13.悪性腫瘍―13
「なんか、……なんだろう。リフォームでもしたのかしら」
と、呟きつつ、玄関までの階段を上り、道を進み、そして、インターフォンなんて使わずに、彼女は玄関扉を開けた。開けて、すぐに目が合った。
「お母さん……!?」
「久しぶりね、奏」
二人が、邂逅した。
郁坂貴音。奏の実母であり、そして、十数年もの間、行方不明になっていた人物である。
「とりあえず上がるわね。っていうか、私の家だけど」
と、話しは混乱し、状況が把握仕切れない奏を置いて勝手に進みだした。
茶の間で、茶菓子と共に、向かい合う二人。
感傷に浸る間もなく、話しはあっという間に進む。
「で、私の……いや、元私の部屋で寝てるあの子は誰? 彼氏?」
玄関から直接入ってきたというのに、既に貴音は気付いていた。が、奏が応えるよりも前に、質問を重ねていた。
「あと、碌は、どうなったのよ」
「…………、」
一瞬、迷った。が、答えないわけにはいかない。
「死んだよ。もう、半年くらい経ってる。そんな事より、」
即座に切り替えて、
「お母さんは一体どこでな、」
切り替えるが、
「そう、死んだの……」
一瞬、ほんの一瞬だけ、目を伏せ、表情を伏せて、悲しげにそう呟いた貴音に気付いてしまって、奏はそこから先、問う事が出来なかった。が、故に、次の言葉も貴音に取られてしまう。
「ま、仕方ないわ。超能力者なんだし。で、奏。村の現状を教えなさい。その後に、あの男の子の事を教えて」
そう指示を出される様な言葉に、話しは引きずられてしまう。
奏は現状を説明した。燐が裏切った事、リアルとリベリオンと戦った事。そして最後に、流との出会いと、現在を全て、思い出せる限り全てを、語った。その途中、『当然』奏は違和感を覚えたが、その違和感に触れる間もなく、貴音が情報を整理し、そして、言う。
「……じゃあ、とりあえず、その流って子を、治したいんだ。奏は」
戦いなんて無視して、ぶっきらぼうで、全く空気を読めない発言だが、確かに、ただ自身の娘の気持ちを射抜く言葉だった。
驚きつつも、奏は静かに頷く。
「うん。……戦いなんて、正直、今はどうでも良い。ただ、流と一緒にいたい……って、思ってる」
「うんうん。じゃあ、彼を救わないとね」
「そう、だね……」
母親として、言葉は選んでいない。が、察し、自然と奏と彼の関係について口にはしないでいた。考えていたわけではないが、自然と、そういう会話を選んでいた。目の前の、今にも泣きそうで、触れれば壊れてしまいそうな程にもろくなった娘を、抱きしめてやりたかった。
が、決してそんな事はしない。
(全く、一体どうなっているのか。奏が、奏じゃなくなってるね。これは。……流君とやらを叩き起こして、問いたださないといけないねぇ……)
貴音は、気付いている。流だけが知っていた秘密に。
(何かが変わってしまったのは、察していたけど、何だかハッキリしないのよね)
考えつつも、娘のためにも、自身のためにも、貴音は、聴いた情報を全て把握し、考慮した上で、流を助ける事を先決とする。
「ところで、」
貴音の一方的な質問がやっと、終わった後、奏は問う。
「お母さんは、一体どこで何をしてたの……?」
父親の葬式にすら姿を現さなかったのだ。きっと、何かがある、と誰もが思っていた。そして事実、その何かがあった。
表情は大して変化を見せなかった。今まで何人もの死に際や極限の状態を見てきた奏が、一切の変化がないな、と思う程に。
「……奏の話しを聴いてはっきりしたんだけど、どうやら私は燐のせいで隔離されていたみたいだわ」
「え?」
燐の名前が出てくるなんて、奏には予想できていなかった。
「それって、一体どういう事……!?」
