡んでいる。それが、現実。恭介達もこれから、このような仕事、任務に関わる機会が増えるだろう。
現実を知れ、という意味での、付き添いだったのかもしれない。
「……、待ってくれ」
男は言った。表情はさもその世界を示すような厳ついままのそれだったが、言葉に強さは感じ取れなかった。いくら目の前の巨漢が高校二年生という、普通だったら相手にもならないような人間でも、男は理解しているのだろう。相手が超能力者で、恐ろしい程の力を持った人間兵器である、という事を。
男は懇願したのだ。
だが、それは許されない。
「俺は同じ事は二度言わない。同じモンはいくらでも食うがな」
桜木はそう言って、男を、睨んだ。それと同時、桜木のコメカミ付近で、バチリと稲妻が光った。
と、思った次の瞬間には、
「うっ、」
と、そんな短い悲鳴が男から聞こえてきた。そして、男はあっと言う間に、畳の上に崩れ落ちた。
たった、それだけの光景。だが、恭介達には何が起こったのか、理解出来ない程の、不可解な光景に見えていた。
「え、桜木君、一体何を……?」
あまりの驚きに、直接本人から聞けば早いと判断した桃が、問うた。
「内蔵を焼いた」
答えは素っ気なく、素早く返された。
あの一瞬で、恐ろしい電圧の電気を、男の身体の内部に流し込んだ、という事なのだろうか。
桜木は言った。雷神の力は雷撃と基本性能は変わらない、と。
つまりそれは、恭介の雷撃も、ここまで成長する可能性を秘めているという事。
だが、恭介には自身の雷撃がここまで成長するビジョンは見えていなかった。今の光景と、結果を見て、ただ、恐ろしく高い壁の存在を感じる事しか出来なかった。
すげぇ、気づけばそう、漏らしていた。
「何、俺からすればいくつも超能力使ってるお前の方がすごく見えるぜ」
デブがサムズアップとスマイルを並べて、そう応えた。汗臭さがにじみ出ていた。