今や奏ですら正確な、貴音がいなくなった時期は覚えていない。だが、その時期は間違いなく、燐がいた時期だ。裏切り前の、燐が、村にいた時期である。
「燐が死んだ今、はっきりとした事は分からないけど、多分、私の事を危惧して速い内に手の届かない所へ流したんだろうね。私はずっと、捕まってたんだよ。アンタもさっき話してた、田口って男の派閥の人間に。つい先月くらいまでね」
「へ……えぇ!?」
まだまだ、話しが掴めないでいる。
が、求めずとも、貴音は自身の実の娘のために、説明をしっかりとこなす。
「私が幹部格だった頃ね、危険な任務があるからって他の幹部格三人と、私の四人で任務に向かったの。でね、捕まった。何かに騙されてるって思ったね。当然、あの人がそんな事をするはずがないから、どこかの経路で敵が介入したんだな、って悟った。そこからは、辛い日々が続いたわ。仲間達はあっという間に死んだ。死んで、ずっと同じ部屋の中に放置されていた。密室なのにどこからともなく虫が湧いてきて、肉を食って骨になり、歳月を重ねて床にシミ跡が残る所までこの目で、すぐ目の前で見てきたからね……。私も、ああなってた可能生があるって考えると、今でも鳥肌が立つけど」
「え、ちょ、あの、ちょっと待って」
まだ、奏は貴音の言葉についていけていない。
だからこそ、しっかりと、確認をする。
「なんで、お母さんは、そうならなかったの? ならなくて本当に良かったんだけど」
と、問うと、
「あぁ、そうか。奏ちゃんは私の超能力を知る前に、私がいなくなっちゃったのか」
と、何故か嬉しそうに呟いて、手を叩いた後、十数年の時を経て、やっと、我が娘に自身の力を伝えるのだった。
「お邪魔します……って、」
業火が仕掛けに来た。いや、下見のつもりだった。が、そこで出くわしたのは、遠い昔に見た顔で、いくら間近で見たと言っても、貴音の存在にはどうしても疑いを持ってしまっていた。
が、本人だ。
「こんなに立派に育って。久しぶりだね」
貴音は何も変わっていないな、と思うほど、貴音は貴音だった、と業火は感じた。が、貴音が業火に対して抱いた心象はまた違う。
(この子……あっち側だね)
貴音もまた、気付いていた。業火の異常性に。
(全く。今までも悲惨だったけど、……ここ最近、何もかもが狂ってる気がするわ)
業火は、焦っていた。今、奏が一人であれば、流を助ける手段が見つかっただのと嘘をついて連れ出す事は容易いと思えた。が、貴音がいる。
業火は知っている。貴音の、『恐ろしさ』を。
故に、攻めた動きは出来ない。慎重に慎重に進んで、何事もなかったかの如く、帰宅するのが無難だ、と彼はすぐさま判断した。
茶の間へと通された業火だったが、貴音はすぐに茶の間から出ていき、奏だけが前に座っていた。
貴音は流の様子を見に行ったようだが、業火はそれまで把握はできない。
「今日はどうかしたの? 珍しいね。今日は雪も収まってるけど、まだまだ寒いね」
奏も、取り繕っている。業火が何かしら、怪しいのは感じ取っているからだ。
が、誤魔化すと決めた以上は、業火だって取り繕う。
奏が出てくるまで、必死に考えていた。どんな会話が自然か、そしてその会話にあった設定に無理はないか、と。
そして、出た結果が、
「もうすぐクリスマスだろ?」
「ん、えーっとあぁ、うん。そうだね」
奏が少し浮かない顔をするのも無理はない、と思いつつも、既に覚悟を決めた業火だ。心からの同情はしない。
「それで、だ。怜奈に、何かプレゼントをしようと思っている。まだ、出会って日も経っていないが、それでも、世話になっているお礼をしたいと思って」
だから、気さくに会話が出来る奏に相談した、という建前を言わずともつけて、自然さを演出していた。




